六本木旅情

 

 

 

 

 


まえがき

 

 

この小説は、「六本木」というエキゾチックな街に起きる不思議な物語である。登場する固有名詞には実存するものも使われていますが、ここに書かれていることは、著者の経験をもとに描かれたフィクションです。「六本木交差点」を中心に半径約1kmの範囲で特殊な「地磁気」というか、不思議な「磁力線」がここを生活の基盤とする人々や訪問者に、ある特殊な感情を抱かせるのだと、著者は推測している。

 

 

 

 

 

第一話 「PRONTO

 

 

スーツ姿の男性がひとりで、「六本木交差点」そばの「PRONTO」のカウンターでのんびりとウォッカトニックを飲んでいる。

彼は三十分後のささやかなパーティにかすかに期待をしている。

そして、結局はパーティが何ごともなく終わることも知っている。

細やかな期待は、その中年男性だけの特別な自己満足なのだろう。

 

 

この「六本木交差点」は不思議なゾーンだ。

異邦人と遠距離から働きに来ている者やさすらい求める国籍不明女やら

この交差点には、ほかとはまったく違う磁気(磁力線)が流れていて、いろいろな寂しい人種を引きつけたり、引き離したりしている。

 

 

港区の六本木は、赤坂や麻布と同じような「治外法権」に似た感じがする場所だ。
そして彼は、青春時代に胸ときめかせた青山と原宿と表参道にも似た「something new」があるのだと感じている。

さて、スーツ姿の中年男性はウォッカトニックを飲みほすとカウンターからスッと立ち上がった。

 

支払いを済ませて六本木通りへ出ると交差点の地下から発せられている不思議な磁力線とその渦巻き混ざる様々なニオイと11月半ば21時の温度を感じた。彼は一階にコンビニのあるビルのエレベータに乗りいつもどおりに4階のボタンを押した。

「さあ、パーティの始まりだ。」と、心でつぶやいた。

馴染みの店、馴染みのマスター、そして馴染みの女性たちがいる。

来る度に変化している店はこの町にはたくさんある。しかし、この店はいつきても変わっていない。いつもの店で、いつもの黒服にエスコートされ、いつもの奥の席に座る。そして、いつもの女性が左隣に着く。これが彼の贅沢なやりかたのだと考えているのであった。

 

 

「佐伯さんゴメンネ!」と、言いながら白のバニー姿の女性がいつもの様に彼の左側に着いた。

今日のパーティのメンバーである有希と奈美は今日休みだった。先週のプチパーティのリターンマッチをメールで誘ってきた偲乃だけが佐伯の隣にいて、少し拍子抜けした状態だ。

いつ来てもかわりばえしない店だが毎回何か変化のあることが、今日はこのハプニングとは、思いも寄らなかった。
佐伯としては偲乃と二人でのんびりやるのも悪くはないな、と思うのだが、その期待は長くは続くはずもなく、後からの団体客に打ち消されてしまうのだった。

偲乃と有希と奈美が揃って、佐伯を囲むなんてことが稀なことなのであろう。また、偲乃を独占されては店が困るのだし、佐伯自身がその器(ウツワ)でないことを自覚しているつもりだった。

 

 

彼はいつもの様にSASの曲を歌い、彼女は忙しく客の対応に追われた。しばらくして、佐伯に時刻を告げるために黒服がやって来た。もはや、彼には精算を済ませてすんなりと店を出ることしか残されていなかった。

 

 


 

第二話 「磨 仙 堂 (まーさんどー)」

 

 

佐伯(さえき)が偲乃(しの)に会いに行くようになってから、二回目のクリスマスが近付いている。

新宿のデパートはその飾り付けになったらしい。11月のなかばなのに、夜風の冷たさが増すにつれクリスマスのムードが高まってくる。

昨日とおとといは六本木に行かなかった。前回帰り際にエレベータまで見送りにでた偲乃に、
金曜日来る約束をしている。佐伯は毎日その店に通えるのだが、我慢しているだけである。
今日は7時から芋洗い坂の沖縄料理の店「まーさんどー」で、泡盛をロックで飲んでいる。楽しみにしていた週末だ。店の開店時間が待ちどうしくて、少しそわそわしている彼であった。今日こそ3人揃うのだろうか。

 

 

佐伯は横須賀の米軍基地の近くで育った。小学校の同級生の親には基地内で働いていたり米人相手の商売をしている人もいた。18年余り横須賀で米人と共存してきたのことが彼の人格形成に何らかの影響を与えているに違いない。偲乃が沖縄出身ということを聞いた時に何か感じるものがあった。

