借金返済で弁護士に相談



《 愛 奴 と い う も の 》





椋陽児 画



私のお姉さまは、愛奴です。
愛奴というものがどのようなものか、みなさまにはおわかりになりますでしょうか。
主人と呼ばれる方の持ち物となって、主人に申し渡されることであれば、
いっさいの不服を言わず、その言葉を恩寵のように感じて追従する身分のことです。
ただの奴隷と違うことは、愛奴は主人に愛をかけられて身分を保証されることです。
たとえ、その主人となる方が好きになることのできない相手であっても、
主人から与えられる愛があってこそ愛奴の境遇があるわけですから、
愛奴であることに誇りを感ずることはあっても、主人を恨むようなことは絶対にないのです。
たとえ、どのような取り扱い方をされても、それは愛されるゆえになされることなのですから、
愛奴にとっては、虐待されるようなことでさえも、よろこびを感ずることができるのです。
そして、肝心な点ですが、愛奴は望めばだれでもなれるというものではないということです。
愛奴の条件というのは、少なくとも次の三つが満たされていなければなりません。
ひとつめは容姿です、顔立ちと身体つきが美しいと評価されるようなものでなくてはなりません。
モデルのように美しいということは大切ですが、ただ美形であるというだけでは不十分です。
ふたつめの知性と感性が必要なのです、礼節を知り、常識のわかるだけの頭の良さと、
官能的なものをふくめての敏感な感性がそなわっていなくてはならないのです。
そして、最後に豊かな健康と愛奴の身分となるための自立している境遇です、
愛奴はときに過酷な労働さえ強いられることもありますから、健康的でなくてはなりません、
また、人手に渡っていくこともあるわけですから、個人として確立されていなくてはなりません。
こうした人間の存在であって、はじめて値打ちがつけられるのです。
値打ちというのは、文字どおり、幾らの値段の愛奴であるかということです。
愛奴が人手に渡るときは相応の値段がつけられて、身分の保証が与えられるということです。
高額で手に入れた物品を無償でひとに渡すことは、それに価値を見いだしていないことです、
そのような扱いを受けた愛奴は野良犬か野良猫と同じで、
人間の存在ではあっても愛奴という価値はまったくないものとされます。
思いやる気持ちがあればこそ、そこに代価など必要ないというのが真の愛とされるようですが、
愛奴にとっては高値がつけばつくほど、主人の愛のあかしであると言えることなのです。
では、どのようなきっかけで愛奴となることが可能なのでしょうか。
昔から、主人と呼ばれるような権力と財力を保有されている方々は、
本妻としている女性以外に複数の女性を所有物とされてきました。
側室、妾、二号などと時代の変遷にともなって呼び名は変わっても、
主人と肉体関係をもち生活を保証されて暮らす女性であるという存在に変わりはありません。
現代において、そのありようは愛奴というかたちをとっているにすぎません。
ですから、人類の創始以来、人間が社会を形成することにおいて必ず存在したということでは、
特別なものでも、特殊なものでも、異常なものでも、何でもありません。
まったく社会的な存在であり、むしろ、そのような存在を許容するからこそ社会なのです。
ただ、男女のみならず、男性同士、女性同士の肉体関係というありようは、
これもまた昔から、社会へあからさまにされることをはばかられてきたものですから、
一般的には知られにくいことであったというにすぎません。
一般的に知られにくい事柄というのは、そのほとんどが一般の方々がそれを知ることによって、
それを行なっている方々へ反感や反発を抱いては困るというような事柄といえます。
肉体関係の事柄というのは、ほかの人間感情に比べてやっかいなところがあるのは、
愛や憎しみ、喜びや悲しみ、嫉妬や怒りといったものを焚きつけるところがあることです。
ですから、それは法律にも定めて、きちんと隠されておくようにしなければならないのです。
肉体関係の事柄において、一般の方々が到底手の届かない贅沢さがあらわされれば、
性における貧困は反発を引き起こし、革命さえ生じさせかねないものになるからです。
人間の肉体関係というのは、棒を穴にさしこむというだけのものにすぎない、
このようなことで満足を感じている方々へ、それは貧困な行いだと感じさせてはいけないのです。
贅沢と貧困、これを分けるものは、物には代価があり、それをいかに所有するかということです。
愛奴には代価というものがあります、これもまた昔から行なわれてきたこと同様、
主人に側室や妾として引き取られるとき、育ての親に相応の代価が支払われたように、
愛奴もそれを育て上げた者に代価が支払われて、主人のもとへつかわされるのです。
ただ、愛奴は民主主義と呼ばれている時代以降に誕生したありようですから、
それを育て上げた者は実の親ではないという場合があることが特徴的かもしれません。
愛奴を育成し斡旋する機関が存在するということです、機関と申し上げたのは、
かつては宮中や大奥といった場所で取り仕切っていたような方が実際にいらっしゃるからです。
愛奴を育成斡旋する機関で働く方々の身分は低いものではないということです。
その機関に名称はありません、ただ、<機関>と呼ばれているだけです。
私のお姉さまはその<機関>で育てられ斡旋された愛奴でした。
お姉さまには名前はありません、
愛奴は主人が意のままに付ける名前で呼ばれるだけの存在であるからです。
もちろん、お姉さまの戸籍は役所に残っています。
けれど、愛奴となったその日から、国民年金も健康保険も停止しています。
愛奴は愛される奴隷という身分以上のものでも以下のものでありません。
愛奴には貯蓄はおろか収入さえまったくありませんから、税金の申告も行なっていません。
市民でもなければ、日本国民でさえない存在といえるものなのです。
ただ、愛されるために主人に囲われ、衣食住を保証されるというだけの存在なのです。
では、お姉さまはどのようないきさつから、そのようなものになろうとしたのでしょうか。


お姉さまも女子大を卒業して企業に勤め始めた頃までは一般的な女性でした。
ある日、お姉さまが会社から帰宅の途についていたときのことでした。
ふたりの上品な感じのする中年婦人が話しかけてきたのです。
ふたりの婦人は、折り入って話がしたいから、しばらくの時間付き合って欲しいと申し出ました。
お姉さまは不審に思いましたが、婦人の話した次のようなことに興味を惹かれました。
「私たちがあなたに声をかけたのは、あなたがどのような境遇の方か調査した結果です。
あなたは選ばれた方です、あなたのように美しい方はほかにもいらっしゃるかもしれません、
けれど、あなたでなくてはならないのです、あなたこそ、その美しさに磨きをかけて、
あなた自身、ほかに比べるもののないくらい高い自尊心を抱くにふさわしい方だからです。
