長崎旅行記
長崎旅行記
2009年5月29日〜5月31日の日程で、家族で長崎旅行に行ってきました。
どんなところを観光したか、忘れっぽい自分のために、覚書きの意味で作成しました。
誰も興味ないとは思いますが、もしお暇でしたらどうぞ。

長崎はあじさいでいっぱいでした。
今回の行程は以下の通り。
1日目:中華街 → 大浦天主堂 → グラバー園
2日目:出島 → 出島ワーフ → 平和祈念公園 → 原爆爆心地 → 山王神社 → 眼鏡橋 → オランダ坂
3日目:風頭公園 → 若宮稲荷神社 → 亀山社中資料館 → 龍馬のブーツ像 → 亀山社中跡 → 龍馬通り → 長崎歴史文化博物館

↑寺町付近MAP(クリックすると拡大表示されます)
風頭公園〜龍馬像〜亀山社中〜龍馬通り〜眼鏡橋までのコース。
1日目
11時近くに羽田を出発し、昼過ぎに長崎空港に到着。
そのままリムジンバスで長崎新地バスターミナルに直行しました。
中華街
長崎新地バスターミナルでバスを降り、バスターミナルのすぐそばにある
中華街へ移動。
老舗の中華「江山楼」で、長崎ちゃんぽんと皿うどんを食べました。
どちらも美味しかったけれど、特にちゃんぽんが美味しかったです。
まぁ具だくさんでびっくり。
魚のすり身にひき肉の入った具材を初めて食べましたが、
一体なんという名称なんでしょう。
長崎では普通の食材なのかな?
それにしてもちっちゃな中華街です。
3区画くらいの場所にお店がぎゅっと詰まって並んでいる感じでした。
神戸の中華街とどっちが広いんでしょうね。
昔はこの新地も「出島」と同じく海に浮かぶ島だったそうです。
「出島」はオランダ船が出入りするところで、
「新地」は中国船が出入りするところだったんだそうです。
それは知りませんでした。
勉強になるなぁ。
大浦天主堂
ホテルにチェックインし、風邪をひいた父と一緒に
夕方4時頃まで部屋で昼寝(笑)
身体にやさしい旅行です。
そこからやにわに起き上がり(笑)、南山手にある大浦天主堂へと赴きました。
大浦天主堂に行くのは、実はこれで3度目です。
賑やかなお土産屋さんが並ぶ坂道を上っていくと、
目の前に天主堂が現れます。
夕方だからか、そこだけひっそりと静かな佇まいです。

大浦天主堂は別名をフランス寺とも呼ばれ、国宝に指定されているそうです。
日本最古の木造ゴシック様式で、ステンドグラスがとても美しいです。
江戸末期、フランス人宣教師プチジャン神父が、秀吉以来のキリシタン禁制下で
250年間もの間、密かに信仰を続けてきた「潜伏キリシタン」と
感動の出会いをしたことによって建てられたという話です。
この逸話でも分かりますが、本当に長崎という土地は
キリスト教と結びつきが深いんですね。
長崎市に関わらず、至る所に教会が立ち並んでいました。

そうそう。
長崎奉行所では毎年正月になると、年中行事のように
お奉行様の前で「踏み絵」が行われていたというのにも驚きでした。
その際には、ただで丸山町の女郎の素足が拝めるということで、
こっそり盗み見にくる人もいたそうです(笑)
もちろんキリシタン達は明治になるまで酷い弾圧を受けていたのも事実ですけども。
グラバー園
同じく南山手にあるグラバー園。
天主堂の裏から歩いて3分くらいで到着しました。
グラバー園とは、旧グラバー邸の他、西洋館が建てられていた敷地に、
長崎市内に残っていた歴史的建造物を移築している公園です。
グラバー園に行くのも3回目(^^;
15年前くらいに初めて行った時は、まだ園内にエスカレーターもついていなかったので、
山の上まで歩いて登った記憶があります。
園内自体も今のように広くなかったような気がします。
ちなみに50年前に訪れたという父によると、
「その頃はまだクラバー園とは呼ばれず、グラバー邸と呼ばれていた」とのこと。
そうかー。
随分移築されて広くなったんですね。

