ただいま「今月のお役」目次へ…

2004(平成16)年10月2日-26日
歌舞伎座 十月大歌舞伎
『寿猩々』
猩々-4梅玉・酒売-3歌昇
葵太夫・泉太夫・朋太夫・豊太夫
=正一郎・松也・祐二・公彦
「猩々」あれやこれや(9/27)

 今度勤めます『寿猩々』は、「猩々」という架空の怪獣と申しますか、生き物が主人公の舞踊でございます。酒飲みを猩々と申しますが、さてその由来など、確かなことを存じませんので調べてみました。

 辞典(『国語大辞典:新装版』小学館:1988)を引いてみますと、まず「オランウータンの別名」とございます。オランウータンがいつごろからこう呼ばれたのか存じませんが、なるほどこれは具体的であります。

 また、「想像上の怪獣。猿に似て体は朱紅色の長毛でおおわれ、顔は人間に、声は小児の泣き声に似て、人語を解し酒を好むという」ともございます。

 酒好きとされるところから「大酒を飲む人・酒豪」とも。

 変わったところでは、「疱瘡(ほうそう)の病気をした子どもの頭に、まじないとしてのせる紅木綿の手拭」とございます。そう申せば、『太平記忠臣講釈:喜内住家』で~\門に捨てたる猩々の涙の種の笑い顔」と段切にございます。悲しい場面です。

 「酒や酢などの香に集まるハエの幼虫」も。

 また「能面の一つ。妖精の少年をあらわす。赤く彩色されている」とございますから、老翁ではなく少年の心持ちで語らねばいけませんですね。こういう区別がたいせつなのですが、何か重々しい能ガカリなので、つい老けた人物のように思いがちです。

 「芝居の役者の隈取の一つ」として、能の猩々のように赤くいろどるものともございます。

 芸能にまいりますと、「能楽の曲名。五番目物。各流。作者未詳。唐土の親孝行な高風は、夢のお告げで酒を売り富貴になる。ある夜、潯陽江(じんようこう)から猩々が現れ、高風を賞して酒の泉を与えて舞を舞う。現行曲は前半を省略して半能形式の祝言能にしたもの。乱(みだれ)。」と能の曲が最初に出てまいります。これがのちの諸芸能の元でございましょうか。能で、中国人の所作をまねて演じることを特に「唐事(からごと)」というそうです。「五番目物」は「切能(きりのう)」ともいわれ、「五番立の演能番組の最後におかれる曲の総称」で「必ず囃子に太鼓が入り、鬼畜類、てんぐ、神体などをシテとするものが多い」のだそうです。

 当月国立劇場では『伊賀越道中双六:沼津』が上演されますが、街道でひょこひょこ歩く平作に向かって重兵衛が言う、「なんと親父さんの足取りはちゃめいたものじゃ。狂言師に見せたらば、乱れとかいうて伝授事になろぞいの」という「乱れ」はこの猩々(または鷺)の乱れでございましょうか。このセリフを受けて平作の、「旦那さん、よいお見立てじゃ。たいがい乱れかかっております」というところで、ご見物もなんとなくお笑いになりますが、武智鐵二先生のご本に、平作の言う「乱れ」は関西方言の「乞食」の意味合いで、足取りを狂言師のそれになぞらえたのに対し、平作は貧ゆえに乞食に近い粗末な身なりの自身を自嘲して言ったものとございました。なるほどな…と思います。『紙子仕立両面鑑:大文字屋』でも「乱れのようななりをして…」と出てきます。「伝授事になろぞいの」は「大事(だいじ)」ということがいわれていたそうで、「技芸などの真髄や、それにかかわる大切な事柄。芸道における秘伝、秘事など」をいい、仮名草子の『竹斎(上)』には「さて囃子の大事には、関寺小町乱拍子、猩々の乱れなり…」と出ているそうな。「…らしい」とか「…そうな」というようなことしか申し上げられませんが、ご興味のおありの方は直接あたってみてくださいませ。

 歌舞伎では「江戸時代に行われた河原崎座の脇狂言の題名。→寿二人猩々(ことぶきににんしょうじょう)」。邦楽にもございまして、「地唄、一中節、箏曲などの題名」と紹介されております。

