自費出版のあかつき印刷
既刊本書庫 エッセイ1/2
みなぎる光
著/渋谷孝
四六判 上製本 294頁
作品紹介
仙台市在住、もと新潟大学教育学部教授、宮城教育大学教授、付属図書館館長を歴任して定年退職。在職中にいろいろなところに書いた国語・国語教育関係エッセー集。



遠き山に日は落ちて
著/小松田早苗
A5判 上製本 202頁
作品紹介
東京都在住、大正13年生まれの著者が、白内障の点眼薬を点眼しながら書いたエッセイ集。著者が少年時代過ごした奉天の町など豊富な中国の歴史や風俗を中心に活写する。



凡農近況
著/大野富衛・吉田八曽八
A5判 上製本 242頁
作品紹介
長岡市在住で、農業を営む著者とその伯父の共著本。共に長岡ペンクラブ会員。著者は、第1エッセイ集「こぼれだね」に次ぐ第2エッセイ集。第1集を出してから8年、「いまあまたの恩人に私が生きている近況をお礼として報告せねばならん」と思って書いたという。

わたしの出版体験記
 私が自分の本を作ろうと考えたのは、60歳頃の時だった。生来身辺の整理ごとにうとく、気がついたら前に書いた原稿や掲載誌が散乱していて甚だ見苦しい。これでは困る、一冊の本にまとめてしまおうとなったのである。こうして初出版「こぼれだね」(※註1)も数編の短編を書き加えて、250ページほどの本が600部出来た。

 それから7年ほど経ったら、またかなりのかきものが貯まってしまったが、若干まだ原稿の量が足りない、どうしたものかと思案したが、ふと十歳年上の叔父さん(註2)が戦事体験記を書いていたことを思い出し、共著の相談に行ったら「ぜひに…」とのこと。その60ページほどを加えて一冊となった。

 たまたま私が前からお世話になっていた小国の高橋先生が下さった退職の挨拶状に「ブックアドバイザーの仕事に就く」とあったので、氏の再出発を祝したいと、ためらわず出版依頼の電話を入れた。やがてとても立派に仕上がった500部が届いた。叔父さんも大層喜んで下さった。

 本は私が350部、叔父さんが150部を親戚・友人・知人・集落の家々などにそれぞれ配り、今残部はない。私はものを書くに特別の意識や目的を持たない。エッセイにしろ創作にしろ、日常身辺のこと、忘れ難きことを忘れまいとすることだけで、奇は好まない。自分の生きようを、ごく素直に発表する心で書いている。このたびの本の題名「凡農近況」が、そのままの私の覚悟である。本を配ってのち、沢山の反響、感想を耳にした。どれもとても自分の生きた勉強になった。

 人間は喋る言葉で残すことは不可能に近いと思う。書いて発表することは、自分の生きようの検証であり、この先の出発のスタートであると思っている。何年かしたらまた次の本を作りたいとも願っている。

(註1)「こぼれだね」越書房(新潟市)1993年刊
(註2)吉田八曽八(よしだやそはち)、若いとき6年間を中支戦線で死線を越えた戦記を、長岡ペンクラブ誌に連載す。2005年逝去。

フーのきの森から
著/大塚中
A5判 上製本 200頁
作品紹介
昭和15年生れの著者。パーキンソンの難病を抱えつつ、魚沼市須原に居を構え、妻と絵本の家をたてて、子どもたちに開放する。自然体験や生命体験を説く。杉みき子氏曰く「人間にはこんなにも素晴らしい生き方が出来るのですね」

わたしの出版体験記
 標題の「フーのき」というのは、この地方の方言でホオノ木のことです。

 私は、体力には自信があり、特にスキーは盆・暮れの休日でもスキー場通いは欠かさないというスキー狂でした。それが1987年秋パーキンソン病という診断が下され身体が次第に動かなくなる病気といわれました。  

 いろいろ調べ考えた結果「10年で寝たきり」を一つの目安に生きてみようと決断して旧守門村の山荘に移り住みました。  

 そして私が生きている証と同時に友人・知人・兄弟たちとの絆を強くする一助として月1回発行したのが山荘だよりでした。  

 体を動かすほうは速くても、頭を使い手を動かすのが苦手な私にとって月1回の山荘だよりも大変でした。私はフーのきの森を訪れて帰る人たちが穏やかな笑顔であるような紙面になるように努力してきたつもりでしたが、「フーのきの森から」の本にまとめてみると視野狭さくに陥っている手記のあることに気づかされ赤面しています。  

 いずれにしてもこの木は、妻の古くからの友人であり、私の新しい友人でもあるMさんの強力な言い出しっぺと「フーのきの森から」刊行委員、山荘友の会「ゆきぼうし」委員、スタッフ一同の共同の作業として進められたことに感謝しています。  

