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2007年1月
祇園町の門飾り(1/6)

 松竹座の稽古が30日にすみ、東京に帰省して越年なさる方が多数の中、私は義父の服喪ということもあり、京都で静かに過ごしました。

 大晦日に祇園町を歩いてみますと、粛然と清められて新年を待つばかりの玄関先には、注連飾り・松飾りが祀られております。東京のものとは「型」が違いまして、それも各お家(拵える職人さん)によりましても微妙に変わっております。「さすが日本は京祇園の新年のしつらえ!」とおもしろいので、片端から撮影して廻りましたので、いくつかをお目にかけます。

「笑門」と木札に書かれたもの。
これは通年飾るとのこと。
一文字のごぼう〆
プラスいろいろ
こちらは幣付き
開脚型のもの。
いかにも「お飾りをくぐる」
という感じがする。
全開脚。
『波木井』さんの玄関先。
橙が落ちないように網状の
金の水引でくるんであるのが
工夫点。「これエエナア」。
人の様な形。 「橙!」
なんだか潔い。
ちょっと東京型に近い。 輪飾り上等版。 『一力』さんの門には
意外に簡素な輪飾り。

 また門松は東京のようなものはなく、生け花のような具合のものが多く見受けられました。

京都の一般的な門松。 根は「根曳き」
になっている。
なんかの
出品作品のよう。
スパッ!とすがすがしい。
梶原平三景時作か?
立派ですねぇ…。 どれもこれも力作揃い。

 …とまあ、いろいろございましたが、新たなる年を迎えるにあたり、福神の来臨をまつということで考え出された様式。美しい日本の文化だと思います。

 東京在住の皆様は「根曳きの松」におなじみがないかもしれません。近松門左衛門翁のお作に『寿門松(ねびきのかどまつ)』という演目がございますが、関西では昔から根っこごと引き抜いたものを門松になさっていたのですね。私など昨今の環境保全問題から考えて、大丈夫かしらんと心配になりますが、まあきちんと栽培されているのでありましょう。昔は新年を迎えて「初子の日(はつねのひ)」には野に出て小松を曳くことを行事としていたのですから、よほど松が多かったのですね。

 ある時期、お客様が毎年暮れになるとこの「根曳きの松」を送ってくださいました。そのお方がお亡くなりになって絶えましたが、なんだか毎年団地の扉に麗々ともったいない気がいたしました。今年はこんな事情ですからございませんが、京都『嵩山堂はし本』の山崎会長様は永年注連飾りを送ってくださいます。これは以前このサイトにも書きました。

 大晦日、夜も更けまして『大谷霊廟』(通称:「西大谷」)にお詣りいたしました。義父は浄土真宗でしたので、冥福を祈りに出向いたのであります。しかし門戸は閉ざされておりましたので、外からお詣りいたしました。往来は清水寺へ向かうおおぜいの皆様で賑わっておりました。自宅に携帯で電話し、留守宅の家族と「おめでとう」抜きの挨拶を交わし、風に乗って聞こえてくる除夜の鐘を聞きつつ新年を迎えました。
追悼 花柳壽楽師(1/11)

 舞踊界の重鎮、花柳壽楽師が1月7日に逝去されました。私はとくにお親しくさせていただいたわけではございませんが、いくつか思い出の断片がございますので、ちょっとご披露申し上げます。

 壽楽師が舞踊会を開催されますときは、私どもの方では野澤松三郎師(昨2006年10月逝去)が「請合」でありまして、竹本連中をまとめました。松三郎師は壽楽師の創作舞踊の作曲も多数手がけられ、ずいぶん交流があったようです。私も一度松三郎師のお仕事(扇太夫師のツレ)で壽楽師のお宅へお稽古に伺ったことがございます。「青山(地名)の青山(ご本姓)さんなんだ」と師匠方がおっしゃっていたのが耳にございます。『蝶の道行』などいつものと違うので床本を書き直しました。

 その後、お孫さんが『寿式三番叟』をなさるにあたり、鶴澤正一郎師が演奏を請け合われ、私は太夫のシンを仰せつかり、壽楽師宅にお稽古に伺いました。壽楽師は小返しのとき、きちんと三味線と鼓の手を口でおっしゃり、失礼ながら、昔の方はさすがに地(演奏)のこともきちんと心得ておいでなのだなと思いました。お稽古がすみましてから控えの間に壽楽師がおいでになり、よもやま話をしてくださいました。
▼「三番叟は猿翁さんと3段四郎さんの初演のとき、私も振りをこしらえるのにお手伝いしましたけど、猿翁さんが実に熱心でね。『もういっぺん、もういっぺん』って納得するまでくり返すんです。息子さんの3段四郎さんが憶えないとだんだんじれてきてね、怒るんですよ。今の3猿之助さんになってからちょっと振りが変わってきましたね…」
▼「戦争中ね、疎開した先に2古靱大夫・4清六のお師匠さんのSPレコードがあったんです。ほかに聴くものもないし、そればっかり聴いていてね、耳に残っているんです。そうしたらこないだ文楽で『合邦』を聴くとね、『オオ、マ、うそか、うそか…』なんてね、その通りやっていますね。きちんと受け継がれているんですね…」
というような具合でたいへん気さくなお方でありました。

 13仁左衛門丈の奥様のご兄弟でありましたか、ご縁続きでしたので、「片岡の兄さん」と13仁左衛門丈のことをおっしゃっておいででした。お偉い方なのに少しも尊大な感じはせず、楽屋でご挨拶しましても、にっこりとちょっと歯を見せて返してくださいました。ご冥福をお祈り申し上げます。