いかがですか、一度、そのように生まれ変わった女性をご覧になってはみませんか」
婦人たちは、お姉さまの名前、生年月日、住所と両親の名前を誤りなく言いました。
お姉さまはびっくりしましたが、恐らく、これはタレントかモデルの勧誘か何かだろうと思いました。
以前にも、原宿や渋谷でそうした勧誘にあったことがあったからでした。
そのときはすべて断りました、お姉さまは自分が納得しない生き方のできないひとでした。
でも、今度は少し違う感じがして、その違いがお姉さまの興味を掻き立てたのでした。
それと、ふたりの婦人は上品な感じばかりでなく、美しい人であったことも好感が持てたのです。
お姉さまはふたりに従って用意されていた車に乗り込み、<機関>へ案内されたのでした。
ふたりの婦人は車内で、「初めての方だけです」と言って、お姉さまに目隠しをしようとしました。
「これから行く先は望まれない方には知られてならない特別な場所ですから、
あなたが愛奴を決心をされるまでは、申し訳ないのですが付けさせて下さい」と言ったです。
「愛奴? それはいったい何ですの?」
「それはあなたがご自身の眼でご覧になり、判断されてください、私たちは案内するだけです」
やがて、車が到着した場所で、お姉さまはふたりの婦人に寄り添われて部屋へ入りました。
そこで、お姉さまはこのような話を聞かされたのです、まだ目隠しはされたままでした。
「ひとにはそれぞれ生き方というものがあります、ひとはみな同じではありません。
一般のひとには特別なものだ、特殊なものだ、異常なのものだと思われるようなことでも、
その方の持って生まれたものと、それを成長させる決心がご本人にあれば、
そのありようはその方にしかできない、そのためにこそ生まれたきたものになります。
もちろん、まずはご自身がそのことに目覚めなければ、とてもかなうことではありませんが。
今から、あなたがご覧になるものは、そのようにご本人が決心されてできあがったものです。
愛奴と呼ばれていますが、呼称などは大した問題ではありません。
大切なことは、愛奴は強要されてでき上がるものではないということです、
あくまで、ご自身の自覚、決心、意志がご自身を成長させて生まれるものだということです。
ですから、本人が望まないと申し出れば、いつでもその境遇をやめることができます。
愛奴は完成されたものではないのです、愛奴になることは終わりではなく、始まりなのです。
愛奴は、より高いひとの境地へと至るためのひとつの門口であるのです。
では、その美しい門をご覧になってください」
そう話し終えると、お姉さまは目隠しを解かれて、眼の前のものと対面させられたのでした。
お姉さまは、ただ、もうびっくりするだけでした。
女性が生まれたままの全裸姿で立っていました、
その白く輝く美しい身体には、まるでコスチュームのように黒いコードが巻きついていました。
ほっそりとした首筋から胸元へ、胸元からまるで羽根の形を織りなすように広がっているのです。
ビニールコードの文様は柔肌に食い込んでいるのですが、きれいな感じさえ与えるものでした。
けれど、腰のくびれを際立たせるように巻かれたコードはお臍のあたりから縦に下りて、
女性の大切な箇所へ埋没するくらいに深く食い込まされて通されていました。
お姉さまもそれには眼をそらさずにはいられず、思わず女性の顔を見てしまいました。
しかし、愛奴と呼ばれているその女性は、両腕を開いてその肉体を誇示するかのようにして、
はつらつとした可愛らしい顔立ちをこちらへ向け、お人形さんのように立っているだけなのです。
そのとき、お姉さまは愛奴の乳首には小さな金のリングが着けられていることに気づきました。
驚きばかりでなく、得体の知れない不安や恐ろしさがこみ上げてくるのを抑えられませんでした。
「愛奴として生まれ変わった彼女は、これから彼女を望んだ主人のところへつかわされます。
あなたは選ばれてここに来て、彼女の新しい人生の出発に立ち会ったわけです」
婦人はお姉さまにそう説明するともうひとりの婦人の方へうなずいて、
愛奴をその部屋から立ち去らせるのでした。
「あなたも初めてのことで、びっくりなされたことでしょう。
でも、このような時代ですから、緊縛もファッションや美術表現に取り入れられたりしています。
サディズム・マゾヒズムといっても、病理学の対象となるような病的異常でなければ、
文明社会の文化のなかでは、人間の性質の一部を表現し感受していることといえるのです。
あなたも一度くらいは、女性が全裸を縛られた写真を見たことはあるのではないですか」
お姉さまは近くにあった椅子を勧められるままに座るばかりでした。
穏やかで優しさを感じさせる婦人に対して、お姉さまは悪い印象を抱いていなかったのです。
「わたしは選ばれたって言いますけれど、わたしもあのような女性になれってことですか」
お姉さまは一息ついた思いになると、思い切って尋ねたのでした。
「そうです、ただ、あなたになれなどと誰も強要はしません、あくまでもあなたの意志次第です」
「でも、何をするかもわからないものになると言われても……わたしは、少なくとも……
少なくとも、ひとのおもちゃにされるようなことは嫌です……それだけは嫌です」
婦人はかすかな笑みを浮かべながら答えたのでした。
「あなたは、恐らく先ほどの愛奴の外見からそう思われたに違いありません。
あなたが思っているように、外見からすれば、一般にSMプレイと呼ばれていることと同じです。
でも、これはSMプレイではありません、ですから、愛奴はおもちゃではないのです。
外見は同じようであっても、まったく別の存在なのです。
この相違を言葉で説明することはむずかしいことです。
あなたがご自身で自覚されることでしか理解することができないことです。
ですから、あなたが愛奴を望まないのであれば、いつでもやめることができるのです」
お姉さまは婦人の真剣なまなざしを感じて、さらに聞き続けることを望んだのでした。
「愛奴に生まれ変わるためには、三つの段階があります。
あなたがご自身を他にない特別な存在であることに目覚めるための段階です。
第一の段階は<鏡の間>と呼ばれています。
そこで、あなたは身に着けているものを一切取り去って、生まれたままの姿になって頂きます。
その姿のまま、上下左右が鏡で作られている部屋に入って頂きます。
あなたには何もしません、あなたはただ自分と見つめ合うことをするだけです。
一般に、この段階で愛奴を望まれる方であるかどうかわかりますので、
その次の段階をいま説明して差し上げても意味がないでしょう。
いかがですか、<鏡の間>だけでも試してみられますか」
お姉さまは、もちろん、躊躇しました。
しかし、なぜそこで断らなかったのでしょう。
それは、先ほどの愛奴の表情にありました。
あのはつらつとした可愛らしい表情には、強い自尊心の喜びのようなものが感じられたのです。
