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みなさんこんにちは、中山です。 約1ヶ月、(全国教研のために)岐阜のビジネスホテルで過ごして、一昨日、帰って参りました。 今日は、「教育基本法のすばらしさ発見」ということで、教育基本法がどのように変えられようとしているかその状況についてリアルに話してほしいということでした。
私はそのことをお話しするとともに、この闘いは、職場の厳しさはありますけれども、実は攻撃をしかけている側がいかに追い詰められて厳しい状況にあるのか 私たちに理があり展望もあるということもお話ししたいと思います。
中教審の中間報告が出ましたけれども、これは日本の政策を進めてきた御用学者と大企業の社長さんたちが毎週50回近く論議を重ねてできたものです。 中には、東芝やIBM、キッコーマンなどの社長もふくまれています。 この報告が財界人の願いに沿うものをだしてきているということがその顔ぶれからもわかります。 この中間報告が9月に出て、今度の通常国会で法案を出したいと言っています。 今年度中に国会を通してしまおうというのが向こうのねらいです。
さて、その中間報告の中身ですが、序章では、21世紀は大競争の時代だから、それに日本が勝ち抜くためのたたかいにはそれをリードするための人材が必要であり、それを育てるのが日本の教育の役目なのだということが書かれています。 ここにお集まりのみなさん教職員は、 ひとりひとりの子どもを大事にするのではなくリーダーを選び抜いて育てるのが仕事であると言っています。 そのようなたくましい日本人の養成を国家の目標にするというのです。
この報告をまとめるための議論の中身を見て、私はびっくりしました。 334の意見の概要をまとめたものがあるのですが、そこに子どもを主語にしたものがまったくないのです。 我が国の経済を立て直すためにはどうしたらいいかとか、そのようなことばっかり出ています。 また、この中には障害児の教育をどうしていくかという意見はひとつもありませんでした。なぜかというと障害児は将来、「人材」にならない、国家のために尽くすことにならないにという考えが根底にあるからです。これではあまりにも発表したときに反発が生まれるだろうということで、部会の議論の概要のなかには「ニーズに応じた障害児教育の充実」と書いてあります。意見はひとつもないのにそのことばだけはそらぞらしく載っています。 そこからもこの報告には、子どもを大切にしようという考えはもともとないということがわかります。
また、この中には、大切にするものとして次のように書かれています。 友だちや学校を大事にしよう 家族を大事にしよう 郷土を大事にしよう 地球を大事にしよう そして 国を大事にしようということで、地球のあとに日本の国がきて、いきつくところ国がいちばん大切なんだということなんです。 日本の国を愛する心というのを日本の教育の中心にすえるということが書かれています。 これは、すでに「心のノート」で先取りされています。 中学校の「心のノート」の最後は国を愛する心で締めくくっているのです。
つづいて、一章でもエリートの育成とともに、国を愛する心というのをさかんに言っています。さだまさしさんの「恋愛」という歌に「求めるのが恋、与えるのが愛」ということばがあります。 この中教審の報告は、子どもたちに何も与えずにひたすら国を愛せよというのです。 国への愛だけを一方的に求め、自分たちは子どもたちを大切にするということばはひとつもない。 ここに、中教審が出してきた教育基本法の特徴があり、いちばんの致命傷があると思います。
先日、四谷で宣伝行動をしていたら、右翼の青年が私に質問をしてきました。 彼は、国を愛する心は大事で、それを教育の目標にするのは大切だと言うのです。 私は、彼に「あなたに恋人はいますか。 愛というのはお互いのなかで育みあうもので、命令されるものではないのではないですか。 だから国が国を愛せよというのは変だとは思いませんか。」 といったら、考え込んでしまい、その後、いろいろ話がはずみました。
一方的に国への奉仕を愛ということばで表現しながら、子どもを愛する施策はまったくないというのがこの中教審のなかで論議されてきたことであり、弱点ではないかと思います。
三章には、教育振興計画を政府の責任でつくるという一項目を教育基本法に入れるということが書かれています。 これは、政府がなにか決めたことを、教育振興計画に位置づければ、国会の審議なしに教育基本法の名の下にすすめることができるという悪知恵です。 これは、大変な内容でよく学習する必要があります。 しかし、この教育振興計画にも、弱点があります。 小泉内閣は、教育予算を減らすことを求めていますから、この計画のなかで国民受けする目玉となる施策を打ち出すことができないのです。 というわけで、報告のなかで愛国心が前面に出てきたのです。この教育基本法改悪が今度の国会でだされようとしています。 私たちは、あらためて教育基本法のすばらしさとそれを生かしていくのはどういうことか かけがえのないものだと言えるのは私たち教職員なのです。
文部科学省は、今、世論の包囲にあっています。
日本PTA全国協議会が4月におこなったアンケートでは、4人に3人のひとが、今回の学習指導要領のもとでは子どもたちの学力低下が心配」と答えています。 この団体は文部科学省と二人三脚でやってきた団体なので、こういう結果がでて幹部は怒っています。 これに対して文部科学省は、「心配」であってそれは事実でないとういう態度をとりました。