 また、あかつき印刷出版部の懇切丁寧な指摘や御指導および読み、感動と激励を送ってくださった方々に心よりお礼申し上げます。

思い出は遠く 追憶の彼方に
著/小松田早苗
A5変形判 並製本 212頁
作品紹介
「遠き山に日は落ちて」に継ぐ第3エッセイ集。「過ぎ去った日々は遠く、追憶の彼方に流れ去ろうとしている、…その思い出を拾い集めて書き残した」。




虫の音
著/妙高みどり
四六判 並製本 162頁
作品紹介
新潟県長岡市のケアハウスに住む著者。63歳で脳梗塞発作を起し、左手が使えず、そのために、料理や衣服の着脱にいかに苦労したか。病気体験、旅行体験など収めたエッセイ集。




心に笑顔を
著/小柳信子
A4判 並製本 114頁
作品紹介
昭和22年静岡県生まれ。平成5年再婚して、新潟市に転居。子育て支援カウンセラー、自宅を「のぶちゃんハウス」として開放。伸びる子供を育てる親の勇気付けセミナーを開く。NHK新潟放送局「朝の随想」原稿や新潟日報夕刊に連載した記事を載せる。



わたしの出版体験記
 私なりの個性的な本を出版したいと思い始めたのは、NHKラジオ新潟放送「朝の随想」に出演した頃からだと記憶しています。放送は平成6年10月に開始されました。それから過ぎる事7年、あたためていた「自費出版」を現実に向かわせたのは高橋実先生との出会いです。非常勤講師として勤務している専門学校の講師控室での雑談から、高橋先生が本出版にかかわっていることを知った私は、そのお人柄に引かれたことから「私も本を作りたいのですが」と自然に言葉に出していました。

 私がお願いした事のひとつに、「自分の文章を訂正しないでいただきたい」ということがありました。今考えるとなんて、おこがましく、生意気な言葉を言ったものだと恥ずかしくなります。高橋先生はそんな私を「ハイ、いいですよ」といつも優しく受け止めて下さいました。

 自費出版で一番大切なことは担当者との「気持ちの通じ合い」だと思うのです。私の持っている感性をどれほど担当者が受け止め、出来上がりの本に表現してくれるかにかかってくるのではと思います。そして、背景には予算との関係も吟味の中に入ってきます。それも理解してもらわないと私のような少ない予算での自費出版は行き詰ってきます。  

 ちなみに私は、予算の関係から、ハードカバーではなく、写真も掲載せず、カットは孫と夫と私の絵を使用し、表紙の文字は教え子に依頼し、と、「家庭的雰囲気の本」に徹しました。販売価格は1000円以下と考えました。この販売価格と出版部数の決定に一番苦しみ、高橋先生や社長さんのアドバイスに本当に助けられました。今もって感謝の気持ちでいます。

 出来上がりを見た社長さんが「このままではまるで卒業文集の様になってしまう」と話され、表紙をカラーにと大サービスしてくださいました。その表紙を見た私は、うれしくて涙ぐんだほどです。

 平成14年3月、自費出版にしては多すぎるかなと思われる2000部を出版しました。私の講演会場で飛ぶように売れた事や口コミでの注文、知人へのプレゼントにと数十冊購入してくれる方々などで、1年半で完売してしまいビックリしてしまいました。先日、津南中学校での講演会で相談員の方から「講演会で1冊購入し愛読書になっています。急ぎ追加購入し、1冊は自分用に、1冊は子どもたちや保護者の方々に貸し出しているのですよ」とお聞きし感激した私です。あちこちから「そろそろ次のを出版して下さいよ」との声を頂いている私です。60歳を迎える平成19年・亥年は私の年です。記念出版をと気持ちを固め始めている私です。そのときは社長さん、高橋先生、よろしくお願いいたします。

私の百名山
著/五十嵐英一
A5判 238頁
作品紹介
元高校教師の英語教師の著者が、新潟県内の百山を踏破した写真・エッセイ集。新潟県で一番高い山が小蓮華山(2769m)一番低い山が柿崎町の城崎山(17m)という。その一山一山を写真と気の利いた小文で綴る。踏破した年月日・同行者をていねいに書き込む。本社のHPを見て、申し込み、本につくりあげた。




えびせん
著/遠藤嶺花(加納鯛治)
B5判 横綴上製本 148頁
作品紹介
著者本名 加納鯛治指導の児童詩集。著者は長年小学校教員として子どもたちに児童詩の指導に携わった。そうした折に3年生・4年生中心に発行したガリ版刷り児童詩を活字化した。