 「寿二人猩々」は「歌舞伎所作事。長唄。三世河竹新七作詞。三世杵屋正次郎作曲。初世花柳寿輔振付。能『猩々』に取材。江戸河原崎座の脇狂言になっていた『猩々』を、明治七年河原崎座が新築開場した際に復活したもの。酒売りの踊りのあと、二人の猩々が出て舞う。通称『二人猩々』」だそうです。
 このほか、「猩猩」のつく言葉を見てみますと…(辞書には「猩々」でなく「猩猩」が使われております)。
「猩猩の乱れ」は「酒に酔った猩々が波の上で乱舞する様子を表現したもので、笛を主に大小鼓・太鼓ではやし、緩急の変化がいちじるしい。猩々舞。乱」という特殊演出。
「猩猩足」は「花台や置物台など調度類の足の、曲線状に湾曲したもの。高いものを鷺足(さぎあし)、低いものを猫足、花形のものを華足(けそく)という」とのこと。『卅三間堂棟由来:平太郎住家:端場』に~\華足に盛りし粟の餅…」と出てきます。
「猩猩鸚哥(ショウジョウインコ)は「オウム科の鳥。インコ類の一つ。翼長約一七センチメートル。体は赤紅色で、翼と尾は緑色を帯びる。背と、翼の基部に黄色の小斑点がある。モルッカ諸島産。古くから飼い鳥として輸入された。しゅいんこ」。
「猩猩海老」は「オキエビ科のエビ。深海性の珍種で、駿河湾、相模湾などにすみ、日本では、大正七年に摂政当時の今上天皇が沼津海岸で採集したのが最初。体長約二〇センチメートルに達する。全身、猩々緋(深紅色)で美しい。表面はなめらかで前胸部が比較的大きい。額の上の突起は小さく、先端はとがらない。第一・第二胸脚は太く、はさみをそなえ、第三胸脚は細長く、残りの胸脚は短く小さい。背面前方に七個のぎざぎざがある」。この今上天皇は昭和陛下でございますね。
「猩猩花(ショウジョウカ)は「アオイ科の常緑低木。南アメリカ原産で、花を観賞するため温室などで栽培される。幹は高さ一・五メートルぐらい。葉は互生し心臓形で、三〜七、掌状に中裂する。夏から冬、鐘状五弁花が枝先に単生する。花色は橙色で濃暗紅色の条線がある。しょうじょうぼく」。
「猩猩貝」は「ウミギクガイ科の二枚貝。紀伊半島以南の暖・熱帯の沿岸に分布し、殻頂部で岩礁に固着する。殻は長さ約一〇センチメートルで、丸みを帯びる。外面は赤橙色または紫色を帯びた赤色、内面は淡紅色。上側の殻には六〜七本の肋があり、その上に長いとげ状の突起がならぶ。殻は観賞用にする」。
「猩猩菊」は「栽培菊の品種、または品種群。頭花は紅色で、花弁の先がとがったもの。大輪のものを『みだれ猩々』、小輪のものを『小猩々』という。《季・秋》」。
「猩猩講」は「酒の好きな者同士が互いに金を出し合って酒を飲む会。また、大酒飲みの集まり」。
「猩猩小僧」は「玩具の一種。猩々の形をした人形。飴細工または浮人形、下の台にさした笛を吹くとまわるしかけのものなどがある」。添付のイラストには、台の上に壺があり。その上に立身の猩々の人形が付けられています。
「猩猩鷺」は「あまさぎ(尼鷺)の異名」。
「猩猩菅(ショウジョウスゲ)は「カヤツリグサ科の多年草。各地の山地や高山に生える。稈(かん)は高さ一〇〜五〇センチメートルで叢生する。葉は幅二〜四ミリメートルの線形で先はとがる。夏、稈の先端に相接して赤褐色の花穂をつける。雄花穂は長柄をもち棍棒(こんぼう)状で頂生し、雌花穂は長楕円状で雄花穂の下に二〜三個つく」。
「猩猩草(ショウジョウソウ)は「トウダイグサ科の一年草。ブラジル原産で、明治時代に渡来し、観賞用に栽培される。高さ六〇センチメートルぐらい。葉は有柄で互生し、中ほどが大きくくびれ、ほぼひょうたん形で長さ一〇〜二〇センチメートル。頂生する花序を囲む苞(ほう)は葉状で開花期に鮮紅色に変わる。夏、枝先に黄緑色で鐘形の総苞が集まってつく。くさしょうじょうぼく。《季・夏》」。
「猩猩蜻蛉(ショウジョウトンボ)は「トンボ科の昆虫。体長約四センチメートルの中形のトンボ。雄は成熟すると美しい紅赤色になる。雌および未熟な雄は橙色。本州・四国・九州から熱帯地方に分布。六〜九月、池沼の周辺にみられる」また「あかとんぼ(赤蜻蛉)の異名」とも。
「猩猩飲(しょうじょゆのみ)は「猩々が酒を飲むときのように、多量の酒を一気に飲みほすこと」。
「猩猩蠅」は「双翅目、ショウジョウバエ科に属するハエの総称。体長二〜四ミリメートル、体色は黄色から黒色まで種々だが黄褐色のものが多い。酒かす・ぬかみそ・腐った果実など発酵物によく集まる。短期間にいく世代も飼育できるところから遺伝研究上の実験動物とされる。キイロショウジョウバエ・クロショウジョウバエなどが代表的。世界中に分布し、いたる所にすむ。《季・夏》」。
「猩猩袴」は「ユリ科の多年草。各地の湿った山地の斜面に生える。高さ約三〇センチメートル。葉は長さ五〜二〇センチメートルの幅の狭い長倒卵形で放射状に地面に広がる。春、葉間からのびた花茎の先端に紅紫色の六花被からなる広鐘形の花が集まって咲く。花を猩々に、下に広がる葉を袴に見立てていう。《季・春》」。
「猩猩緋(しょうじょうひ)は「黒みを帯びてあざやかな深紅色。また、その色に染めた舶来の毛織物」で、これは防寒コートなどでは最高のものとされたそうです。そういえば博物館などに展示されている陣羽織には「猩々緋」が多いですね。古くは「猩々緋」は猩々の血で染められると信じられていたそうです。実は「ケルメス」と呼ばれる動物性染料を用いるそうな。
「猩猩風露(ショウジョウフウロ)は「植物ひめふうろ(姫風露)の異名」。
「猩猩木(ショウジョウボク)は「トウダイグサ科の常緑低木。メキシコ、中南米原産で、観賞用に温室などで栽植される。高さ二〜三メートル。下葉は長さ一〇〜二〇センチメートルの卵状楕円形、縁には波形または浅い鋸歯(きょし)状の切れ込みがあり、裏面には軟毛を生じる。苞は葉状で緋紅色を帯び披針形で輪生状につく。クリスマスのころ緋紅色に色づいた大きな苞を観賞する。ポインセチア。《季・冬》」また、「植物(しょうじょうか猩猩花)の異名」とも。
「猩猩舞」は「猩猩の乱れ」
 …「赤い」、「大酒」という関わりから、いろいろなものがなぞらえているようです。

 猩々の腹中には、酒を吸い込むという「焼石(やけいし)というものがあるそうです。「焼石が飛び出る」ということわざがございますそうで、「酒飲みの腹の中には、酒を吸い込む石があって、それが酒を飲みたがっているといわれるところから、矢もたてもたまらず酒を飲みたくなるたとえ」に使われるのだそうです。

 「猩々に酒の壺」というのがございまして、「好みの物が目の前にあって、おあつらえむきであること。すぐに手を出すことのたとえ」。「猩々に酒の壺、猫にまたたび、泣く子に飴、膝の前の豆煎、お女郎に小判…」。

