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フランス語で、「かたくなな」という意味です。



   ここで昔から織られている 「会津もめん」 を使って手作りした、”ちょっとしたもの” を紹介していきたいと思います。 

  もし、気に入っていただけたら、 委託販売 しているので 「ほしい人は」 のページをご覧ください。



* どんな布?

   地厚で丈夫。昭和30年頃まで“さるっぱかま” “もんぺ” “サルッパカマ”などの野良着や日常着、夜具地として人々の暮らしを力強く支えてきました。とても身近な布地なので、あの白虎隊も、野口英世も、その母「シカ」も着ていたと考えられますよね。

 濃い青色と縞(しま)が特徴です。本来の染め色は『藍(あい)』会津地方は藍の栽培に適した地域で、古くから藍の生産が盛んでした。大正時代には猪苗代湖南岸や会津坂下町の青木で栽培された藍が使われていました。

 無地や格子もありますが、濃淡に染め分けた糸を組み合わせた『地縞』は伝統的な柄です。地縞には、藍と地方の山野草で染めた糸を組み合わせて、地方ごとに親しまれた柄がありました。

* 女性の力

 綿花を栽培し、女性の手で紡がれてきました。会津藩士の妻女も内職で機織りをしたと伝えられています。戦後は、栽培から糸作りまでが家での仕事となり、農閑期に夜なべしてつくった綿糸を手に織り元に持ち込んでいたそうです。

* はじまり

 寛永4年(1627年)、会津藩主の加藤嘉明公が会津に入城した際に、伝えられました。そして、寛永20年に会津藩主になった保科正之公が、綿花の栽培と製品の販売をしたそうです。

* 機能性

 通気性、吸湿性、保温性に優れ、熱にも強く、からだにやさしく、環境によい天然繊維です。


藍甕です。藍は生きているそうです。毎日かきまぜたり、大切に大切に守られています。端の方の泡っぽいのが、「藍のはな」といわれるもので、藍の生きている証拠です。同じ藍染でも織りあがった布を染めるのではなく、糸を染めてから織るやり方は、珍しく、東北でもほとんどないそうです。染めて、空気にさらしてを何度も何度も繰り返して、深い色が出るそうです。
染める回数で、こんなに豊かな色合いになります。日光で薄くなってしまうため、左端にあるように黒い布に包まれて大切に保存されていました。明治からの織機を、動力を変えながらもずっと大切に使われていました。会津木綿はいまでも、約36㎝幅の反物として売られ、使われています。
藍染の布です。糸を先に染めるので、
地縞が表現できるのです。
会津木綿の特徴である

原山織物工場さんを見学させていただきました。これだけの手をかけて染め上げ、織られるからこそ、この藍染の魅力なのだと感じました。社長さんは藍染の素敵なシャツを着ていました。年月を重ねるごとに風合いがまして、ビンテージジーンズのように人を引きつけるものを重ねていました。

ぜひ、藍染の実際の布を手にとってみてください。

また、現在では、日常着から、おみやげ物などへと用途がかわり、化学染料も発達してきて、鮮やかで使いやすい布もたくさん出てきています。

受け継がれるものと、新しい力を得て外に広がっていくものとが、会津木綿をずっと後まで伝えていってくれるのだと思います。


 
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