あとで気がついたのだが、交差点のたぶん米国籍の白人と黒人に対して感じることは、佐伯も偲乃も他の出身地から来ている人達とは、大きく違うのだ。六本木交差点の不思議な磁力線のN極とS極に違う反応のしかたをしているのだ。

 

 

地下鉄出入口から出てくる人種、運転手付の黒い自動車から降りてくる人種、どこから来たのか不明のわいて出てきたような人種でごったがえすこの町は、何かのゲートなのかもしれない。

 

 

偲乃は「兎倶楽部」に勤める前にも、何軒かの経験があり、いわゆる水商売業界にある程度くわしい。むしろ、佐伯は四十半ばになってから、六本木に通い出したビギナーである。

であるからして、偲乃が佐伯を手玉に取るなんてことは、簡単なことなのかもしれない。
しかし、偲乃には商売気がなく佐伯はお得意の中の一人といった距離を保っていることがかえって悔しかった。それこそ騙されてもいいから、その距離をちぢめて、くらっとするようなおとなの恋がしたいのであった。それが仮に嘘で固めた恋でも良いのだ。

しかし、かなわぬ夢とあきらめ、それでも顔サエ見ていられれば、幸福な佐伯であった。

 

 

奈美はいつもシットリした黒髪が印象深い女である。佐伯と偲乃に気遣い角を丸くする話術には感心すること、しばしばである。

それに対して有希は、いつもとらえどころのない飄々とした軽快なしゃべりと少しストイックな笑い顔に人気があるようだ。ただ佐伯は偲乃の客として扱われているから、二人の素顔を知らない。偲乃の本当の素顔も、知らないのだけれども。偲乃は明るく底なしに陽気なのだけれど不思議な影があることに惹かれる男も多いのである。佐伯は偲乃の過去について少し興味をもっていた。しかし、質問の仕方によっては彼女の機嫌を損ねることも度々だった。

だから佐伯の頭の中ではかえって偲乃の妄想に近い不思議なイメージが作られていた。

しかし佐伯は自分の中にいる偲乃に恋い焦がれているので、このままでいいと、感じて暖めているのだった。

 

 


 

第三話 「マツモトキヨシ」

 

 

マツモトキヨシの2階で佐伯は癒し系のCDを見ていた。

そこへ、なんと2年前にこの町のある店で出会った舞衣という女が階段を上ってくるのが見えた。2年前は専門学校に通っていて、たしか山梨のほうから出てきていると聞いていた。当時20歳だった彼女はその店でアルバイトをはじめたばかりで、佐伯はその初々しさに強烈に惹かれ恋心を抱いたのであった。階段を上りきったところで舞衣は佐伯に気がついた。

足早に佐伯のところへ歩み寄ると、懐かしさのあまりに自然と体が触れるくらいの距離で話し始めるのだった。

2年の間に少女の面影は消え、すっかり六本木に溶け込む化粧のできる女性に変わっていた。

時間があるのを確認しあい、二人はマツキヨを出るとPRONTOへ向かってゆっくりと歩き出した。2年ぶりの再開の時間を1秒でも大事にしたいといったゆっくりとした足並みであった。

交差点の信号をわたり、緩やかな坂道を霞ヶ関方向へ歩いた。PRONTOはそこからわずか30メートル先である。しかし二人の気持ちはいつまでもこうしてゆっくり寄り添って歩いていたいと思っていた。  

 

マツキヨで2年ぶり偶然再開し、寄り添って歩く二人を、また偶然みつけた女性がいた。佐伯と麻衣がすぐ先のPRONTOに入るところを、はっきり確認した奈美はつぶやいた。

「なんだ、佐伯さんもその辺の男と変わらないじゃないの。偲乃に一途のふりして、スケベおやじめ、とっちめてやるぞ!」

 

大惑星の強力な重力は直進するはずの光線をも曲げてしまうという。
今日の交差点付近の磁力はいつもより強力だった。きまぐれな磁力に引きつけられた佐伯と麻衣だが、奈美にはその二人の姿が何年も付き合っている恋なかの姿に歪んで見えてしまっていた。プロントのカウンターに並んで腰掛けた二人は、二年前に突然姿を消してしまった言い訳をマティニの中のオリーブをころがしながら聞いていた。佐伯と麻衣はもう二度と離れることはないと、思い始めていた。

