杉並病

1、杉並病の発生

 1996年、2月、東京都杉並区井草4丁目で、杉並中継所が完成し、試運転が始ま った。3月から東京都清掃局のプラスチックおよび不燃ごみの圧縮・詰め込み施設が 稼動し始めた。  不燃ごみのコンテナ中継作業は、収集した一般家庭のプラスチックおよび不燃ゴミ を埋め立て処分場に効率よく搬送するために、コンテナに積み替えて輸送することに よって、埋め立て処分場への搬入車両を減少させ、自動車公害の防止、交通混雑の 緩和などの改善を目的とした施設であった。  井草森公園を散歩していたAさんは、帰宅したときに2筋の涙が流れ落ちたのを感じ た。翌朝鏡を見ると昨日涙が流れた後に芥子(けし)粒ほどの赤い発疹が並んでいて、 チリチリと痛んだ。「公園で何か浴びた!」と直感した。  その後のある日、その公園の近くで、またも衝撃的な空気に見舞われ、ドッキンドッキ ン、何がなんだかわからない、とにかく苦しい、口中苦くなってきた、唾をためて吐き出し た。急いで中継所の南 約150m にある自宅に駆け込んだが、まだ振るえが止まらな い。「空気が変だ!」  翌日になって、口中、喉、腫れあがっている、唾が飲み込めない、声がかすれて音に ならない、頭はぼーとして顔はほてり、咳が止め処もなく出る、血圧を測ってみると  195 を示す。掛かりつけの病院で診てもらい、「空気が変だった」と訴えても、医師は 首をかしげる。利尿タイプの降圧剤をもらって帰宅する。  4月末ごろまた頭がぼーとして来た雲の上を歩いている様なここちがして足に力が入 らない。鍋を落として火傷をした。近所の人からも、自分と全く同じ様な怪我や火傷を体 験していると言う話を聞いた。  5月2日、家の中で、今度は喉がヒリヒリ痛んだ。咳と胸の傷みが強くなった。口内炎 が痛む、足が痙攣する。我慢してガーゼ交換のために病院に向かう。バスで井草を離れる とウソの様にすべて症状が消えた。  5月末、2.5キロ離れた西荻窪でも、目まいがして歩けなくなり、電信柱に抱きつい て休んだ、咳が胸の奥から込み上げる、タンが出る、胸が痛む、目の奥がズーンと痛い。  6月になると、頭が朦朧となって簡単な病状日記も書けなくなった。  6月中旬になると、家の中にシンナーの様な臭いが立ち込め、スーと意識が薄れてき たので、慌てて逃げ出した。  6月20日にまた意識が遠のき、救急車で病院に運ばれた、酸素吸入で気分が回復 する。何か細胞の側に血液の酸素を取り入れて利用できない様な故障が生じている 気がする。  病院の中に時々シンナーの臭いがいまだ感じられる。どこから来るのだろうと探し回っ た。程なくして、それが自分の身体から臭っているのに気が付いた。鼻をかんだ時左の 涙腺からピュッと冷たい物が出た。しばらくするとそこがヒリヒリ痛み出した。看護婦さ んが言った、「赤く腫れているわね!」  鼻が詰まって苦しい、鼻をほじると、ロウみたいなプラスチックみたいなつるつるした 白い物が出て来た。指の関節に豆粒ほどの弾力のある瘤が出来て熱をもち、痛む。  入院10日目ぐらいからそれが小さくなって来たのに気が付いた。尿には香ばしいナッ ッの様な臭いがした。文献を調べて、青酸ガスが原因かも知れないと思った。  退院の日が近づいて、井草の家から持ってきた衣類を着たとき、服から異様な臭いが してそれを着ると気分が悪くなった。  Aさんは、小平に引っ越すことにした。しかし症状は急には良くならなかった。2ヶ月程 して少しずつ症状がとれ、回復したなあと感じられたのは1年以上経過してからであっ た。  退院の時に井草で着ていた服で気分が悪くなったので、衣類は、引越し先に一切持って こなかったが、身に付けないものを少しならいいだろうと、使っていた、小引き出し、座卓、 掃除機、を取り寄せた。やれ嬉しいと小引き出しの梱包を解いて押入れに入れようとした 途端、目が回り、心臓が、ドキドキして、意識が遠くなった。せっかく送られて来たもので あったが、総て庭に放りだした。 新しく購入したものもダメだった。布団の木綿や綿はたちまち喉にきた。起毛処理して ある木綿毛布もだめだった。アクリル、ウレタンのセーター、も胸苦しさと脱力感に襲わ れてダメだった。青と白の2重になったゴムホースもだめだった。