 また、「唐土(とうど)の虎は毛を惜しみ、日本の武士は名を惜しむ」という類句として、「猩々は血を惜しむ。犀は角を惜しむ。日本の武士は名を惜しむと申す事の候」『義経記(四)』が挙げられています。「どんなものにもそれぞれに、守り通すべき大切なものがあることのたとえ」だそうです。「猩血(せいけつ)という語もあるそうで、「猩々の血」、「赤い色のたとえ」だそうです。猩々の血の色が一番赤いのだそうで。なんで血を惜しむのでしょう…。赤みがひくと猩々らしさがなくなるからか…。

 「猩紅(しょうこう)は「猩猩緋の色。黒みを帯びた鮮やかなくれない色」で、法定伝染病の一つ「猩紅熱」は、「のどの痛みとともに高熱を発し、全身に発疹が現れる。扁桃腺が赤くはれ、嚥下痛(えんかつう)があり、舌は発病後三〜四日して、ぶつぶつのあるまっかないちご状になる。病原体は溶血性連鎖球菌。飛沫感染が主で、回復期に腎炎や関節炎を起こすことがある」…おそろしやおそろしや。

 ちょっと手厳しいのは、「猩猩よく言えども禽獣(きんじゅう)を離れず」という『礼記(曲礼:上)』のことばで、「猩猩がよく人語を解するからといっても人間ではなく、結局は獣に過ぎない。禽獣と人間の違いは言語ではなく礼儀正しい行動がとれるかどうかなのであって、礼儀のない人間はどんなによく話そうとも禽獣と同じだというたとえ」だそうです。気をつけねば…。

 福徳をもたらす神として信仰される「七福神」は、ただいまでは「恵比須・大黒天・毘沙門天・布袋・福禄寿・寿老人・弁才天」を申しますが、近世には福禄寿と寿老人が同一神とされ、かわりに猩々もしくは吉祥天が入っていたことがあるそうです。そういたしますと弁天さんは「紅一点」ではなくなりますね。

 奈良のおみやげとして有名な、一刀彫の「奈良人形」。昔から猩々が題材になっていたそうです。江戸時代初期、春日大社の祭具の島台や、田楽(でんがく)法師の笛役の笠などに付けた「高砂の翁姥(おきなおうな)」や「猩々」などの人形になぞらえて、檜物職(ひものしょく)が家業のかたわら人形製作をしたのが始まりと伝えられます。『妹背山婦女庭訓:金殿』では幕開きに家臣が入鹿に祝詞を述べるところで、~\滅多に追従猩々の人形に見とれ官女たち…」とございます。島台の猩々は有名だったのですね。

 火消しでおなじみの「纏(まとい)」はもともと武家方から出たもので、飾りとして彩色した細長い紙や皮などを長くたらした馬簾(ばれん)をつけ、上端に「出し」という飾物を配し、柄の下部の石突を股として手にかけて持ち、振るのに便利としたもの。旗本以上の武士の非常用の調度で、馬簾は猩々緋を普通としたのだそうです。消防方は銀箔置(ぎんぱくおき)としました。1720(享保5)年から町火消も方域を記した吹流しを纏としましたが、30年には47組を10に分け、吹流しを廃して馬簾を用いることとし、寛政(1789‐1801)ころからは銀箔置を改めて白粉塗とするようになり、ただいまに伝わっているそうです。

 「紅絹(もみ)」は緋紅色に染めた平絹や羽二重で、うこんの下染、紅花の上がけ染をして「本紅染」といい、女性物長着の胴裏・袖裏に使われていました。明治初年から出ました化学染料使用のものは「猩々紅(しょうじょうべに)または「堅牢紅」と呼んで区別したそうです。

 こうして調べてみますと、ずいぶん昔から「猩々」は親しまれてきたものです。ともかく「おめでたい」人ではない、怪獣?ですから、『寿猩々』という外題の如く、朝一番おめでたく勤めたく存じます。

 実はこうしてパソコンに向かっている本日は、珍しいお休みでございまして、私も朝から焼石がうずくのか、~\猩々となりて候…であります。

 ~\お前そのように酒飲んで猩々にならんす下心」(黒御簾の唄)
稽古はじまり(9/29)

 昨28日から十月興行のお稽古が始まりました。

 お稽古の初めの日は、まず楽屋の設営をいたします。九月興行の千穐楽に、「この辺に○○さん、その隣に△△さん…」とだいたいの席割りをしておきまして、楽屋入りしますと、それに準じて荷物を広げます。だいたい「顔順」というものがございますので、皆様紳士的に納まります。役がよくても後輩は先輩の下座に座るものです。人数の多いときは譲り合いまして、ときには時間の離れている人同士おもやい(共同)で座ることもございます。着物や楽器の準備ができますと、「いっぺんさらいましょう」と弾き合わせをいたします。

 『寿猩々』のように4挺4枚の大所帯ですと、十人十色ではございませんが、皆で気を揃えるよう、できるだけ回数を重ねてさらいたいものです。

 今回、お三味線の正一郎師がひさびさでご出演であります。三月興行の直前に入院され、退院後お散歩中に転倒。左手にひびが入り、これが長引き7ヶ月の休演となられました。今でも調子を変えるときなどに糸巻きをぐっと握ると痛むそうですが、演奏は従前通りあざやかにこなされます。私もずっと心配しておりましただけに、こうして舞台をご一緒でき、ありがたく思っております。

 4梅玉丈は、6月に博多座で『寿猩々』を出しておいでで、3歌昇丈も経験者。したがいまして、いつもより稽古回数が少なく、今回は「付立」と「総ざらい」を兼ねまして、「付総(つけそう)」という形式の稽古です。

 総ざらいの初めの演目は、狂言作者が囃子方に「しゃぎって下さい」と言いまして、いつも閉幕後幕間となるときに演奏される「シャギリ」がございます。改めまして柝を直すと、開幕の音楽が演奏されお芝居に入ります。『寿猩々』ですと「片シャギリ」。これが総ざらいの最後の演目ですと、幕切れがございまして、刻んだ柝を狂言作者が「チョン、チョン」と改めます。すると頭取が「東西、まず今日はこれぎり」と申しまして「ドロドロドロドロ…」と「打ち出し」の大太鼓がございます。一同しばらく拍手(この意味合いが今ひとつよく解らないのですが…)。囃子方が「…カラカラカラッ、カラッ」と大太鼓の縁を打ちまして納めますと、頭取が「ヨオーッ」と音頭を取り、一同一本締めのあと、「おめでとうございます」とお辞儀します。古式豊かな風習です。私は芝居に入りましたとき、この光景にびっくりしました。