 


しかし、そのやさしい雰囲気は長続きしなかった。突然きまぐれな磁力線は極性を変えたのだ。麻衣と佐伯は、目が覚めたかのように別れを告げて店を出て別々の方向に歩き出した。

ふたりには、何も起こらなかった。ただの気まぐれな磁力線のいたずらであった。

 

 


 

第四話 「兎倶楽部」

 

 

そんな結末を知らない奈美は店に入ると有希にさっき見たことを話した。そして佐伯を懲らしめる相談を始めた。

 

 

奈美が二人のことを見ていたことを知らずに、兎倶楽部に着くと、佐伯はいつもの時間に、いつもの場所に座った。すると最初に奈美がやってきた。「偲乃さんの支度ができるまで、ちょっとお邪魔します。」と、言って向かいのスツールに腰をかけた。

奈美が水割を作っていると、程なく偲乃が来て佐伯の左に座り、甘える声で言った。

「有希も出勤してるから呼んであげていい?」

佐伯は黒服に奈美と有希の場内指名を告げた。

さあ、メンバーはそろったパーティの開始だ、と佐伯は上着を脱ぎ「酒盛り用アクセル」を踏み込むかのように気合を入れた。

 

しばらくすると、奈美が有希に合図を送った。そして有希が口火を切った。

「佐伯さんは女性に優しいから、もてるでしょー。」奈美も続いて佐伯に話しかけた。

偲乃と佐伯にはこれから始まろうとしていることが予想できなかった。

「意外と他の店にも偲乃さんのような女性がいたりしません?浮気してませんか?」
と、奈美は佐伯の顔をのぞき見た。

佐伯は少しもあわてることなく、否定した。偲乃は興味深そうな顔で三人の態度を見ていた。まったくいつもと変わらない佐伯の表情に、奈美は強い敵対心をもった。

奈美の温和な笑顔が消えた。そして、一瞬だが重い沈黙の空気が流れた。有希は少しあわてていた。奈美と佐伯の間にわって入ろうとしたが遅かった。奈美の口から次の言葉が発せられてしまった。

 

 

「佐伯さん、ひどいわ。男の人が浮気するのは仕方無いけど、佐伯さんは誠実な人だし、嘘がつけないところが、わたしは好きだったのに。表情一つ変えないで嘘がつける人だったのね。わたし、さっき佐伯さんと若い女性が恋人みたいに寄り添ってプロントへ入るところを見たんです。」

佐伯は奈美のいつもと違う態度に驚いた。そして誤解を解消しなくてはと、あわてた。佐伯の動揺した顔を見て、偲乃は佐伯に言った。

「へー、そうなんだぁ。だけど現場を見られたんじゃ、ごまかせないわよね。」
愛想笑いはしていたもの、偲乃にしてみれば自分の客のことを人前で奈美から聞かされたのだから、面白いはずがなく笑顔が少しずつ変わっていった。

「さあ、白状しちゃいなさいよ。」

と次に言った時、偲乃の左の瞳が冷たく光った。

 

 

佐伯は今、弁解しようがない状況であることを把握した。

奈美は少し目が潤んでいるし、有希はオロオロしているし、偲乃はどことなく白けた感じで煙草を吸っていた。しばらく沈黙して、佐伯は煙草を一本とり火を付けようとした。すると両側からライターが近付いた。

いつもなら奈美が手をひっこめて、偲乃が佐伯の煙草に火を付けるのだが、今日に限って奈美は何故かひかなかった。偲乃が先にライターの火を消した。佐伯は「ありがとうと」、言って煙草を深く吸った。そして、黒服にカラオケの歌本を頼んだ。
「歌でも歌って逃げるしかないか。しかし、何もしていないのに何で責められてんだ?」

と呟いて、醜い弁解をしないことを決め込んだ。

 

 

いつものとおりに「SAS」の曲をいれた。「ドラマで始まる恋なのに」がフロアに流れた。

そして、佐伯は意味深に偲乃を見つめながら歌った。

 

 

あんなに大きなドラマで始まる恋なのに

時間(とき)のうつろいはゆめをまてない

嘘でもいいからあの日の二人に帰りたい

雨の音さえも何故につれないそぶり

 

 

可愛い睫毛の先まで恋焦がれてた

もう一度だけ口づけして

心酔わせた女性(ひと)よ

 

 


 

第五話 「六本木プリンス」

 

 

偲乃は、「六本木プリンス」の三階にある「ウィンザー」という名のバーで、迷っていた。

 

