生命保険の権利売買について 
              
                       H18. 10. 25



  先日、「死亡保険金を受け取る権利を、保険買取り業者に売却できるかどうか」が争われた訴訟で、最高裁の判決が出ました。
  最高裁は、
「生命保険が売買の対象になれば、不正の危険が増大する」として、生保会社に名義変更を求めた癌患者の上告を退けたのです

  訴えていたのは、27年前死亡時に3000万円が支払われる生命保険に加入、その後、肝がんと診断された56歳の男性です。
  
医療費などで生活が困窮したため、この保険金を受け取る権利を、生保買取り会社へ売却しょうとしましたが、生保側から拒否され提訴していたものです

  「生命保険」の売買については、がん患者の間でも意見が大きく分かれることでしょう。命の売買は認められないとして、判決を強く支持する意見も多いと思います。
 
 
でも、私にはどうしても納得いきません。心のそこから突き上げる何かを払拭できず、公表されている「原告陳述書」を以下の「概要」にまとめ、この提訴が意味するものを考えてみました。

妻の内職で稼ぎ出す月々12万円の収入で、治療費どころか生活費にも困窮しいています。生活費を捻出するために、三年前に自宅を売却、今は何の資産もありません。
 入院すれば、1ヶ月70万円程の費用を要します。治療費が無いために、通院治療だけにしてその回数も減らしている状況です。

 息子が念願の大学に合格したものの、学資がないため入学できません。苦しく、辛い生活を強いられてきた長男を、是非とも希望の大学に進学させてやりたいのです。
 この資金の捻出のために、保険の解約を確認したところ、「たったの28万円」が解約金と言われ愕然としました。

 末期病症の生保契約者が保険を譲渡して、医療費や生活費を作り出すことが可能と知りました。米国などでは、一般的なビジネスと聞きます。
 生保買取り会社との間で、売買代金を849万円として、今後の保険料を同社が支払う契約を結びました。これによって、私の生活の再建が出来るはずでした。

 しかし、なんらの損失も生じないにもかかわらず、被告は理由をも述べずに「名義変更に応じられない」と拒否しました。
  このままでは、加入済み保険の継続さえ困難であり、生きてゆけない厳しい事態に直面しているのです。
  切なる気持ちと、その必要性をご理解いただき、何卒一刻も早い名義変更のご承諾の判決をお願い申し上げます。時間的猶予がないのです。  
                                
以上。

被告である千代田生命保険(現・AIGスター生命保険)は、法廷での拒否理由を「犯罪の温床になる恐れがある」としました。
 でも、売買だけが犯罪の温床につながるとする主張の論拠はどこにもありません。
 同社は保険契約者の勤務先の『会社法人』や二親等以内への譲渡を認めていますし、雇用主が従業員を保険金目的で殺害したり、親子・夫婦間での保険金目的の犯罪が、枚挙に暇の無いほど起きているではありませんか。

 会社側は失効さえすれば3000万円(解約でも2972万円)を支払わなくて済みますが、買取会社の出現でその美味しい差益は無に帰してしまいます。
 
会社側の主張は、保険契約を失効・解約させることで、保険金の支払いから逃れるための方便とみなすのが自然です。

今年だけでも、大手6社の保険金支払い不祥事26万件・162億円もある業界の主張が意味するものを、最高裁はしっかりと見据えるべきだったと思います。残念でなりません。

勤務先の会社や親族への譲渡が可能ならば、本人が生きてゆくための究極の選択としての売買も当然許されるべきです。
 社会福祉の行く末が危惧される中、生命保険が死亡後の補償だけでなく、欧米と同様に生きるための権利として位置づけられて何の不合理もないからです。

 

 もし、懸念される側面があるのならば、生命保険の「補完的福祉事業」としての本旨を明示した上で、懸念される危険性や法的不備に対して、厳しく警鐘を打ち鳴らすことこそが、賎しくも三権の一翼たる最高機関の仕事ではないでしょうか。
 
社会的弱者の生きる道を閉ざす最高裁の安直な判決に、時代の危うさすら感じます。

 それにしても、どうしてこれほどまで癌患者の命や人権が軽視されるのでしょうか。
 精神だけは病まずに生きたいと切望する心に、晩秋の風は冷たすぎます。