しかし、純毛毛布、ポ リエステルやナイロンは大丈夫であった。  1997年の正月に井草からきた年賀状の束はむせ返るほどに刺激的で家の中では 読めなかった。  身体が受け付けないものを調べてみると、ウレタンまたは、ニトリルが関係している ことが、薄々わかってきた。文献を調べてみると呼吸器症状、中枢神経症状、眼や皮膚 の炎症を伴う症状と出ている。今まで体験してきた症状と非常に良く符合する。  Bさんは、杉並中継所から約100mの距離にあるマンションの3階に住んでいた。19 96年の3月、鼻や目の周りに膿を持った吹き出物が出来た。 5月のゴールデンウイークの頃、ベランダに置いてあった洗濯機のホースやゴムぞうり が、ベタベタになり、びっくりした。  5月23日、ご飯が喉に詰まり、窒息しかけた。  6月のある日、顔が真っ赤になった。その顔にブツブツができ、ヒリヒリするが、外出 すると綺麗に治った。「空気がオカシイ」 と言われているのを聞いて、窓を閉めてみた。 すると汚染された空気が、まるで妖怪のように窓から入ってきているのがハッキリと解 った。やがて筋肉の引きつりやケイレン喉に膜が張られたような苦しさ、皮膚、毛穴の 異常感覚、呼吸困難、胸の苦しさ、腹部が苦しく、吐き気などの症状が出るようになっ た。  6月24日、呼吸困難で病院に緊急入院、呼吸困難と皮膚過敏症と診断された。その 日に退院したが、27日未明、後頭部痛で再び緊急入院、そして病院を退院したが、 これは病気が治ったからではなく、井草の汚染された空気が病院まで届くようになった 為で、汚染から逃げ出したと言うことである。  7月16日、大学病院で検査を受けた結果、48歳の年齢を考えると、瞳孔反射の速度 に明らかな異常がある、つまり「中枢神経機能障害」であると診断された。 今まで全く健康だった体が、「人間センサー」のように化学物質に敏感になっていた。  東京にもはや戻る事が出来なくなってしまったので止む無く郷里の和歌山に帰る事と なったが、和歌山でもゴミ焼却炉や、自動車の排気ガス、下水溝の洗剤などに身体が 反応してしまい、症状は残念ながらよくならなかった。  化学物質に対する反応がとても敏感で井草から来た人、井草から送られた物に近づ いただけで具合が悪くなるんです。井草からの郵便物でさえ、眼がヒリヒリして読めな いんです。汚染された自分の荷物を新城市の実家に持ち帰った後、すこしそれに触れ ただけで背中が締め付けられる様な感じや、顔、眼、舌、がヒリヒリし、口が苦く感じた り、湿疹、口内炎、手足のしびれ、呼吸困難などの症状が出て、寝込んでしまいます。  その他にも、喉のつまり、口がヒリヒリして火を噴くような感じ、胸のつまり、ゲップ、 咳き込み、鼻がムズムズする、頭皮がヒリヒリする、針で肌を刺すような皮膚の異常感、 上あごの皮がむける、湿疹、鳩尾、腹の膨張、脱力感、後頭部から肩甲骨にかけての 硬直、左肩甲骨横の痛み、肩の振るえ、唇の腫れ、頭痛、眼の奥のうずき、涙目、など。  長引いているのは、左手のしびれ、右足付け根の痛み、右目の異常、左脇の下の痛 みなどである。  病院での診断では、中枢神経機能異常、下垂体腺腫、緑内障、の3つです。一週間 身体になにも反応がなく生活できた事は数える程しかなかったと言う。  私は、空気の異常を感じ、ダメージを受けているのが機械より敏感に解るような悲しい 体になってしまいました。何度も「死の予感」を体験しました。そして「人は簡単には死 ねない」と言うことも解った。いま、生殺しの状態が続いています。生活を立て直そうと 思い、がんばろうと思っても、感作物質に合うと大きな反応が起こってすぐに叩きのめ されてしまう、この繰り返しです。 Cさんは、杉並中継所から約170mの所に住んでいた。Cさんもやはり1996年の5月 頃から頬のかぶれ、眼のチカチカ、咳、身体のだるさ、頭のぼんやり感、夜中の胸の痛 み、身体の攣り、などに悩まされていた。  6月18日、頭がもやもやし、戸袋の角に頭を打って、3針縫う怪我をした。薬品の焦 げるような臭いがして気分が悪くなったこともあった。  7月4日、夜中に何度も呼吸が苦しくなり、あくる日、病院に入院した。脈拍が非常に 速く、両太ももに10円玉大の斑点がたくさん出来ていた。  診断名は、中枢神経機能異常であった。 