 4梅玉丈からはノリ(テンポ)のご注文が1箇所ございましただけで、無事にお稽古を終えました。こうしたものはお囃子さんとの関連も密接で、13傳左衛門(立鼓)・傳次郎(太鼓)ご兄弟とも打ち合わせをいたしました。私は囃子のことをよく存じませんので、『寿式三番叟』やこうした能ガカリのもののときには、お囃子さんに教えていただきます。「義太夫ではこうです!」とがんばっていては、いいものはできないと思いますし、耳の肥えたご見物は、「拍子が合っていないな…」と心地よく聞いていただけないと思います。わからないことは他流にも頭を下げて聞くべきと存じます。

 部屋に帰り、「ありがとうございました」と申し上げ、座布団に着きます。「あそこはああしよう、こうしよう」ということがございまして、それがすみますと帯を解き、お茶をいただき、着替えまして楽屋をあとにいたします。

 帰りに正一郎師が「いきつけ」の『砂場』に誘ってくださり、「穴子天もりそば」をごちそうになりました。正一郎師は2月以来だそうで、お店の女の子に「先生、おひさしぶり!」と声を掛けられ、ご満悦でいらっしゃいました。私もそばでうれしく聞いておりました。
初日開幕(10/3)

 昨2日、十月大歌舞伎の初日が明きました。

 昼の序幕『寿猩々』は11時に開演でございます。その1時間前に楽屋入りするということは、9時には身支度を整えて家を出ます。それには8時くらいに、しっかりと朝食をいただく。朝、シャワーでも浴びてさっぱりと…というと7時には起きませんと忙しい。しかし、どうしたものか私は朝5時くらいに目が覚めてしまい、もう寝ていたくないのです。それですかっと起きてしまい、洗面・神棚にお水を供える・ベランダの朝顔にお水を上げる…などをいたしまして、お茶を淹れパソコンに向かいます。お人によっては朝起きるのが苦手という方もおいですが、私はさいわいにして、苦でなくよかったなと思います。

 『寿猩々』は、いつもの竹本とは違いまして、「演奏力」に重きがかかります。太夫も「語り」より「歌う」ことが多い。それに加えて「謡う」という謡曲の要素もございますので、短いながらなかなか骨の折れるものであります。お囃子さんとも合奏ですので、これも気を遣います。昨日は舞台の前に私としては一度さらってから出たかったのですが、初日の混雑からそれができず、残念でした。

 舞台で粗相はございませんでしたが、まだまだ、もっと「らしく」やれるようになりたいと思います。作曲の野澤松之輔師のご意向をよく考え、適した語り方を選び、その技術を磨き、「親孝行の徳」「酒の徳」を少しでも「めでたく」表現できればと思います。

 話は変わりまして、昨日は初日でありますので、夜の部の『源平布引滝:実盛物語』の時間も楽屋に詰めておりました。ご承知の通り、『イチローが新記録樹立!』の話題に国中が沸きました。私はイチロー選手のことをよく存じませんが、我々みたいに太夫15人しかいない業界でやっているのとは桁外れの規模の業界で、先頭に立ち、しかも歴代なかなか更新できなかった記録を更新なさる。今朝の新聞では、「この記録を次に破るのは自分でありたい」とおっしゃっていますが、立派なものでございます。

 これから舞台に出るという綾太夫師に、「ひとつ今日の『実盛物語』では新記録記念に、~\斎藤一(いちろう)実盛』のヨビを強調してください」と注文いたしました。このヨビは~\斎藤別当実盛」ということもございます。本行では「一掾v。もっとも調べてみますと、「一摯ハ当」と申しまして、「蔵人所、武者所などの最上席の職員」ということだそうでありますから、どちらでもよろしいわけです。

 綾太夫師が「~\斎藤イチロー実盛!…これでいい?」「いやぁ…、こうホームランでも飛ばすような~\イチロー…がいいですね」「むずかしいな…」

 こんなことも楽屋では申しております。
さかうり?さけうり?(10/5)

 『寿猩々』の登場人物(と申しましても、猩々は「人」ではありませんが…)、「酒売り」。この役名を「さかうり」と読みならわすようです。

 私はどういうわけか、「さけうり」と頭で覚えこんでおりまして、人様が「さかうり」とおっしゃっているので、「あっ…、これは『さかうり』と読むのか」と気づいたのでございました。しかし、なんとなく「さかうり」とは言いづらい。私だけかも知れませんが…。疑い深く辞書を調べてみましたが、「さかうり」・「さけうり」ともに掲載されておりませんでした。

 「さか○○」という語彙がたくさんございましたのでおもしろく、せっかくの機会なので抽出してみました。ご興味のおありになる方はどうぞ。
(いつも調べ物でお世話になる『国語大辞典(新装版:小学館:1988)』より)
さか 〔語素〕「さけ(酒)」が単独語で用いられるのに対して、他の語につづく時にみられる形。「さかどの」「さかみずく」「さかや」など。
さかあい 酒間・酒相 宴席で杯のやりとりのとき、間に立って代わりに杯をうけるなどして、酒席のとりもちをすること。酒の相手。
さかあいさつ 酒挨拶 酒で客をもてなすこと。酒で供応すること。
さかあぶら 酒膏 濁酒(にごりざけ)。一説に、濁酒に浮かぶかす。〔十巻本和名抄‐四〕
さかいき 酒息 酒くさい息。
さかいり 酒煎 肉や野菜などを鍋で煎り、醤油や塩の他に、酒で味つけをすること。また、そのもの。
さかおけ 酒桶 酒を醸造するのに用いる木製のおけ。また、酒を貯蔵しておくおけ。
さかおとこ 酒男 酒の醸造に従事する男。
さかかしわ 酒柏 大嘗祭の時、斎場から大嘗宮に至る行列中の男女が手に持つもの。ゆずる葉を一重ね四枚ずつ、四重ねを白木の竿に挟む。
さかかす 酒粕 ⇒さけかす(酒粕)
さかかぶ 酒株 酒屋の営業権。江戸時代、酒造業の造石高制限や収納のため下付された株鑑札。
さかがめ 酒甕 酒を貯えておくかめ。さけがめ。
さかきげん 酒機嫌 酒を飲んでいい気持になっていること。一杯機嫌。さけきげん。
さかきささ 酒〓 酒の上に白く浮いた萍(うきくさ)のようなもの。〔十巻本和名抄‐四〕
さかきちがい 酒気違 =さけきちがい(酒気違)
さかくさし 酒臭し 〔形ク〕=さけくさい(酒臭)
さかくせ 酒癖 =さけぐせ(酒癖)
さかぐら 酒蔵 酒を貯蔵する蔵。また、酒を醸造する蔵。さけぐら。
酒蔵あれども餅蔵無し