虐待を受けているような惨めで哀しく不安と恐れがあるようなものとは正反対のものが……。
それと、眼の前に座る中年婦人が付け加えた次の言葉でした。
「実は、私も愛奴なのです。
あなたから見れば、このようなおばさんが、なんて笑われそうですが、事実です。
私には決まったご主人様がいます、その方の持ち物となって生活しています。
また、私はみずからの愛奴の経験から、このような案内役をおおせつかっているのです。
私は、あなたが愛奴に目覚める方であるかどうか、わかりません。
しかし、あなたが選ばれた方であり、その方に幸せな愛奴の段階をご案内できるのは、
私の心からのよろこびです、あなたがご自分を発見なさりたければ、どうか始めてください」
そして、婦人は穏やかな表情に優しいまなざしを浮かべながら、相手の返事を待つのでした。
お姉さまは、今日起こったことの最初から現在に至るまでのことを思い返しました。
そして、いま自分が立たされている立場を考えようとしました。
拒絶を示して、この場を立ち去らせてもらうことは、ものすごく簡単な気がしました。
けれど、そうすることが何かを台なしにしてしまうという不安のようなものを感じさせたのです。
それが何か、わかりません。
その答えは婦人の言う段階へ足を踏み入れなければわからないものだと思えたのでした。
嫌ならば、いつでも引き返せる、その安心が大胆な道へ進ませるのでした。
「試してみます……嫌なら、いつでも、やめることができるのですね」
「もちろんです」
婦人は優しく微笑みながら答えました。
こうして、お姉さまの愛奴への道、育成の段階が始まったのです。


お姉さまは身につけていたものを何もかも取り去りました。
衣服や下着はもちろんのこと、腕時計やネックレス、ピアスに至るまで何もかもでした。
身体を隠すものひとつない全裸姿になったのです。
「とても白くてきれいな身体ですね、申し分ありませんわ、若さがみなぎっています」
婦人はお姉さまの身体全体を見まわして感心したように言いました。
そして、お姉さまの手を取ると、<鏡の間>へ案内しました。
そこは普通の部屋のように木製の扉がありましたが、
なかは天井も床も四方の壁もすべてが磨きぬかれた鏡でできあがっているのでした。
「もし、あなたが育成を中止したいと思われたら、申し出てください。
あなたが申し出ないかぎり、少なくとも何時間かはそこにいることになりますから」
お姉さまは<鏡の間>へ入る直前に思わず婦人の方を振り返りました。
婦人は大きくうなずいて、「大丈夫ですよ、あなたはご自身と向かい合うだけです」と言いました。
そのとおりでした。
鏡に取り囲まれた部屋に入ったお姉さまは、
見えるものがすべて自分の容姿だけであるということに圧倒されました。
眼の前にも、頭上にも、右横にも、左横にも、背後にも、そして足もとにも自分がいるのです。
しかも、その自分は一糸もまとわない、生まれたままの裸姿でいるのです。
ウェーブのついた艶のある長い黒髪、大きな両眼と口もとを筋のとおった鼻がつないでいます。
両耳が少し大きいことが気になりますが、愛らしい感じのする顔立ちはそれほど悪くありません。
首筋も太くはないのですが、なでた両肩が少し広いように感じるところが気になるところです。
でも、乳房のふくらみ具合や乳輪の大きさ、乳首の色艶などは気に入っている方です。
腰付きはヒップが少し大きいように感じますが、両脚がしなやかに伸びている分、許せます。
ふっくらと恥ずかしい箇所を覆っている多めの陰毛は生まれつきなので仕方ありません。
足首の締り加減と足の大きさはどんな靴でも似合うように感じさせるのでいいと思っています。
全体から見れば、悪い女に見えないと自分では思っていますが、男のひとから見てはどうでしょう。
そのような自分の姿をじっと見つめていると、
双方で反射し合う鏡があらわす容姿を……無限の連鎖のようにつながっているその姿が……
どのように自分を考えても、幾十人の自分をあれこれと思うだけであって、
本当の自分なんて実際はないのではないかということを突然感じさせられました。
自分が気に入っていたと思える箇所がただの自己満足で、何だか貧相に思えるてくるのです。
本当の自分がわからないという思いは不安と恐れをつのらせてきました。
そのときです。
他人が鏡の奥からのぞき見しているではないかという思いがわきあがりました。
あの婦人をふくめて、正体のわからない誰かが、
眼の前から、背後から、左右から、上下から、自分の容姿を観察しているのではないか、
普通だったら見えることのない角度からの自分を、そのひとたちはじっと見ているのはないかと。
全裸になったことで、ただでさえ恥ずかしい思いを感じていましたが、
自分の気づかない部分まで見られているのかと思うと、もう恥ずかしさでいっぱいでした。
両手で乳房と恥ずかしい箇所を覆って、身体を見られまいと縮こまってしまいました。
そして、わけもわからずに涙があふれだしてくるのです、
惨めで哀しい気持ちになっていたわけではありません、
でも、泣かずにはいられない気持ちでした。
自分の思っていた自分なんて、ただ、自惚れて思っていた自分にすぎない、
いままで、男のひとにちやほやされてきたから、自分は美しい女だと思ってきたけれど、
思い込んでいた自分が本当の自分でなかったら、自分は自分に気がつかなかっただけ……
お姉さまはそこで拒絶を示して、<鏡の間>から出ることもできたわけですが、
身体を縮こまらせて精一杯泣きじゃくっただけでした。
どのくらいの時間が経ったのかはわかりません。
涙も枯れて、頭のなかも真っ白になったように感じた頃、
お姉さまはふとまなざしをあげて、鏡に映る自分の姿を見やったのでした。
お姉さまはそこに、ひとりの女が生まれたままの全裸で縮こまっている姿を見つけました。
その女の顔立ちは、お姉さまが美しいと感じたくらい毅然とした表情をしていました。
お姉さまは立ち上がって、その女をもっとじっくり眺めようと鏡の方へ近づきました。
その女の裸体は、格別よいと思えるようなところのない、普通の女の肉体でした。
その容貌にしても、女らしい顔立ちというだけで、ほかと比較することのできないものでした。
いえ、身体の外観など、取るに足りないことではないかと思えたのです。
その身体のなかにある自分、こうして判断している自分というものが強く意識されたのでした。
その自分は、それ以前にあった自分を思い起こせないほど、強いものであったのです。
それは、愛奴と呼ばれた女性のあのはつらつとした可愛らしい表情を思い起こさせたのです。
<鏡の間>の扉が開いていました。
案内の婦人が優しく微笑みを浮かべながら立っていました。
「目覚められましたね、さあ、いらしてください、あなたには次の段階が開かれています」
そう言って差しのべられた手をお姉さまはしっかりとつかんだのでした。


お姉さまは婦人に手を引かれてその建物の長い廊下を進んでいきました。
お姉さまは、全裸姿でいることに恥ずかしさを覚えない自分や、