Cさんは、針治療に通っていたが、Cさんの身体からほこりのような物が出ると言い、 治療師は、治療中に何度もウガイをしていた。2ヶ月程すぎると治療師の足が、ガタ ガタして立っていられずに寝込んでしまった。代りにCさんの体調は、良くなって来た。  風呂に入った時、自分だけしか入らないのに、風呂の水が臭くなったり、ポリバスの底 に赤い小さな斑点が付いたりした。そして、「自分の身体から毒物が出ている」と実感し た。  Gさんは、自費で200万円をかけて、米国ダラス市の環境健康センターでの血液検査 の結果、2種類のメチルペンタンが通常の20倍検出された。  Dさんは、中継所から 約100m の場所に住んでいた。やはり1996年の6月頃か ら、喉が赤く腫れ、舌にも腫れ物が出来て味が解らなくなった、やがて身体中の筋肉が引 きつるような感じになり、神経が麻痺して、指が曲がった。97年の4月には、乳房が肥 大化して、パンパンに張りつめ、痛みが続いた。乳房が肥大化は、1ヶ月続き、沈静化 したと思ったら、また肥大化するといった繰り返しである。  98年の秋に主人が「お前ヒゲが生えているぞ」と言われ、鏡を見た。すると、あごや 鼻の下に何本もひげが生えていて、もみ上げも濃かった。  病院で検査の結果、男性ホルモンであるテストステロンが一般の女性の数倍を超えて いる190〜210にも達していることが解った。この値は青年の男性ホルモンの量に相 当するそうだ。  一方、男性の女性化現象も起こっている。Dさんの夫の場合も、乳頭から透明な分泌 液が出ることがある。彼も、6月の休日に、半そで半ズボンで庭の草取り作業をしていた とき、二の腕に赤い水ぶくれが出来、それが2週間後には全身に広がった。腫れあがっ たかぶれ(水泡)は崩れて液が滴った。全身の水泡の崩れはひどい痒さだった。  Dさんの身の回りでは、1997年の夏ごろから植物の異常が観測されるようになった。  春だというのに椿、さざんか、ハラン、柚、つた、などの新芽が茶色になって丸くちぢれ る物が多く見られるようになった。最初の新芽が枯れて芽吹きが遅れている物など。ヒ イラギ、オモト、ソテツ、などの葉は、白や茶色のまだら模様になっている。カニシャボテ ン、月下美人、の葉は、ポツポツと穴があき、モウソウダケの葉は、一面に茶色の斑点 に覆われている。井草公園のパンジーの紫色の花びらは、白い斑点で覆われている。  動物にも影響が出ている。Eさんが飼っていたシロイタチは、1998年の春頃から脱毛 し始め、人肌の様なツルツルの肌になってしまった。その年の7月に死んでしまった。  Fさんは、猫1匹、犬1頭、ウサギ2匹、を飼っていた。 猫は、1997年逃げ出して しまった。その後、違う猫が家に居着いたが、1週間程した98年3月にやせ細って死亡 していた。2000年2月、12歳になる犬は、しこりが腹部に出来、足を引きずり始め た。その年の6月に大量の出血の後死んだ。  1匹目のウサギは、1996年に、首に腫れ物が出来、食欲を失って、やがてその腫れ 物から大量の出血を起こし、死亡した。もう1匹のウサギは、98年見当たらなくなり、 あたりを探すと、自分で掘った穴の中で、好きだったサツマイモを食べ残して死んでいた。  この他、「猫が軒並み死んでいる」、「最近猫を見たことがない」、と言う人が少なく ない。 スズメも見られなくなった。等、動物にも突然死などの異変が多発している。  住民からの苦情、改善要求を受けて、東京都清掃局は、1996年8月、硫化水素が 原因だと言う指摘を受けて、中継局の排水を公共下水に放流していたのを止め、東京 湾の施設で処理し、1997年3月には、中継所換気用ダクトに 0.3ミクロン の 活性炭脱臭フィルターを取り付け、排水処理施設の改修、吸気口を変更するなどの対 策工事を完了させた。  これにより住民側の反応は、「確かにフィルターを設置してから汚染の状況は変化が あったものの、問題はいまだ解決していない」との声が多い現状となっている。  中継所に近い保育園で、職員と、園児が、相次いで発症し、1999年3月、閉園に追 い込まれた。  最近では、中継所周辺で、脳梗塞、腹部大動脈瘤、胃潰瘍、胃がん、突然死、鬱病、 心筋炎、が多く発生している。中継所から半径500m以内の区域で、中継所稼動後6年 間の突然死は、30人に上る。