あの夜から今日で5日目だ。こころのどこかで、偲乃は佐伯からの弁解を待っていた。

しかし、佐伯の口からは何も出てこなかった。そして、佐伯は以前と変わった様子が見られなかった。告げ口したものの以前と変わらない様子のふたりに少し悔しいものの、ほっとしていることも事実であった。

 

しかし、偲乃の心の深いところで何かが変わりつつあった。
客と親しくなるのは仕事上重要だが、ある節度は大切と考えていた。あるいは自分自身の私生活を犠牲にしてまで、この仕事する気持ちもなかった。
佐伯は偲乃が今まで関わった客の中では、かなり「惚れられている」と思うことが多い客の部類であった。はっきり言って「めんどうくさい!」と思うこともあるし、「指名とか」考えるのが億劫なこともあった。だが、最近の佐伯との関係のことについては、別の考えがあった。

「佐伯さん、かあちゃんをだいじにしろよ!!」と、言う回数が増えてきているのだ。

 

 

佐伯がこのまま偲乃のところへ通いつづけると、佐伯は家庭を壊してしまうのではないかと心配していた。だから、佐伯には以前こんなことを言って、冷たくあしらっていた。

「行き着くとこまで行ったからって、結局何になるの?何か新しいことでも始まるというの?結局はお互い満たされなくて、寂しさが残るだけじゃないの? それが判っていてもわたしを抱きたいの?それでも抱きたいのなら、いいわよ抱きなさいよ!!」

 

 

そんなことを言い捨ててしまったそのすぐ後に、この前の事件が起きた。

佐伯の家庭のこともそうだし、佐伯とは長く付き合っていきたいと考えていたのに、知らない女にすべてを水の泡にされてしまうかもしれない。偲乃の心にそんな危機感がかすかによぎったのだ。

 

 

しばらくして、佐伯がいつものサラリーマン姿で現れた。考えてみると、彼との待ち合わせで佐伯のほうが待ち合わせの時間に遅れたのはこれが初めてかもしれないと思った。佐伯はテーブルをはさんで偲乃の前に座った。

 

 

「そういえば、瀬里奈でカニしゃぶ食べたときに、今度はわたしが何処かに連れて行くね。って言ってたけど、ここのことですか?」と、佐伯はおしぼりを使いながら言った。その顔はどこかいつもより余裕があるように見えた。そして、偲乃が話し始めるのをゆったりと待っていた。

 

 

「そう、ごちそうしてあげるわ!飛び切り上等のおいしいものをね!!」

と言ってしまうと、偲乃には勢いがついてしまった。

「ルーム・サービスでおいしいものを食べさせてあげるから、部屋代はお願いね。」

佐伯は偲乃の表情を見て、彼女が何かを決意していることを悟った。

「おいおい、だいじょうぶですか?おじさん本気にしちゃうよ?いいのかい?」

「いらつくなぁ!!嫌ならいいのだけど・・・・」

「はいはい、フロンと行って素敵な部屋リザーブしてきます。」

 

 

5分くらいして、佐伯が戻った。ルーム・キーに「515」と書かれていた。

キーを受け取ると、「支度があるから、15分したら部屋に来てね。」

と言って、偲乃はエレベータホールへ向かった。

 

 

 

第六話 「515号室」

 

部屋に入ると、偲乃はいつもの「フロンティア」に火をつけて、深く吸い込んだ。

少し冷静になったが、もう後戻りできないことを後悔はしていなかったし、むしろ醒めていた。

半分くらいで火を消し、立ち上がると急いで衣服を脱ぎバスルームで、やさしくシャワーを使った。

偲乃の裸身はどこにもしみ一つなく、彼女の自慢であった。均整の取れた肢体が鏡に映った。鏡の妖精が微かに嫉妬したかのように、湯気で曇った。

 

多くの女性が体験することだけど、この瞬間の気持ちは男性には絶対に理解できないだろうなと、偲乃は思った。「期待」や「不安」にどきどきした若いころを懐かしく思うのだが、決して今は醒め切っている訳でもない。

 

そろそろ時間になるので、偲乃は急いでバスタオルで身体を拭いた。

そして、バスローブで身を覆うとバスルームから出て、ベッドに腰掛けた。

さて、どのようにして佐伯をこの部屋に迎え入れようかと迷っていた。

再び洋服に着替えるのはまったく違うし、全裸で佐伯に飛びつく柄でもない。バスローブのままでいるのは何かだらしがない感じがした。

 