外界のことが一切気にならない自分が不思議であると同時に、
そうある自分に誇らしささえ感ずることがよろこばしい気がしていました。
それはまた、次の段階へ立ち向かう意志といったものが強く意識されたからでした。
婦人に連れられたところは、見かけはやはり普通の木製の扉を持った部屋でした。
しかし、なかへ入ったとき、お姉さまは声を上げて驚きをあらわしました。
その広い部屋には、ひとを虐待するためのあらゆる拷問道具が置かれてあったのです。
それらのおぞましい形がつのらせる恐怖や不安もさることながら、
お姉さまが驚いたのは、その拷問道具のひとつにもうひとりの婦人がさらされていたからです。
拷問道具は三角柱の横木に脚を四本付けただけという簡素なものでしたが、
その鋭角な背に全裸姿を後ろ手に縛られてまたがされた婦人は激痛をこらえているのでした。
陰毛のまったく失われた婦人の股間へ深く食い込んだ三角の背は、
女らしいわれめをこれ見よがしにあからさまにさせていて、
お姉さまも思わず眼をそらさずにはいられない陰惨な光景だったのです。
「これは三角木馬と呼ばれている道具です、彼女の姿をどうか見てあげてください。
彼女はあなたがここへ来たことを歓迎して、自分の意思で木馬にまたがっているのです。
彼女が苦痛をこらえてもらす声は、第二段階へ入るあなたへのエールなのです」
お姉さまはそう聞かされて、もう一度被虐の婦人を見つめ直しました。
「彼女が耐えている激痛も、失神する直前まで我慢すると快感に変わる瞬間があるのです。
もちろん、個人差があって、誰でもそう感じられるわけではありません、私はだめです。
けれど、彼女は性的な恍惚をその瞬間に得ることができるのです。
ひとはそれぞれ異なった精神の条件、肉体の条件を持っています、
自分の特性が何にあるのかを見いだすのがこの部屋で行なわれることです。
ほら、ご覧になってください、彼女は昇りつめようとしていますよ。
もし、あなたが彼女の歓迎の表現に応えて、感謝の意をあらわしてくださるのなら、
どうかこの踏み台に乗って彼女にキスをして差し上げてください、それは彼女の幸せです」
お姉さまは、被虐の女の表情が変化していくのを感じていました。
その顔立ちは眉根をきつく歪めて唇を真一文字に歯を食いしばっていた表情から、
薄目をうっとりと開いて、突き上げてくる官能の高まりに上気した裸身を震わせながら、
開き加減した唇を突き出して、お姉さまの方へ訴えかけるような流し目を送っていたのです。
お姉さまは躊躇を感じました、しかし、踏み台に上がりました。
両手でそろそろと相手の顔を支えると、自分の唇を思い切って相手の唇へ押しつけたのでした。
女同士のキスはお姉さまにとって生まれて初めての経験でした。
けれど、差し出されてくるままに相手の柔らかな舌先を口にふくむと、
一生懸命に自分の舌をからませたのです。
これほど大胆になれる自分が不思議なくらいでした。
女同士のキスがこれほどまでに甘美なものであることを初めて知ったことでもありました。
被虐の婦人は恍惚とした表情を浮かべて、全身を痙攣させながら昇りつめていきました。
「彼女のことは処置してくださる方々にまかせて、あなたのことをいたしましょう」
お姉さまが唇を相手から離すと、婦人はその手を取って、隣室へと案内するのでした。
そこは薄暗く、冷たく頑丈な鉄格子のはまった牢が部屋の半分をしめていました。
牢はひとを監禁する場所であり、監禁されるのは自分以外にないのです。
そう思うと、身にまとうものをひとつも持たない裸身が総毛だってくるのでした。
愛奴というのは、囚われの身分には違いないということが実感させられました。
そこで、拒絶を示すこともできたわけですが、
お姉さまには、囚われの愛奴というイメージがなぜか甘美なものに思えたのです。
それが本当にそのようなものであるのかどうか、
自分の自意識を賭けて挑戦してみてもよいのではないかという気にさせたのです。
お姉さまは、やはり大胆な性格の持ち主であったのかもしれません。
「このような牢獄へ、身に一片の覆うものも許されないで入れられたら、惨めでしょうね。
奴隷、囚人、捕虜と呼ばれような方々には、そのような取り扱い方がされてきたのです。
愛奴も主人がある以上、囚われの奴隷の境遇にすぎないものです。
主人の取り扱い方も、ひとがそれぞれ異なるように、同じであるということはありません。
あなたはそうしたすべての主人に仕えることができるようでなくてはなりません。
これからの日々をこの牢獄で送り、最初に四十八種の縄による緊縛を受けて頂きます。
これは<緊縛の因縁>と呼ばれる思想に基づいた日本独自の宗教的方法による修練です。
一般的な日本人の神道も仏教もごたまぜにした多神教的な宗教観では、
育成された愛奴が到達する最高位の境地である神的存在との合一は果たしにくいのです。
<緊縛の因縁>は縄の緊縛によって宗教的認識を得ることですから、
あなたはみずからの宗教的認識に目覚めることをとおして、
神的存在を知ることができるのです。
ひとは生きていく上で、ひとを超越する神的存在を持つことは必要です。
愛奴となって生きていくには、超越者の認識はなくてはならないことなのです。
あなたがこれまで帰依していた宗教がどのようなものであれ、
愛奴としての段階を上がったとき、あなたにとっての宗教的認識が生まれるはずです。
あなたに縄掛けを行なってくれる縄師をこちらに呼んであります、
さあ、入ってきてください」
そう言って部屋にあらわれたのは、さらしの褌をひとつ締めただけという裸姿の男性でした。
年齢は三十歳くらいで、鍛え上げられた肉体はブロンズの輝きを光らせていました。
凛々しい美形の男性に見つめられて、お姉さまも思わず頬を赤らめずにはいられませんでした。
「あとは、縄師の求める緊縛にあなたがどう応えるかということです。
私の役目は終わりました、再びお目にかかることできれば、それは私にとっての幸せです」
婦人はそう言うと、お姉さまの顔を両手で押さえて、唇へキスを送ったのでした。
婦人が部屋を立ち去ったあと、お姉さまは縄師と呼ばれている男性とふたりきりになりました。
縄師はお姉さまの身体を飽きもせずというくらいに見つめ続けていました。
お姉さまもさすがに恥ずかしさがこみ上げてきて、胸と下腹部を覆い隠そうと思いましたが、
そのような行為は相手の真剣なまなざしのあらわす思いを台無しにしてしまうと感じてやめました。
むしろ、直立していた裸身を精一杯誇示するように見せたのです。
お姉さまは相手の風貌に好感の持てるものを意識していました。
相手に何か話しかけることができないものかとも思いました。
しかし、話せませんでした、縄師もまた言葉をひとことも吐きませんでした。
四十八種の緊縛の修練が終わっても、縄師は一切の言葉を話さなかったのでした。
お姉さまが縄師へ語りかけたことは幾度となくあります、