そのあと、全教がおこなって16000人が参加した「全国教職員アンケート」の結果を公表しました。いちばん子どもの身近にいる教職員が今回の指導要領のもとで学校におきている実態を語ったアンケートです。 中央の朝日・読売などは取材はしましたが取り上げませんでした。しかし、北海道新聞や沖縄タイムズなど地方紙は16紙が取り上げました。ラジオでもあつかった番組があります。今度の指導要領では子どもはよくならないという全国から寄せられた教職員の声が大きな力になってマスコミにも影響をおよぼし始めています。
先日、「教育基本法改悪に反対する学者文化人アピール」というのがでました。梅原猛さんや瀬戸内寂聴さんらが呼びかけ人になっています。 その記者会見に私も取材に出かけたのですが、そこには教育改革国民会議の委員だった東大の藤田さんなどもいました。藤田さんは、こうおっしゃいました。自分の経験からも教育基本法改悪はひどいと思うし、法案になってからでは遅いと思うので呼びかけているんだと。 また辻井喬さん、財界人の西武の堤清二さん(のペンネーム)ですが、こういわれました。「私は教育問題を2年間勉強してきた。私が全国を歩き回った実感によれば、今の子どもは最終的な危機的な状況にある。この危機を救うには子どものいちばん身近にいる先生方の声を聞きながら一歩一歩地道に変えていくしかないと思う。ところがこの教育危機を奇貨として教育反動をもちこむのはもってのほかである。だから私は教育基本法改悪反対の立場でがんばりたい。」 日本の財界を歩かれてきた方がそういわざるを得ない実態があるとお話されました。立派な記者会見でした。
また梅原猛さんは、朝日新聞につぎのような文を寄せています。
「最近改めて教育基本法を精読してみたが、その理念は立派であり、文章もけちをつけるところはほとんどない。改正論者がどんな教育理念をもっているかよく分らないが、森前首相の教育勅語を評価した発言のように、その精神を教育の理想としているのであろう。
改正論者は教育基本法に『伝統、文化の尊重』という理念が記されていないと難癖をつけるが、伝統、文化を尊重する精神が最も不足しているのは教育勅語である。私は50年にわたる研究と思索の結果、近代日本は廃仏毀釈によって成立し、その重いツケを今、日本人は払わされているという結論に達した。
廃仏毀釈は、仏教の否定であるばかりか儒教や神道の否定でもある。江戸時代の儒教は主として朱子学であるが、朱子学には『格物叡知』という科学的精神に通じる思想があり、神道には一木一草に神をみるエコロジーの思想がある。廃仏毀釈はニーチェのいうように神殺しであり、その精神は明らかに教育勅語に受け継がれている。
教育勅語の精神は、結局、天皇を唯一の神として、その神のために死ぬことを根本道徳とし、一切の道徳をこの根本道徳に従属させる精神であった。これはまさに日本人の精神を長い間培ってきた仏教、儒教、神道及びそれらに養われた伝統、文化の否定以外何ものでもない。もしも教育基本法に伝統、文化を尊重する理念が記されていないというならば、教育勅語こそ批判されねばなるまい。」
教育勅語を否定する教育基本法こそ日本の伝統、文化にかなった立場だというのですね。今、国の教育政策が世論から総反撃をうけています。しかし、マスコミでそれが報じられないだけに、学校と家庭の行き帰りに疲れきった私たち教職員のなかでは確信になりきれずにいます。だから知を力にというのが本当に大事なのです。
そして、彼らは、だれが国の教育政策批判の先頭に立つのかよく知っています。 岐阜の全国教研で、右翼やその背後にいるものたちのすさまじい攻撃を見事にはねのけて、成功に導いた渦中にあるものとして、私はそれを実感しています。教研の期間中、空には警察のヘリコプターが飛んでいました。 山奥の小さなお寺、ひとつひとつのホテルまで教研集会に宿舎として、会場として貸していないだろうなとしらみつぶしに調べ、かたっぱしからつぶしにかかりました。70人が参加して、一斉に休暇をとって、50の分科会会場を確保する統一行動をとったところ、ほとんどすべてが拒否されました。 いまだかつてなかったことです。 教職員と父母国民といっしょに教育を考える集会はつぶすというのが彼らのねらいです。 しかし、私たちは、名古屋市民、岐阜県民と力をあわせて必死の思いで会場を確保し、集会を成功に導きました。
教職員は、教育委員会から管理職から徹底的にしめつけられて、本当に厳しい状況が続いています。 しかし、攻撃をかけている側は、そのようにしなければ自分たちがやろとしている教育政策が実現できないからやっているわけです。 無法な攻撃をなぜするかといえば、道理がないからするのです。 だから私たちは、知を力に、道理を大切にして、学んで、世論をつくっていくことが求められています。
私たちの子どもの瞳を輝かせた教育実践は、不動のものです。そのひとつひとつの実践はどんな攻撃があっても、子どもの力を伸ばすという点で不動のものです。みなさんの中にはその思い出がたくさんあると思います。子どもを大切にする教育基本法、それに基づく私たちの実践はゆらぐことがない。 そして無法をもって私たちを押さえつける者に対しては、法と正義、道理と実践、なによりも仲間と共に団結して闘おう。 子どもを愛する私たちにこそ未来がある。