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夜更け、眠れないまま宙を見上げ、季節で入れ代わる星座の運行や伝説に想いを巡らせていると、時間の経過とともに、自分の意識が非日常化されていく。
1995年の阪神淡路大震災は、私の人生で死に匹敵するほどの衝撃だった。震度7強、一瞬にして、我が家だけでなく地域全体が壊滅した。多くの隣人もペットも犠牲に。家屋もライフラインも壊滅。その状況下、住居の復興は難題の山。山頂制覇も外輪の小峰からと、登山に見立てていた。やっと地鎮祭も済んだある日、夢で厳しい稜線の連峰を描いていた。震災から1年半。この間絵筆を全然持っていなかった。翌朝、夢の山を描いた。天災への憤り、6000人の死者への哀悼、慟哭するエネルギーを画面に打ちつけて。「夢象」F20号。この絵が「岳シリーズ」の始まりでした。死者の鎮魂のために、自己の魂の鎮めのために絵を描き続けた。描くことで救われた。あの夢は絵を描きなさい、との天の啓示だったのか?
仮住まいの大阪から神戸を望み、こっそり涙したものだったが、12年も経た今、夕空に落涙することもない。ひとつの大きい輪が完結して、再び出発点にもどり、新たな輪を次の時代のために用意したようだ。人は人生の中で、死と再生をいくたび繰り返すのだろう?
非日常化された意識の中に、見覚えのある大聖堂の塔が現れ、「天の扉」となって、私を上方へと誘う。旋回しつつ遍歴の果てに、扉を開けると、遥か彼方へと続く螺旋の形をした一筋の道が見えた。
日常、苦しさやむなしさの中、生ある限り私の進むべき道は唯一悟りを求める道。今長い螺旋状の旅路の途上にいる。
2007年9月 向山 和子
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