また、お姉さまは自分の肉体へ掛けられた縄の苦悶から泣き声を上げたこともあります、
或いは、緊縛された快感から恍惚のうめき声をもらしたこともあります。
お姉さまがどのような哀願をあらわそうとも、どのような嬌態を示そうとも、よろこびさえも、
女の吐き出す言葉に縄師は一切答えず、ただ技巧を凝らした緊縛を施すだけだったのです。
お姉さまは縄師の手にした麻縄で後ろ手に縛られたとき、
その縄を胸の方へも掛けられて、ふたつの乳房を突き出すように縛り上げられたとき、
縄で緊縛されるという生まれて初めての経験をさせられました。
しかも、全裸の姿を縛られたということでしたから、羞恥と屈辱と不安と恐怖の混然とした、
生まれてこの方、感じたことのなかった想像のつかない心理状態に置かれたのでした。
恐らく、<鏡の間>を経験していなければ、たまらなく嫌悪を感じただけの境遇に違いありません。
縄師は縛り上げた彼女を引き立てて、鉄格子のなかへ入るように小突いて、
床へ正座の姿勢を取らせると、さらしの褌を解き始めました。
そして、お姉さまの眼の前へ、そり上がった見事な一物をさらけだして見せたのです。
お姉さまは狼狽して顔をそむけずにはいられませんでした。
しかし、縄師は何の強要もしませんでした、
ただ、あなたを見ていると、自分のものはこのようになると見せているだけのようでした。
それから、四十八種の緊縛が施されるたびに、縄師は一物を披露して見せました。
一日八種で六日間、休息といえば食事と排泄と入浴と睡眠のほか一切なく続けられたことでした。
修行者が苦行を行なうのに似て、認識に至るまでの過程は厳しいものでした。
後手縄、前手縄、首縄、胸縄、腰縄、股縄、足縄の組合せと、
直立、立て膝、正座、仰臥、横臥、うつ伏せ、あぐら、海老、逆海老の姿態と、
吊り、逆さ吊り、横吊り、斜め吊りにまでされて、縄による拘束感を覚えさせられたのでした。
お姉さまには、その苦行のさなか、時間感覚というものがまるで失われていたそうです。
ただ、ひとつが修了したことをあらわすように、縄師の一物を見ることだけが区切りでした。
それも、ある時点から、縄師に取り扱われる肉体感覚の翻弄は、
苦悶であるばかりでなく、快感を呼び起こすようなっていくのにあわせて、
うっとりとさせられた思いから、お姉さまは差し出された一物に唇を触れさえしたのです。
さらには、高ぶらされた官能から、お姉さまは本当に感謝の気持ちを感じて、
縄師の一物を口に含んで舌先で愛撫することまで行ったのでした。
決して強制された行為ではありませんでした、自分から求めてそう行ったのです。
お姉さまが男性のものを口に含んだのは生まれて初めてのことでした。
お姉さまは夢中になって愛撫を続けるなかで、
自分を高めてくれる方に仕えることには大きなよろこびがあることを感じました。
自分がこれ以上に高い境地を求めようとするならば、主人が必要だと感じたのです。
その主人は、婦人が言ったように、ひとを超越している方にこそ、最高位のものがあるのです。
縄師は縄師にすぎませんでした、彼は言葉を持たない緊縛の手工職人にすぎませんでした。
凛々しい美形の鍛え上げられた肉体と見事な一物をもった魅力的な男性でしたが、
四十八種の修練が終わったとき、お姉さまにはただの縄師にしか映らなかったのでした。
お姉さまは、それ以上を求めることを明確に自覚していたのです。
その彼女を導くために、役目を終えて部屋から立ち去っていく縄師の代わりに、
いかめしく醜い面構えと熊のような体格をした男性があらわれました。
執行人と名のったその男性は、お姉さまに拷問道具を使わせることが役目であると言いました。
彼は人間の感情を持っていないのではないかと思われるほど、無慈悲でした。
部屋にある拷問道具のそれぞれを、それがどのように使われるものであるか説明すると、
すぐさま、全裸姿でいるお姉さまの肉体の上へ実行するのでした。
それが十日間、朝から晩まで、夜通し行なわれたのです、苦痛に舞い上げられ、疲労困憊し、
耐え切れずに死ぬのではないかとさえ思わされたこともありました。
休息というのは、失神させられたとき、わずかの食事を取らされるときでした。
排泄は執行人の見ている前で後ろ手に縛られたままさせられ、入浴は水責めだったのです。
お姉さまは、拷問に負けてならない意志というものを自覚させられました。
しかし、それだけで持ちこたえられるものではありませんでした。
お姉さまの処女は、それまで無事であったのが不思議なくらい、張形で簡単に破瓜されました。
さらには、レズビアンの女性が使う千鳥という双頭の張形で、膣と肛門を同時に犯されました。
十露盤板へ座らされ、石を背中へ抱いて吊り下げられ、鞭打たれ、三角木馬にまたがされ、
十字架へ磔にされ、手足を拘束するさまざまの器具を付けて奉仕を行なわされました。
奉仕というのは、毎晩訪問してくる黒頭巾をかぶった男性たちの一物を受け入れることでした。
お姉さまは、超越する神的存在を意識することで、その崇高な存在に仕える自分を意識することで、
どのような虐待も苦痛も苦悶も、その方の奴隷である自分を知るための過程だと思いました。
すると、自分という存在が虐待を受ければ受けるほど、高揚するのを感じたのです。
段階の最終は、執行人みずからが高々と尻を突き立てさせたお姉さまを散々に犯すことでした。
しかし、お姉さまは拒絶の意思をあらわさなかったのです。
十日間の育成が終わったとき、お姉さまが感じたことは、執行人もただの男性にすぎず、
その先にあるものこそ、自分の望んでいる本当のものだというはつらつとした思いだったのです。
肉体に加えられる虐待など、求める精神の高さに比べれば取るに足りないものだと感じたのです。
ひとは加えられる虐待の思いのままでいるから、惨めさからも抜け出せないでいるだけなのだ。
虐待することができるからその者が主人なのではない、
主人は虐待されるものをより高い境地へと導くものであればこそ、主人であるのだ。
愛奴が求める高位の境地を与えるもの――超越的存在――神的存在こそ、本当の主人であると。
傲慢な人間の自尊心かもしれません、しかし、愛奴はそう自覚したのでした。
ひとたび愛奴を決心したら、行き着くところまで育成されなければ、愛奴ではありえないのでした。
お姉さまが拷問の部屋から連れ出されたとき、第三の段階の入口が待っていたのです。


お姉さまを第三の段階へ案内したのは、着物姿の上品な中年の女性でした。
彼女はみずからを師匠と名のり、私も実は愛奴ですと付け加えました。
お姉さまは相変わらず全裸姿のままでした。
連れられた日本間においても、身に着けるものは一切与えられませんでした。
お姉さまも衣服を求めようとはしませんでした、裸の自分は美しいと誇りを感じていたからです。
その日本間で、十日間をかけて、礼儀作法から始まり、茶道、華道、着付け、食事の作法、
言葉遣い、芸術文化の心得といったことをみっちりと学ばせられたのでした。