(「酒蔵」を酒飲みが建てた蔵とこじつけて)酒飲みの建てた蔵はあるが、酒を飲まない者が建てた蔵はない。酒代を節約したからといって、必ずしも富裕になるとはかぎらないという酒飲みの自己弁護。⇒下戸(げこ)の建てたる倉もなし。
*「大福餅あったかい下戸の建てたる蔵はなし。上戸の建てたる蔵が見たくは新川新堀深川へ行きやれ、酒蔵あれども餅蔵なし」〔滑・酩酊気質‐下〕
さかぐるい 酒狂 酒に酔って狂い乱れること。また、酒におぼれること。酒乱。
さかけ 酒気 (「さかげ」とも)酒の気。酒のにおい。また、酒の酔い。
さかごと 酒事 酒を飲むこと。酒を飲みあうこと。さかもり。酒宴。さけごと。ささごと。
さかごも 酒薦 酒樽を包むこも。真菰(まこも)や藁(わら)で荒く織ったむしろを用いる。さけこも。
さかじち 酒質 酒屋で質屋を兼業するもの。質種に主として醸造用品や酒株をとる。また、その質種。
さかしょう 酒匠 社会・文化/1993年
日本酒の特性を熟知し、料理との相性を研究する飲食業従事者に、酒匠研究会(95年現在、酒匠研究会連合会に改称されている。電話:03-5390-0715)が与える称号。また、飲食店へ料理にもっとも相性のいい日本酒を勧めることのできる酒類販売業者には、酒匠アドバイザーの称号が与えられる。いずれも、酒匠、酒匠アドバイザー講習過程を終了し、認定試験(筆記試験ときき酒)に合格しなければならない。92年に行われた第二期試験合格者数は前者が177人(女性18人)、後者が378人(女性44人)。前者の合格者は「酒匠」の看板を掲げられる。
さかしろ 酒代 =さかて(酒手)
さかずく 酒尽 酒をかけて勝負を争うこと。負けたものが罰として酒を飲む約束で行われることが多い。*醍醐寺本遊仙窟康永三年点「酒(サカツク)賭(う)つこと能ず」
さかだい 酒代 =さかて(酒手)
さかだち 酒断 習慣的に飲んでいた酒を、まったく飲まないようにすること。飲酒を断つこと。特に、神仏への祈願のため、酒を断って飲まないこと。
さかたちめ 酒立女 伊勢内外宮の月次(つきなみ)、神嘗(かんなめ)等の祭の日、倭舞の終わるごとに、宮司以下の各舞人に柏酒を勧める役の女性。斎王が参宮の時は采女か女孺が、不参の時は禰宜、内人(うちひと)等の妻子が勤める。内外宮各二人。
さかだな 酒店 酒を売る店。酒屋。
さかづくり 酒造・酒作 酒を醸造すること。酒をつくって売ること。また、その人。さけづくり。
さかつこ 造酒児・造酒童女 大嘗祭(だいじょうさい)の時、神にそなえる御酒(みき)を斎庭(ゆにわ)で醸(かも)す乙女。斎田に決められた郡の郡司の娘を卜定して選び、上京させ奉仕させた。
さかづつ 酒筒 (はじめ竹筒で作ったところから)物見、遊山などに酒をいれて携帯した器。吸筒。
さかつぼ 酒壺 酒を入れるつぼ。酒を入れてたくわえておくつぼ。
さかつら 酒面 1 (「さかづら」とも)酒を飲んで顔が赤くなること。また、酒を飲んだ時のように、顔が赤くなっていること。また、その顔。
2 =さかつらがん(酒面雁)
さかつら‐がん 酒面雁 ガンカモ科の鳥。翼開張約一四〇センチメートルの大形種。全体に褐色で、頭上と首の背面は赤褐色で、ほおや首の前・側面は淡褐色。腹面は白く、背は褐色で各はねのふちは淡い。シベリア東部、サハリンなどで繁殖し、日本には一〇月初旬頃、まれに渡来。干潟や耕地などにすみ、草や貝などを食べる。中国産のシナガチョウの原種。さかつら。《季・秋》
さかつら‐ひしくい 酒面菱喰 「さかつらがん(酒面雁)」の異名。
さかて 酒手 (「さかで」とも)
1 酒の代金。酒屋へ支払う金銭。さかだい。さかしろ。
2 人夫や車夫、雇人などに、きめられた賃金とは別に酒の代金という名目で余分に与える金銭。心づけ。チップ。さかだい。さかしろ。
さかどころ 酒所 1 よい酒がたくさんつくられるので有名な所。
2 酒を売って飲ませる店。酒店。
さかどの 酒殿 酒をつくるための建物。太政官の公用のものは造酒司(みきのつかさ・さけのつかさ)が管轄。その他、神社や貴族の邸内にもあった。
さかなみ 酒波 嘗祭に、斎場で酒を醸(かも)す造酒児(さかつこ)に従って下働きをする女性。
さかに 酒荷 荷造りした樽づめの酒。
さかに 酒煮 魚や貝を酒を多く使って煮ること。味付けは塩だけでするので酒塩煮とも。さけに。
さかば 酒場 酒を飲ませる店。
さかばえ 酒蠅 (好んで酒に集まる蠅の意で)「さし(〓子)」の異名。
さかはずれ 酒外 酒席にありながら、ひとり酒を飲まないでいること。さけはずれ。
酒外れはせぬもの