偲乃は「これにきめた!」と心に決めると、バッグから何かを取り出して手早く身に付けた。

「やっぱり、これだな!」と、自分で納得して、すっと立ち上がった。

 

 

すると、タイミングよくドアのベルが鳴った。

「佐伯です。入っていいですか?」と、小さな声が聞こえた。

 

偲乃はドア鍵を開けると、少し強張った笑顔で佐伯を迎え入れ、ドアを閉めた。

 

「うわっ!感激だな。同じバニー姿でも店で見るのと違って見えるよ。ありがとう。」

と、佐伯は満面の笑みを浮かべて偲乃のバニー姿をあらためて見つめていた。

「あんまり、見ると穴あいちゃうよ。さあ、こっち来てすわって。」と言って、窓側のソファへ案内した。偲乃はいつものとおり佐伯の左側に座った。偲乃のお気に入りの白のバニー服だ。でもどこかいつもより、エロティックな感じがした。それもそのはず網タイツでなく素足だからだと気づくと、佐伯は少し緊張してしまった。だが、すぐに気を取り直して、言った。

「先に、ルームサービス頼んでおこうよ。」と、フロントに電話をした。

515号室ですが、シャンパンとオードブルを部屋に運んでください。はい、今すぐに・・・」

 

受話器を置くと、「すぐ来るかなあ?それまでビールでも飲んでようか?・・・・・」などと、少し余裕のない言葉が口から出てしまった。

 

偲乃は、自分よりひとまわり以上も年上の佐伯がいじらしく思えた。そんな佐伯を普段見ているといらいらしてくることも多いのだが今日は許してあげられるのだった。

「少し落ち着いたら・・・・。いいからこっちに座って、お話してようよ。・・・・こんないい女をひとりで座らせておいていいの? もっと別にすることがあるでしょ!・・・・・」

 

佐伯があらためて、ソファに座ると偲乃は佐伯との距離を近づけて、やさしくいつもより小さな声で話し始めた。

「佐伯さん、少し前に奈美ちゃんから聞いた件は今日で水に流してあげます・・・・。佐伯さんがわたしのことでヤキモチを妬いてくれた時、少しうれしかったよ。でも、わたしが佐伯さんにヤキモチ妬かされるのは嫌なの、許さないからね。わたしは、佐伯さんと奥様が別れるようなことになってはいけないと思っているのね。だけど、わたしが原因でなくて、もしもほかの女が原因で佐伯さんと奥様が別れるようなことになってしまうのなら絶対許せないの。わかってくれる・・・?
だから、佐伯さんは偲乃のことだけ見ていてほしいの。」

 

 

佐伯は意外な展開にびっくりしていた。しかし、舞衣とのことの事実を話さずにいたことがこんな展開になるとは「天使のいたずら?」と思って、このいたずらを楽しませてもらおうと思った。

すこし落ち着きを取り戻した佐伯は、偲乃の肩をそっと抱き寄せた。そして、偲乃を見つめた。

 

「若い小娘に、まだまだわたしは負けないんだから、こんなにいい女ほかにいないからね。・・・」

と、少し目が潤んでしまっている自分に驚いていた。いつも心の何処かでは冷静な偲乃なのになんで、こんな役回りになっているのか自分でも不思議だった。偲乃にとっては「悪魔のいたずら」なのだと、思うしか説明がつかなかった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・ドアのベルが鳴った。「ルームサービスです。」

佐伯がドアを開けると、ワゴンに乗ったオードブルと二つのグラスとシャンパンが運び込まれた。

手際よく、チップをわたすと速やかにボーイは部屋を出て行った。

「さて、それでは乾杯しよう。」(佐伯は心の中で、天使のいたずらに乾杯!と言った。)

「カンパーイ!!」(偲乃は、まあいいかぁ、今回は悪魔に負けようと、思った。)

 

ふたりは同時にグラスを置くと、そっと寄り添った。

そして偲乃が茶目っ気いっぱいの笑顔で言った。

 

「佐伯さん、いつもお店でこのバニー服の下を見たいと思っていたでしょう!
今日だけ、特別にいいよ!」

(と、言って背中を向けると、髪をあげてファスナーを佐伯に近づけた。)

 

 

 

 

六本木旅情 

 

  


 

   

編集後記:

関係者の皆様に深く感謝いたします。

そして、著者のわがままを一方的にお許しいただければと、思っております。