きちっと着付けられた上品な立ち振る舞いの婦人の前で、あからさまに肉体をさらしたお姉さまは、
芸術や文化といったものをあらためて学ばされるなかで感じさせられたことは、
人間の成し遂げたそれらの教養が裸の肉体を隠すためにある衣装ではないということでした。
馬や牛や豚や犬や猫や猿は裸であり衣装を持たないから、教養も持たない。
同じように裸の境遇にある愛奴もまた衣装を持たないから、教養は必要とされない、
このように見なすことが実に取るに足りない考え方であると感じたのでした。
芸術や文化は人間をより高い境地へ導くために不可欠のものであり、
それは裸の境遇にあるかどうかではなく、高い境地へ至らせるものであるかどうかが大切なのだと。
それをまのあたりにさせられるために、
お姉さまは全裸を後ろ手に縛られ、胸縄、腰縄、股縄を施された姿で、
さらに、犬に着ける首輪と引き立てるための手綱をされて街中へ連れ出されたのでした。
もちろん、そのままでは刑法にひっかかってしまいますから、ローブを一枚羽織らされました。
しかし、そのローブは胸もとが広く開いたものでしたので、肉体に掛かった縄は充分に見えました。
その格好で、着物姿の師匠に手綱を引かれて、戸外を歩かされたのでした。
お姉さまは、そこで初めて<機関>という建物の所在を知ったのでした。
そこから歩いて十五分ほどのところに国会議事堂がありました、その前の和式庭園を抜けて、
国会図書館の方をまわって、戻ってくるのに一時間ほどかかるほどの場所だったのです。
それほどひと通りの多い場所ではありませんから、歩いていても大してひとには会いませんでした。
ひとに見せるために行なっていることではなく、愛奴の自覚のために行なっていることですから、
それでかまわないことでした、愛奴はそれを求める主人にさえあからさまになればよいのです。
お姉さまは、久しぶりの戸外に気持ちのよいものを感じました、
たとえ裸の身体に恥ずかしい縄を掛けられ、惨めにも首輪で繋がれた姿であってもそう思いました。
肉体を締め付ける麻縄の拘束感が熱っぽく包み込むような感じを抱かせ、
女の羞恥に食い込まされた股縄が歩くたびにクリトリスをこすり、うわずった感覚におかれました。
それは遮るもののない突き抜けた青空を眺めさせ、高揚とした気分にさせるものだったのです。
お姉さまを見たひとは、その異様な姿に見てみぬ振りをして通り過ぎていくだけでした。
或いは、立ちすくんで遠方から眺め続けているだけでした。
それに対して、お姉さまは顔をもたげ、毅然とした表情でそのあたりの景色を楽しんだのです。
お姉さまにも信じられないくらいの自分の存在だったと感じられたことでした。
この散歩をもって第三段階が修了し、<機関>の長であるという方と面談させられました。
そのときも、お姉さまは全裸のままでした。
しかし、いろいろな教養を学ばされたあとでは、
生まれたままの姿でいる自分に自信の持てるということが最も大きな自尊心であったのです。
その長とされる老齢の婦人はゆっくりとした穏やかな言葉遣いで次のように話しました。
「あなたもこれで、愛奴という身分を名のれます。
けれど、あなたが一番よくわかっていることでしょうが、
<機関>での三段階の修了は、あなたの育成にとっては出発点にすぎません。
あなたは、これから主人を得て、より高い育成へ向かって歩み続けるのです。
あなたはひと月ここにいたわけですが、家族に何らの通知もせずにここにいたことは、
あなた自身の迷いを生じさせなかった、あなたの自立はあなた自身が勝ち取ったものです。
心配は一切いりません、あなたの両親にはきちんとした人物が説明に伺っています。
あなたが愛奴となった代価として三千万円をご両親に受け取ってもらっています。
あなたは心置きなくご自分の道を進むことができるのです。
それでよろしいですか」
お姉さまは「はい」と答えました。
「それでは、今晩の夜会のために準備してください。
あなたを求める主人となる方がどのくらいの代価をあなたに付けるか、楽しみです」
そして、お姉さまは化粧室という部屋を与えられたのでした。
化粧室にはすでにふたりの若い女性が待っていました。
彼女たちは、お姉さまの身のまわりの世話をし、化粧を施す役目を持ったひとたちでした。
ふたりはお姉さまの頭から爪先まで検分するように眺めると仕事に取りかかりました。
お姉さまはまず寝台へ寝かされると、無駄毛を完全脱毛される処置をされました。
そのとき、女性のひとりが「陰毛は濃いとお感じになっていますか」と尋ねました。
それに対して、お姉さまが、
「そうですわね、以前は私もそのように感じていましたが、いまは好きです」と答えると、
「では、そのままに」と言って、ふっくらと見せるように梳くだけのことをされました。
髪を染める話になりましたが、お姉さまは黒髪を主張してウェーブだけがつけられました。
「ピアスはなさいますか、乳首でも陰部でも、お望みの場所に処置できます」
お姉さまは首を横に振りました。
「私には装飾品は一切必要ありません、それはこれから私の主人となられる方が施すことです。
私は生まれたままの全裸であることが一番自然で似合っていると思っています」 
ふたりの女性も微笑みを浮かべながらうなずいていました。
やがて、夜会の時刻が来ました。
化粧室へ迎えに来たのはお姉さまを勧誘した最初の婦人でした。
「また、お目にかかれて、こんなによろこばしいことはありません。
その上、あなたが品評される夜会の介添えに選ばれるなんて、光栄のいたりです。
こんなにも美しい愛奴になられたあなたが羨ましいかぎりです。
さあ、今夜はあなたが主役です、あなたの身も心も美しいさまを皆様にお見せしょう」
婦人はそう言うと、手にしていた皮製の首輪をお姉さまの首に装着しました。
そして、銀色に輝く細い鎖を首輪の環へ繋ぐと、愛奴を夜会の部屋へ進ませたのです。
首輪を着けられたとき、お姉さまは胸がきゅっといたむようなときめきを意識しました。
婦人の引く鎖に繋がれて長い廊下を歩くうち、愛奴の自意識が高まってくるのを感じました。
夜会の部屋の扉が開かれたとき、すべての者の視線が自分に注がれているのを知りました。
愛奴は鎖に繋がれた全裸姿を堂々とした姿勢で示して皆様にご覧になって頂くのでした。
部屋の中央にあるスポットライトのあたる壇上まで歩かされると、
引き立て用の鎖が外されて、天井から下がっている金色の鎖を首輪の環へ繋がれました。
壇上に立たされた愛奴のそばへタキシード姿の男性が立ちました。
「皆様、お待たせいたしました。
晩餐を楽しんで頂いたあとは、今夜のハイライト、生まれたばかりの愛奴のお披露目です。
こちらにいるのが、年齢は二十四歳になったばかりの美しい愛奴です。
一部の方は、すでにこの愛奴の肉体を奉仕という形で試されたことと存じます。
そのときの品評では、少なくとも三千万円の代価の価値があるとされました。
従って、三千百万円以上の代価をお付けになれない方は、