酒の仲間からはずれるのはよくない。少しでも飲んでみせるものだ。
*「コレ一如尼、そなたも一つ召してんや、下戸のさかはづれはせぬものじゃ」〔浄・一心五戒魂‐五〕
さかばた 酒旗 1 酒屋の看板に掲げてある幟。酒旆(しゅはい)。しゅき。
2 =さかばやし(酒林)1
さかばやし 酒林 1 杉の葉を束ねて、球状にし、軒先にかけて酒屋の看板としたもの。また、その店。奈良県三輪山麓鎮座の大神(おおみわ)神社の祭神のはたらきの一つは酒神で、杉を神木とすることによるという。酒箒(さかぼうき)。酒旗(さかばた)。
2 武具の一つ。1の形をした指物(さしもの)。
さかばん 酒番 酒宴で、酒の燗をする者。燗番。
さかびたし 酒浸 1 酒の中に浸すこと。さけびたし。
2 =さかびたり(酒浸)
さかびたり 酒浸 酒の中に浸っているように絶えず酒を飲んでいること。さけびたり。さけびたし。
さかびて 酒浸 魚、鳥、肉または野菜類を、塩を加えた酒に浸すこと。また、その料理。
さかびと 酒人 神酒の醸造を職掌とする人。さけびと。
さかふ 酒麩 (「さかぶ」とも)煮物で使う酒塩(さかしお)で煮つめた麩。
さかぶぎょう 酒奉行 1 室町時代の職名。将軍が諸大名の屋敷などに赴く時、その大名の家人の中に臨時におかれたもので、当日、酒を供えることをつかさどる。
2 江戸幕府の職名。賄方に属し、おもに、大奥の酒のことをつかさどったもの。
3 宴席などで酒のことを世話するもの。
さかぶくろ 酒袋 1 酒の醪(もろみ)をしぼるのに用いる袋。
2 酒を飲む量。
さかぶとり 酒太・酒肥 常に酒を飲むために、からだが肥満すること。さけぶとり。
さかぶね 酒槽・酒船 (1) (酒槽)(「ふね」は液体をたたえておく容器)
1 (古くは「さかふね」)酒を入れておく大きな木製の容器。
2 酒をしぼるのに用いる長方形の容器。この器に醪(もろみ)の入った多くの酒袋を入れ、押しぶたを押すと、底に近い側面の穴から酒が流出し、袋の中に酒の粕(かす)だけが残る。
(2) (酒船)酒を積んでいる船。とくに、江戸時代、酒樽積廻船をいう。
さかぶり 酒振 酒席でのふるまい。酒の飲みかた。さけぶり。ささぶり。
さかぶるまい 酒振舞 酒席を設けて供応すること。酒をふるまうこと。
さかべ 酒部 1 大化前代、酒の醸造に従事した部民。
2 律令制で、宮内省所管の造酒司(さけのつかさ・みきのつかさ)に属した伴部。公用の酒の醸造を職掌とした者。
酒部の司(つかさ) 奈良時代以降、斎宮寮に属する役所。令外の官。斎宮寮の十二司の一つ。神酒を醸造して伊勢大神宮に献進する。
さかべや 酒部屋 酒をたくわえておく部屋。
さかぼうき 酒箒 =さかばやし(酒林)1
さかほかい 酒祝・酒寿 (「ほかい(ほかひ)」はたたえ祝う意の「ほく」に継続の助動詞「ふ」の付いた「ほかふ」の連用形の名詞化。後世は「さかほがい」とも)酒宴をして祝うこと。
さかまい 酒幣 (「まい」は引出物)宮中の豊明節会(とよのあかりのせちえ)などの賜宴の時に、天皇から賜る物。
さかます 酒枡 酒、醤油、酢、油などをはかるのに用いる柄の付いた枡。
さかます‐ぼし【酒枡星・酒量星】 オリオン座の三つ星とその周辺のいくつかの星。全体の形が枡に似ている。農耕の星とされた。からすきぼし。《季・冬》
さかまんじゅう 酒饅頭 小麦粉に酒を加え、ねかせて発酵させて皮とし、餡を包んで蒸した饅頭。
さかみかのかみ 酒甕神 造酒司(さけのつかさ・みきのつかさ)の酒殿にあって供御(くご)の御酒(みき)を醸(かも)すのに用いる酒甕(さかがめ)を神格化した神。大刀自(おおとじ)の神・小刀自(ことじ)の神・次刀自(つぎとじ)の神の三体がある。
さかみず 酒水 =さけ(酒)
さかみずく 酒みずく 〔自カ四〕(「みずく」は「水漬く」の意か)酒にひたる。酒宴をする。*万葉‐四〇五九「橘の下照る庭に殿建てて佐可弥豆伎(サカミヅキ)います吾が大君かも」
さかみせ 酒店 酒を売る店。酒屋。さかだな。
酒店の前に三年立っても飲まぬ酒には酔わぬ

⇒酒屋の門(かど)に三年立てども飲まぬ酒に酔うた例なし
さかむかえ 坂迎・境迎・酒迎 1 平安時代、新任の国司が京都から任地へ行く時、国府の役人が、国境に出迎えて歓迎の酒宴を催すこと。
2 旅から郷里へ帰って来る人を国境、村境などの坂まで出迎えること。特に京都の人が伊勢参りや神仏参詣の旅から帰る時、親族、知人が逢坂(おうさか)山に出迎えて酒宴を催すこと。《季・春》
さかむし 酒蒸 1 軽く塩をした魚介類を酒にひたしておいて、酒がよくしみこんだときをみはからって蒸器でむした料理。さけむし。
2 =さかむしタバコ(酒蒸煙草)
さかむし‐タバコ【酒蒸煙草】 酒で蒸して味をつけたタバコか。さかむし。
さかむし 酒虫 体内にいて、その人に酒を飲む欲望をおこさせると想像された虫。転じて酒が飲みたいと思う欲求。さけむし。
さかむろ 酒室 酒の醸造に用いる建物。酒殿。
さかもどし 酒戻 借りた酒を返すこと。また、贈られた酒の返礼。江戸時代、「逆戻(さかもど)し」に通じることをきらい、酒を返さない風習があった。
酒戻しはせぬもの