2、杉並病は杉並区で発生した新しい大気汚染公害

 杉並病とは、大気汚染により、東京都杉並区住民に集団発生した「化学物質過敏症」 であり、化学物質によって発症する点では、化学物質急性中毒や慢性中毒、アレルギ ーとおなじである。  アレルギーは本来感染症などの病気から身を守るための免疫反応が、過剰に生じる 為に起こるものである。アレルギーには、気管支喘息、ジンマシン、鼻炎、皮膚炎(アト ピー)、薬物アレルギー、血小板減少症、白血球減少症、などがある。 症状がその人 その人でまちまちなので分かりにくい。似たような症状だと思っても、少し違うとか、一 緒に生活していても、なんでもない人もいるので、これだと言う実感がわかないと言う、 実態がつかみにくい病気である。  化学物質過敏症は、頭痛、喉の違和感、等、患者の体質によって、出てくる症状が まちまちで、多種類の化学物質の総量の暴露量が問題、だから個々の物質が行政の基準 以下であっても総負荷量によっては障害が生じうる可能性が非常に高い(北里大学医学部  宮田幹夫教授)  化学物質過敏症は、一時的に大量の化学物質を取り込んだり、たとえ微量であっても、 長期間にわたって取り込んで過敏症を獲得してしまうと、もうそれ以上取り込めなくな って起こる。そして、ごく微量の化学物質の侵入対しても強く反応するようになる。  古典的な中毒の場合は1,000分の1(0.1%)で起こるのですが、アレルギーの 場合は、100万分の1(ppm)のレベルで起き、化学物質過敏症は、10億分の1(ppb) から、1兆分の1(ppt)と言う超微量の化学物質によって引き起こされ、一旦発病して しまうと、その後は非常に微量な化学物質に反応するようになってしまうるのが、特徴 です。  人が1日に摂る食べ物は約2kgに対して、呼吸で取り入れる空気の量は、1日 15〜 20m3(19〜25Kg)にもなります。この事から、例えば、有機リン化合物の場合 では、90ng/m3 前後の微量で化学物質過敏症の発症には十分なようです。  下記は化学物質過敏症の症状である。  化学物質過敏症の症状    自律神経症状      発汗異常、手足の冷え、疲れやすい、めまい、    神経、精神症状     不眠などの睡眠障害、不安感、鬱状態(不定愁訴といわ                   れるもの)、頭痛、記憶力低下、集中力低下、運                   動障害、四肢末端の知覚障害、関節痛、筋肉痛、    気道症状         のど、鼻の痛み、乾き感、気道の閉塞感、かぜを引きや                   すい、    消化器症状       下痢、便秘、悪心、    感覚器症状       眼の刺激感、眼の疲れ、ピンとが合わない、鼻の刺激感、                   味覚異常、音に敏感、鼻血、    循環器症状       心悸亢進、不整脈、胸部痛、胸壁痛、    免疫症状         皮膚炎、喘息、自己免疫疾患、皮下出血、    泌尿生殖器・婦人科症状   生理不順、性器不正出血、月経前困難、                「化学物質過敏症 ここまできた診断、治療、予防法」                 石川哲、宮田幹夫、著 「かもがわ出版」より    上図は化学物質過敏症の説明図です。水道の蛇口は体内に取り込まれる化学物質、下部 の排水口は解毒能力、左側は症状の発症していない人の状態、右側の容器からあふれた 水は、化学物質過敏症の人の肝臓で処理しきれなくなった化学物質が微量の暴露で血液中 にあふれ出す様子を示している。  米国では、超微量レベルの化学物質によって起こる化学物質過敏症が、40年以上も 前に発表され、既に一般的に認められている。患者数は、現在国民の7〜8人に1人いる と言われている。  わが国で、国民の1割を超える、花粉症も化学物質過敏症のひとつであり、花粉症の 原因物質の1つが、ジーゼル微粒子である。シックハウス、シックスクール、シックビル、 なども化学物質過敏症に含まれる。  日本の化学物質過敏症患者数は米国と比べて特に低いわけではなく、国内でもほぼ 同じ様な状況であり、さらに増加の傾向にある。 