まことに恐縮ですが、お帰りくださるようお願い申し上げます」
薄闇に眼の慣れてきた愛奴は、自分を眺めている者が少なくとも五十人はいることを感じました。
それがいまの紹介の言葉で、半数が部屋を退去していくことがわかったのです。
残った者たちのなかには、男性ばかりでなく、女性がいることも知ることができました。
紹介の男性は愛奴の方を向くと、そのほっそりとした手首を前で重ねあわさせて縄で縛りました。
それから、頭上の鎖へ両手を持ち上げさせると繋ぎとめ、さらに彼女へ目隠しを施すのでした。
それがどういうことなのか、すぐにわかりました。
愛奴を希望する方が壇上へ来て、それぞれが思うままに愛奴の身体に触れ始めたのです。
触れたというのは正確ではありません、
ひとによっては、柔肌をなでたり、乳房をつかんだりというようなものではありませんでした。
女の最も恥ずかしい箇所へ指を差し入れ、クリトリスや膣や肛門さえいじるのでした。
愛奴が思わず、ああっ、と声を上げると、「声音も甘くていい感じだ」と評価するのでした。
それがどのくらいの時間続いたのでしょう、そこにいたすべての方が行なったことは確かでした。
愛奴が主人になる方の検分を受けさせられたことだったのです。
そのなかには、第二段階の拷問で奉仕させられた十六名の方もまじっていたはずです。
しかし、愛奴は見事にその検分を引き受けて、
敏感な肉体の美しさばかりでなく、強い精神性も印象づけたのでした。
ひとりの男性が、「四千万は下らないだろう」とため息をつくのを聞くことができたのでした。
「では、ご納得のいかれたところで、希望額を申し出られて、お帰りくださいませ。
落札されたお客様には、後日、お望みの仕方で愛奴をお送り申し上げます」
すべてのお客様がお帰りになるまで、愛奴は天井の鎖に繋がれた姿のままでいさせられました。
そして、紹介の男性が鎖を解いて目隠しを外したとき、言ったのです。
「すごいですね、あなたには四千二百万円の代価が付きましたよ」
評価された代価に、愛奴はよろこびを感じましたが、実は金額のことなどどうでもよいことでした。
「そうですね、あなたのように高い意識をお持ちの方に、金額など下世話なことですね。
それよりも、あれだけの人数の方々に好き勝手に触られた肉体の高ぶりのほうが、
どうかして欲しいと思われていることではないですか……
もし、ぼくでよろしければ、慰めて差し上げることができますが……」
紹介の男性は、経験からそう察知して彼女に申し出たのでした。
愛奴は、「お願いできれば、そうしてください」と答えたのです。
彼は麻縄で愛奴をあらためて後ろ手に縛ると、
その縄尻を取り引き立てるようにして部屋を出るのでした。
<機関>の廊下を愛奴はひとりで歩くことが許されていませんでした、
たとえ手を取ることでも、誰かに繋がれた姿でいることを定められていたのです。
男性は寝台のある部屋へ愛奴を連れて行きました。
彼は縄を解くことはしませんでした、むしろ、さらに麻縄の束を持ってきて、
後ろ手に縛った愛奴に胸縄を掛け、乳房が突き出るくらいに締め上げたのでした。
突き出した乳房の乳首は恥ずかしいくらいに立ち上がっていました。
愛奴にはそのぐらいに緊縛されることが、高ぶらされた肉体にはむしろ心地よかったのです。
彼は愛奴を抱きかかえると寝台の上まで運びました。
それから、しなやかに伸びた両脚を左右へ大きく割らせるのでした。
愛奴は男性のされるがままになっていました、彼が彼女のいまの主人だったのです。
彼は双方の足首へ縄を巻きつけて寝台の支柱へ繋ぎとめました。
女の羞恥の箇所は、これ見よがしにあからさまにさらされていました。
主人は身に着けていたタキシードから始めて何もかも脱ぎ去りました。
愛奴の前には一物をそり上がらせた主人が全裸姿をさらけだしていました。
「あなたは本当に美しい、ぼくにそれだけのお金があれば、あなたの主人になりたいほどです」
男性は思いを込めたまなざしを相手に注ぐと思わず言ったのでした。
「いいえ、あなたは私のご主人様です、私を可愛いとお思いでしたら、どうか愛してください」
愛奴は心からそう思うのでした、たとえ先ほど知り合ったばかりの男性でも、
自分に思いをかけてくれる相手を彼女は充分に受け入れることができたのです。
男性の思いは激しかったので、何度も思いを遂げずにはおさまりませんでした。
生まれたままの姿を縄で緊縛され両脚を開かされた格好で、
男性に挿入されるままに受け入れることをよろこびとして感じられる愛奴――
お姉さまはついに愛奴の道を積極的に進むようになったのでした。


愛奴が<機関>を旅立つ日がやってきました。
愛奴を四千二百万円で求めた主人のもとへつかわされるのです。
主人となる方の要望は、愛奴を大きなトランクに入れて普通の輸送便で送れとのことでした。
縄で緊縛された全裸の女性が入ったトランクは、他の貨物と一緒に都心を運ばれていくのです。
誤って開かれでもしたら、それこそ大事になることに違いありません。
愛奴は麻酔薬で眠らされ、眠る彼女は縄で梱包された、ただの白い物体にすぎませんでした。
トランクが開かれたとき、ようやく彼女は我に返ったのでした。
そこにはスーツ姿のサングラスをかけた男性が手に鞭を握りしめてじっと彼女を見つめていました。
まなざしはわかりませんでしたが、顔立ちの感じから四十歳台なかばのように見えました。
彼はトランクへかがみこむと、おもむろに縄で突き出させられた愛奴の乳房をつかみました。
それから、乳首を指先で愛撫し始め、すぐにしこりをあらわすと、満足そうにうなずくのでした。
サングラスの男性の背後にはもうひとり男性が立っていました。
屈強な感じのするその男性は合図を送られると、愛奴をトランクから抱きかかえて運びました。
その簡素な部屋には、白いシーツの敷かれた寝台と白木の十字架がすえられてありました。
愛奴はその十字架の前へ立たされ、緊縛の縄を解かれました。
そして、磔にされた格好で繋がれ、その前へ鞭を手にしたサングラスの男性が立ったのでした。
「今日から、私がおまえの主人だ。
私は夜会でおまえをひとめ見たときから、私のものにしたいと思った。
私はおまえが最高値を出した額に見合う価値を持っていると信じている。
おまえにとって私が唯一の存在だ、おまえを愛する私だけが唯一の信頼できる主人なのだ。
私はこれからおまえを鞭打つが、おまえの身体に傷跡が残るようなことはしない。
おまえは私の愛する奴隷なのだ、ただ、私がおまえの主人であることをわかってもらうためだ」
少し甲高い感じの声でしたが、主人はそう愛奴に宣言したのでした。
しかし、振り下ろされた鞭は容赦のないものでした。
それは主人の愛奴に対する思いのたけをあらわすように激しいものと言えたのです。
鞭の先は、ふたつの乳房の特に乳首の箇所と、女のわれめがある箇所へ集中しました。
飛び出そうとする泣き声を必死に抑えて、歯を食いしばりながら、愛奴は耐え続けました。