(江戸時代、「逆戻(さかもど)し」ということばに通じるのをきらって、酒を返さない風習があった)酒をすすめられたり贈られたりした時は、辞退したり返却したりせず、快く受けるのが礼儀だということ。また、借りた酒を返したり、贈られた酒の返礼をしたりすることはかえって失礼な振舞いにあたるということ。「酒返(さかがえ)しはせぬもの」とも。
*「其礼とて目腐り金が樽代としてよこした、酒もどしはせぬ物故、まあ受け取て置たじゃ」〔浄・寿の門松‐下〕「酒返しはせぬもの酒を饋(おく)るに貰うたる人不可辞儀受納す」〔譬喩尽‐六〕
さかもり 酒盛 人々が集まり、酒をくみかわして楽しむこと。さかずきごと。ささごと。酒宴。
さかもる 酒盛る 〔自ラ四〕酒盛りをする。人々が互いに酒を飲み楽しむ。*山谷詩抄‐七「国が富貴なほどに、どこも歌いさかもるぞ」
さかや 酒屋 T 
1 =さかどの(酒殿)
2 酒造業者。または、酒を売る店。あるいは、飲ませる店。また、それらの業にたずさわる人。酒店(さかだな・さかみせ)。
U 浄瑠璃「艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)」の下の巻の称。また、「艶容女舞衣」の通称。
酒屋へ三里、豆腐屋へ二里 人里離れた不便な土地のたとえ。
酒屋三代、女郎屋一代

酒に酔わせたり女に溺(おぼ)れさせたりするような商売は、長続きしないものだというたとえ。
類句 米屋と質屋は三代続かぬ。
酒屋の門に三年立てども飲まぬ酒に酔うた例なし

「飲まぬ酒には酔わぬ」を強くいったことば。直接に経験するのでなければそれなりの効果はないものだということ。また、原因がなければ結果はないものだということのたとえ。〔譬喩尽‐六〕
酒屋の酒持って来い

酒屋の主(あるじ)でも酒宴をする時には、酒屋でない普通の家での酒宴のように酒を持って来いという。自分の立場と矛盾した言い方をすることのたとえ。
さかやうんじょう 酒家運上 江戸時代、元禄一〇年に設けられた、酒造業者に課せられる運上(税)。
さかやかいぎ 酒屋会議 明治一五年五月四日、全国酒造家代表が、自由民権運動と結んで、酒税の軽減請願を目的とし、大阪淀川の船の上で行った会議。
さかやく 酒役 =さかややく(酒屋役)
さかやけ 酒焼 飲酒を常習とするために、顔や胸などが赤く焼けたようになること。また、その膚。
さかやにんどう 酒屋忍冬 「のいばら(野薔薇)」の異名。
さかやまい 酒病 ひどく酒に酔って病むこと。酒毒にあたること。また、二日酔いの類。
さかやもい 酒病 =さかやまい(酒病)
さかややく 酒屋役 室町時代、幕府が酒造業者で高利貸を兼業する酒屋に課した税。その保有する酒壺数を単位として課税。酒壺銭。さかやく。酒麹役。
さかゆ 酒湯 =ささゆ(酒湯)
酒湯引(ひ)く 疱瘡がなおった後に、酒を入れた湯を浴びる。酒湯(ささゆ)を浴びる。

 いろいろあるものでございますね。…で、やはり「さかうり」が正しいのでしょうか?もしご存じの方がおいででしたら、ご教示を頂戴できればと存じます。
(10/23)

 能楽では「位(くらい)」ということを大事になさるようで、芸談にもよく出てまいります。義太夫節の芸の考え方には、能楽から踏襲されているものが多数あるらしいのですが、どれがそれなのか私はまだ不勉強でよくわかりません。

 謡本を見ますと、詞章担当の区分けに「シテ」「ワキ」…と言う方が示されています。役名で書いたらよさそうなものですが、どの本でも、主役であるシテ、脇役であるワキという役職の表示形式であります。『猩々』ですと、猩々がシテ、酒売りがワキということになります。また職分も「シテ方」、「ワキ方」と厳然たる区別がされていて職掌が定められており、シテとワキの「位」の違いから、シテはシテのやり方、ワキはワキのやり方があるそうです。歌舞伎でも、「主役に対し脇役はやりすぎてはいけない」とされています。義太夫でも「端場は切場と同じ旋律があっても、簡単に語らなければいけない」とされています。役柄の位、場面の位に応じた心得事でございましょう。

 義太夫の「ウタイガカリ」のとき、三味線が「ツツン、ポトテン」と弾きますと、お囃子さんが「テン」に掛けて「チョン、ヨーオオー」と厳かに掛け声をなさいます。これは「ヒカエ」というそうですが、今回の『寿猩々』には酒売りの~\潯陽の江のほとりにて…」と猩々の~\老いせぬや…」の前2箇所にございます。今まで『紅葉狩』でも『義経千本桜:吉野山』でも何の気なしに出ておりましたが、さてこの「ヨーオオー」の途中から出るものか、聞ききって出るものか、どうしたものなのだろう…と初日が明いてしばらくして不安になりました。鼓の13傳左衛門氏に尋ねましたところ、特に規定はないらしく、「酒売りのは、段の途中であるから割って出て、猩々は出の改まるところであるから、別になさったらいかがでしょう」と丁寧にお考えを聞かせてくださいました。なるほど、こういたしますと役柄・場面ともに位が定まります。