杉並病のような化学物質による患者 は、すでに全国的に相当数発生している。  世界中で開発された化学物質の登録総数は、2000年末で、約2800万種類で、毎 年新規に開発、登録される化学物質は増え続けている。  一国の年間生産量が、1000トン以上の化学物質だけでも5235種類あるが、生体 毒性データーや環境中の分解性データーなど、経済協力開発機構(OECD)のスクリー ニング情報データーセットが揃っている化学物質は、そのうちのわずか 5% しかない。 2種類以上の化学物質が複合した場合の安全性は、ほとんど解っていないというのが 実情である。 北里研究所病院臨床環境医学センターの化学物質過敏症の研究者で ある石川哲氏は、「安全と信じられてきた化学物質の長期微量蓄積による反応が出て きて、それが間違いなく、神経、免疫、内分泌(ホルモン)の恒常性システムに影響を 表してくるからです。化学物質過敏症は、21世紀の慢性病になるのではないか」と見て いる。

3、大量の毒性化学物質が発生した経緯

 杉並中継所および、その周辺地区の大気の分析結果から以下の化学物質が検出され た。  フェノール、イソシアネート、ヘキサクロロブタジエン、4−ニトロビフェノール、や水 銀、トルエンジイソシアネート、アセトニトリル、アクリロニトリル、などの青酸系化合 物フタル酸類(可塑剤およびPETプラスチックの解重合分解物)、カプロラクタム(ナ イロンの原料)などアルデヒド類、等々、多くのプラスチック起源の物質、それらの酸 化物、農薬類、化石燃料成分、多還芳香族炭化水素、塩素、ハロゲン有機化合物、 エステル類、アルカン、起源不明の物質など、周辺大気から検出された化学物質は、 400種類以上にも及ぶ。  そのなかでも特に毒性が強く、問題があるとされた化学物質は、イソシアネート、青酸 系化合物、アルデヒド類、無水フタール酸、酸化エチレン、ヘキサクロロブタジエン、水 銀蒸気、フタール酸エステル類各種、フェノール、4−ニトロジフェニール、ダイオキシ ンである。  下記は、2002年の東京都の公害等調整委員会での専門委員報告書による測定結果 の1部である。被害者宅前の測定値は1996年10月14日(稼動時)測定、周辺他の 地点の測定値は1996年10月24日に測定されたものである。  
 被害者宅前の測定値一般住宅の全国平均値大気汚染指針値
エタノール390〜480ppb1.8〜7.6ppb 
n-ヘキサン26〜29ppb3.7〜8.3ppb 
p-ジクロロベンゼン6.7〜14ppb0.818ppb 
ホルムアルデヒド65ppb  
ナフタレン29ppb0.4〜0.5ppb 
大気中ダイオキシン0.94〜1.1pg 0.8pg
 (注) ホルムアルデヒドの測定場所は、中継所隣りの小千谷寮での値。、田中敏之 帝京大学教授(大気分析)の2001年7月24日の法廷証言によるものであるが、参考 データーとして列挙した。  測定日時が異なるが、被害者宅前の測定値は、どれも異常に高い値である事がわか る。たった数種の化学物質を測定しただけで、これだけの数値が出てくるのだから、この 地区の汚染がいかにすさまじい物かが推察できよう。化学物質が放出される量は、どの 化学物質も時間と共に大きく変化し、平均的な濃度よりも、5000〜10000倍にも 達する高濃度が毎日何回か発生している。  摩擦によって化学接触する相手材料、相手との接触形状、部分的面圧、速度、継続 時間、断続周期、多数の条件の1つ1つによってドラマチックに変化する。このような飛 びぬけた高濃度が毎日発生していれば、平均濃度が基準値以下だから安全だと言う わけにはいかない。被害者が「汚染は日と時間によって種類も濃度も異なり、汚染は 固まりとなって切れ切れに動いている。」と感じているのとよく合致する。  中継所では大量の不燃ゴミに、55トン(3.5kg/cm2)もの強い圧力をかけて圧縮し ている。プラスチックなどを圧縮、摩擦すると、ごく局部的な高温とプラズマが発生し、 せん断力(引き裂く力)によって普通では考えられない様な化学応が起こることが解って いる。  