簡素な部屋には、鞭の唸る音と肉体へ炸裂する乾いた響きだけがこだましていました。
「……申し分ない、おまえは私の見立てたとおりの女だ、少し休むがいい」
鞭打ちが終わり、思わずあふれ出させた愛奴の涙を指先でぬぐいながら、主人は言ったのです。
屈強の男性に十字架から寝台へ運ばれると、白いシーツの上へ仰向けに寝かされました。
寝台に取り付けてある鎖つきの拘束具へ両手首と両足首を繋がれ、
全裸姿をさらされた格好で休息をとるようにさせられたのです。
ワインカラーのカーテンの隙間から陽射しが見えましたから、まだ昼間の時間だったのでしょう。
でも、昼でも夜でも、変わりはありません、愛奴にとっては、時間などあってないようなものです。
いや、永遠の時間があるのかもしれません。
愛奴は胸と下腹部へ加えられた痛みが次第に火照っていくのを感じていました。
身に着けるものを一切与えられず、生まれたままの全裸姿を恥ずかしげもなくさらして、
みずからの意思で行動する自由を奪われ、主人の望むままに女の急所でも鞭打たれる境遇、
それが現在……過去には、<機関>で縄によるさまざまな緊縛を受けて口淫を学ばされました、
さまざまな拷問器具を試されて、どのような苦痛が肉体に合っているのかを自覚させられました、
目隠しをされ縄で緊縛されたまま、十六人のお客様の挿入を受け入れ、膣の締りを訓練しました、
執行人には泣き叫ぶ声の上がるまで肛門への挿入を繰り返されました……
その前の過去は……恐らく、女子大を卒業して企業に勤めていた一般的な女性でした……
恐らくと感じるのは、愛奴となった以前の過去が大きな意味を持たなくなっていたからでした、
愛奴にとって、感じられるのは現在……
火照ってきた乳首や乳房や女の小丘の痛みが苦悶を呼び起こします。
けれど、その苦悶は愛奴が耐えることでより高い境地へ至らせるものでもあるのです。
そう、苦悶を乗り越えた歓喜とでもいうようなものです。
それを自覚している愛奴にとっては、
肉体へ加えられる虐待さえもがより強烈に肉体を意識させるもの、
つまり、その意識を抱く精神の強烈さを認識させるのです、
それは、それ以上の高さを求めさせるもので、苦痛を喜びとすることができることなのです。
過去が大きな意味を持たなくなるのです、愛奴にあるのはそのような現在だけなのです、
現在を一生懸命感受し生きることこそ、未来を作り出せるものだと信じられるのです、
主人となられる方は、それを愛奴に行なってくれる方です、愛奴はそう信じています、
今日、主人となられる方が現在の愛奴のご主人様なのです……
いつの間にか眠りに落ちてしまったようでした。
気がつくと、スーツ姿のサングラスをかけたご主人様が寝台のそばに立っていました。
カーテンの隙間からは暗闇が見えましたから、夜になっていたのでしょう。
ご主人様ひとりでした、彼はじっと愛奴の姿を見つめながら、スーツを脱ぎ始めました。
愛奴はご主人様が何をなさるのだろうか、などと考えることはできません。
ご主人様が身に着けている衣服をお脱ぎになっているのを見ているだけです。
ネクタイを外してシャツを開いたときでした、
ご主人様は、可愛らしい乳首のついた小振りの乳房をあらわにしたのでした。
ズボンを脱ぎ下着を取り去ると、淡い陰毛にわれめの透けて見える女の羞恥を見せたのでした。
さらけだされたのは、やせぎすの女性の全裸でした。
寝台へ上がり、愛奴が大の字になってさらしている肉体のそばへ横臥されました。
「可愛い子、あなたのきれいな顔、あなたの美しい身体は、わたしのもの……」
ご主人様はそう言いながら、愛奴のウェーブのついた髪を優しく指ですき上げました。
それから、両眼、鼻、唇、頬、耳、首筋、両肩、胸もとへと、そのほっそりとした指先を這わせました。
ふたつの乳房、乳首、臍、腰、そして、女の小丘へと優しくじっくりと触れられました。
両手両足を鎖で繋がれていますから、われめの奥へ指をもぐり込まれされても、
愛奴は、ただ、じっと肉体に加えられる刺激を感受するだけでした。
ご主人様は、愛奴の身体を愛撫している間、
今日に至る化粧品会社の事業の成功がどのような理由によるものかを話してくれました、
それによると、幼いときから、顔立ちや身体つきにコンプレックスを抱いていたそうです、
中学のとき、夢中だった男子生徒から「ぼくは男は好きになれないよ」と言われたことで、
激しく自尊心を傷つけられ、男のように自立して見せると決心したそうですが、しかし……
しかし、愛奴には、夢中になって自身の成功を語るご主人様の言葉がうわの空でした。
触れていただけのご主人様の指先は、語ることに夢中になるだけ、
段々と激しい愛撫に変わっていったのです、クリトリスを撫でられたとき、
愛奴は思わず、ああっ、と声を上げてしましいました、それほどに指先の動きは巧みだったのです。
「あなたは私なのよ、わかった、それを絶対忘れないでね、あなたの身体と心は私だけのもの」
ご主人様は唇を突き出し、愛奴の唇へ重ねてきました。
舌を唇の間から押し込んでくると、愛奴の舌を自分の口中へ誘うのでした。
差し入れた舌をご主人様は思いっきり吸い上げました、涙が浮かぶくらい長く激しくされました。
ようやく唇を離したご主人様は、今度は愛奴の顔の上へまたがりました。
われめが見えるくらいの薄い陰毛を愛奴の鼻先まで寄せて言いました。
「なめて頂戴、あなたが上手にできるか、見てあげるわ、気に入らなかったら、お仕置きよ」
言われるままに、愛奴は舌先を使ってご主人様の女の羞恥を愛撫しました。
ご主人様は女同士の愛欲を身上とされていた方でした。
愛奴はそのご主人様の満足が得られるまで、レズビアンの技巧を学ばされたのでした。
これが、第一番目のご主人様との初夜だったのです。
第一番目と言うのは、半年後、レズビアンのご主人様は、
愛奴の評判を聞き知って欲しがるお知り合いの方へ、さらに高値で譲り渡したからでした。
それが現在のご主人様、すでに八ヶ月おそばで仕えさせて頂いている方です……


急な出張で外国へ長旅に出ていると両親から聞かされていたお姉さまと久しぶりに再会し、
ものすごくきれいになった彼女からこのような話を聞かされたわたしは、
とても信じることのできない世界の話に、ただ、ただ唖然とさせられるばかりでした。
お姉さまは優しく穏やかな微笑みを浮かべながら付け加えて、
「あなたも、もしかしたら愛奴の勧誘に会うかもしれないわ、とてもきれいな女性ですもの」
と言いました。
けれど、このような常識ではとても信じられない境遇の者になることなど、
わたしには絶対できっこないような気がします。
わたしは、普通の男性と結婚して、赤ちゃんを生むことが自分には合っていると思っています。
ただ、父が事業に失敗して、再び負債を抱えるようなことになれば、話は別かもしれませんが。





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