 さて一事が万事…。この「位」という用語は、義太夫の方であまり使われません(位取りに関しての考え方は、もちろんございます)が、結構な言葉だなと思います。「それではお姫様にならない!」「あんたは世話物語っても金襖物みたいやな…」「端場なのにそんなに語り込むな!」などとよくご注意をいただいてまいりましたが、皆「位」についての欠点の指摘であります。ご注意を頂戴しましたときは、「しからばどうしたらよいか」までは教えてくださいませんので、なかなか位取りが違うことまで気がつきません。また初歩の内は、位に合わせての語り分けも、引き出しがないからできません。しかし、その違いが判るようになりませんと、何を語りましても同じことになってしまいます。

 現代では「位」などと申しますと、拒否反応を起こされそうですが、日常のあらゆる現象について「位」を考えてみますと、気持ちの上で整理がつき、なかなかおもしろいなと思います。…おもしろい。
2004年1月『つねひごろ:音楽の位』もあわせてお読みいただければと思います。
本日千穐楽(10/26)

 歌舞伎座十月大歌舞伎も本日めでたく千穐楽。この月私は11時から20分間の『寿猩々』のみの出演で、おそらく一座の中で一番はじめに役があがったのではないかと思います。心なしか楽屋を退出いたしますときのご挨拶も、密やかに小声になります。あるとき、どこへも寄らずにまっすぐ帰宅いたしましたら、休日で在宅していた家内に、「もう帰ってきたの?!」と驚かれました。

 たしかに体力的には拘束時間も短く、楽なひと月でしたが、お役の上ではかなり神経を遣いました。朝一番の舞台ですので、声が開いているように早めに起床。したがいまして、早めに就寝。猩々の登場直前の~\薬の名をも菊の水、盃も浮かみいでて、友に逢うぞうれしき、彼の友に逢うぞうれしき」は三味線もなく、謡を義太夫的に直した高音の多い箇所で、舞台には酒売りが控えているだけで振りもございません。ご見物もこちらに集中なさるのが判りますだけに、ぼろが出ないよう、実に毎日気が張りました。しかし、今まで苦手で敬遠していたくだりでしたが、日を追うに連れ、「慣れ」と申しますか「こなれて手に入る」と申しますか、だんだんやり易くなり、息継ぎの箇所も減りました。

 毎日、開演15分前の「二挺(にちょう)」が入りましてしばらくしますと、座布団から下がり、三味線の正一郎師、先輩の喜太夫様、共演の皆様、楽屋に詰めておいでの皆様に「お願いいたします」とご挨拶申し上げまして楽屋を出ます。舞台にまいりますとお囃子さんが肩衣を付けておいでです。お囃子さんにご挨拶申し上げまして、山台に正一郎師がお座りになりましたら、私も山台に柏手を打ち、見台の前に座り、床本を押し戴いて拝礼いたします。この間、お囃子さんは下の方が先輩に対し、舞台に手をついてご挨拶をなさっておいでですが、丁寧な習慣だなと拝見しておりました。私どもは部屋で挨拶を交わしましたら、舞台ではもういたしません。お狂言さん(狂言作者)が柝を直しますと、「片シャギリ」をお囃子さんが演奏なさいます。これはかなり長時間やっておりますが、お狂言さんが時計で頃合いを見て、知らせますと上ゲの手にかかります。「…イヤァー、テレン」と納めますと定式幕が素でサァーーーと引かれ、留め柝が「チョン」。前弾きにかかります。

 余談ですが、扇太夫師は『素襖落』などで並ばせていただいていると、片シャギリの上ゲの「…イヤァー、テレン」を聞くとすかさず、「嫌ならよせ…」とつぶやかれました。太鼓の掛け声の「イヤァー」を「嫌ぁー」と洒落ておられるのです。私などが笑いをこらえるのを知らん顔して楽しまれるという風情でした。もっともこれは『素襖落』のようにご陽気な演目ですから結構ですが、『寿猩々』はそうはまいりません。片シャギリにかかりましたら、静かに心を落ち着けております。やはりこうした演目は「改まる」心がないといけない気がいたします。

 この月より三味線の正一郎師が7ヶ月ぶりで舞台復帰され、ひと月お元気にお勤めになりました。左の手を痛めておいでだったので、調子が3度変わる『寿猩々』は大変だったそうです。~\猩々舞を、ド、ト、トン」で二上りになりまして、続く~\舞おうよ」で三上りとなります。~\芦の葉の」の舞がございまして、~\秋の調べや残るらん」で三が下がります。太棹三味線は糸巻きをよほど押し込んでおかないと、糸の張力でカラカラカラ…とゆるんでしまいます。事故とは申しながら、失態には違いございませんので、三味線弾きさんは予防に神経を遣われます。上げたり下げたりするときには糸巻きを握るだけでなく、糸蔵に指を1本入れ、押し込みながら巻きます。当月は台風も頻繁にまいりまして天候も不順でしたが、楽器に粗相がなく何よりでした。

 また、正一郎師には、この月末に『紫派藤間流舞踊会』で勤めます『小鍛冶』をお稽古いただきましてありがたいことでした。『小鍛冶』は1鶴澤道八師により作曲されました。正一郎師は1道八師の弟子である4清六師のお弟子で、経験もありお得意の曲です。歌舞伎では3猿之助丈のお家の『猿翁十種』に入っておりまして、かならず「文楽座特別出演」で上演されてきました。したがいまして、竹本連中のレパートリーにはございませんし、私も耳にはしておりましたが、今まで不勉強でありました。今回、後ジテのくだりだけの上演ですが、正一郎師にお教えいただき、勤めますのが楽しみになりました。その後ジテは紫先生のご子息である藤間文彦様のご子息、貴彦様がお勤めで、24日にお稽古場で下ざらいをしたあと、終演後の歌舞伎座で舞台稽古もいたしました。実際舞台で語ってみますとたいへんな曲であるということが実感できました。見ていた文彦様が「葵さん、口から心臓が飛び出すかと思った」とのこと。28日夜の部で上演されます。どうぞご見物下さいませ。

 当月は楽屋も和気藹々としておりまして、舞台も楽しく、あっという間のひと月でございました。