プラスチックやゴムなどの高分子材料は、炭素原子の連なりの周りに水素原子と少し の窒素や酸素のついた最小単位の分子、つまり単量体(モノマー)が数十万個とか数 百万個化学結合して大きな分子となり、それが絡み合って穴だらけの固体をつくってい るもので、そのままでは材料として実用的ではないので、その隙間にいろいろな種類の 添加剤を混ぜている。その添加剤には、シアン系化合物やリン系化合物、フタル酸エ ステルなどの毒性の強い物も多い。プラスチックの製造するときには単量体と高分子の 中間的なやや小さい分子(多量体)がどうしても材料の間に残ってしまう。たいていの プラスチックの単量体や多量体は毒性を持っており、しかも蒸発し易い。安定していた 高分子の物も環境条件によって単量体に分解(解重合)したり、化学反応して小さい分 子になり(低分子化)毒性を変えたりする。大気中に出てからも紫外線などの影響を受 け、低分子化反応は進行していく。  中継所のコンテナへの押し込み作業により、このような化学反応がひっきりなしに起こ り、毒性化学物質が発生している事が解ってきた。  これらのことから、杉並中継所周辺住民に現われた特有の症状と、その周辺の大気 汚染物質の分析結果から健康被害の原因物質は、トルエンジイソシアネートや有機 シアンなどプラスチック起源のシアン化合物が主な原因であると断定された。  筑波大学呼吸器内科学の内田義之医博によると、「トルエンジイソシアネートは、肺胞 に栗粒のようなものができる特殊な肺炎になる。イソシアネート中毒は発生源から500 m離れていても発症する。症状を軽くすることは出来るが治す事はできない。」とトルエン ジイソシアネートの毒性の強さを説明する。

4、公害等調整委員会による裁定結果

 1997年5月、被害住民18人は、「公害紛争処理法」に基ずく国の公害等調整委員会 に原因裁定を申請し、その結果、2002年6月、公害等調整委員会による裁定が出され、   @、健康被害の原因は、杉並中継所の操業に伴って排出された化学物質によるも     のである。   A、申請者18人中、14人については、健康被害との因果関係を認めた。   B、中継所の本格的操業が、始まった1996年4月から8月までの5ヶ月間に限って、     被害を認定、同年9月以降については、原因不明である。  とした。   原因物質の特定ができないまま、国が杉並病と化学物質による健康被害の因果関係 を認めた点で、初めての画期的な裁定であった。

4、今後の望まれる対応

 プラスチックの圧縮作業をしているのは、杉並中継所だけではない。全国のこうした処 理施設で、おなじ問題をかかえている。それまで検討した事もなかった有機汚染公害の 実態は、現実にもう起こってしまったのである。一人一人が責任逃れをしてれば済むほ ど、のんびりできる汚染の進み方ではないのである。プラスチックごみの問題も量を減ら せば何とかなるという問題でもなく、量を減らした上でも、さらに、処理技術に少しでも 不完全な物があれば、処理施設周辺の住民には大変な害をもたらす事になる事を意味す る。  杉並区に搬入される不燃ゴミの中でレジ袋は、約4%(重量比)を占め、年間1000 トンである。レジ袋は、ゴミいれ袋としても排出されていて、これが、500〜700 トンである。  東京都民が1年間に使用するレジ袋は、33億枚と発表されている。  杉並区では、「杉並環境目的税条例」を制定し、環境に負荷をかけるレジ袋の使用抑 制を始めた。全国の自治体が、これに続くことを願いたい。  プラスチックの高分子そのものは毒ではないが、可塑剤を混入したり、モノマーなどの 出来損ないなどが残ってしまった物が、有毒化する。燃やせばもちろんダイオキシンに 結びつく。毒性添加物を含まず、解重合や酸化で低分子化しにくく、燃やしてもダイオ キシンを発生させない安全なプラスチックを開発することが、急務である。  新型公害である杉並病の規模は、熊本、新潟の水俣病、四日市の大気汚染公害、イ タイイタイ病、の4大公害事件と並ぶ程、大きく、かつ深刻であり、今も解決には至って いない。  ゴミを焼却していなくても起こった新しい形の大気汚染公害であり、総ての自治体が 抱える問題でもあるので、早急な抜本的対応が望まれる所である。 ファイル作成 2003;02;13 ファイル更新 2003;10;14 参考文献 緑風出版 川名秀行・伊藤茂孝著 「杉並病公害」