旧三菱第2ドックハウスから眺めた三菱重工長崎造船所。
さて。
トーマス・グラバー氏は、幕末に活躍した貿易商(武器とか弾薬とか)であり、
「グラバー商会」を設立した人です。
去年の大河ドラマ「篤姫」にも登場して、小松帯刀と取引してましたよね。
そして三菱の創始者であり、来年の大河ドラマの語り部でもある、
岩崎弥太郎氏とも所縁の深ーい方です。

トーマス・グラバー氏
そんなグラバーさんの住んでいたグラバー邸は、
日本最古の木造洋風建築なんだそうです。
ほほう。そうであったか。
大浦湾を見渡せる位置にあって、温室が飛び出した間取りも面白いし、
見た目もおしゃれです。
庭にはきれいな紫陽花が植えられてました。

そして島津のお殿様から贈られた大きなそてつも植わってました。

部屋の中はこんなかんじ。

応接室。

グラバーさんの行李(こおり)
龍馬のでっかいパネルが置いてあって自由に写真が撮れる部屋もあります。
また、邸の中には隠し部屋もあって、密談に使われたのだそうです。
しかし、時間がなくて今回それを見逃してしまいました。残念。
ところでグラバー氏はかの秘密結社「フリーメイソン」の一員だったという説があり、
園内(邸内)にはコンパスと定規を組み合わせたフリーメイソンリー特有のマークが
刻まれた石柱がありますが、これはもともとグラバー邸にあったものではないそうです。
その影響で、坂本龍馬や西郷隆盛もフリーメーソンになったのでは、
また、そもそも明治維新はグラバーの陰謀なのでは、という説もあるのだそうです。
勿論あくまでも想像の域を超えないものですが、
もしそうだったら、とてもつまらないなぁと思う私(^^;
ちなみにこれがフリーメイソンのマークです。

閉館ぎりぎりまでいましたが、全部は見られませんでした。
残念。
でも長崎は東京に比べて日が沈むのが遅いので、6時になっても十分楽しめました。
この日はこれで観光終了。
父がダウンしたので、母と一緒にホテルでディナー。
びっくりするほどお客が少なくて心配してしまいました(^^;
美味しいのに。
しかもクーポン券使ったら3000円も割引いてくれたのに(笑)
(かなり心苦しかったです。。。)
やっぱり観光客はみんな中華街とかに繰り出すのかしら。
2日目
出島
この日は朝の9時30分くらいにホテルを出発。まずは出島に向かいました。
長崎出身の親戚がいる同僚に、事前に観光情報を聞いたところ、
「出島は狭いし、期待して行くとがっかりするよ」とのこと。
私もさほど期待せずに出島に向かいました。
まさかここが一番楽しい思い出の場所になるとは思いもせずに。
出島とは、江戸幕府の鎖国政策の一環として、長崎の有力町人に命じて
扇形の人工島を築き、ポルトガル人を居住させたのが始まりだそうです。
原則として、日本人の公用以外の出入りが禁止され、オランダ人も例外を除いては
この狭い出島に押し込められたのだそう。
(ちなみにオランダ商館付の医師であるシーボルトなどは特別に外出を許され、
私塾も開きましたが、「シーボルト事件」で国外追放となってしまいました)
出島について詳しいことはまた後日書きます。
情報量が多すぎてまとめるのが大変(^^;

ミニ出島
上のミニ出島の正面に見える表門の本物がこれ。

平成8年度から新たに復元された建物。
昔ながらの工法で、見事に町並みが再現されています。
「出島乙名」の詰所。

カピタン部屋

裏側から見たカピタン部屋。

中も大変綺麗でした。

砂糖の秤

うちのおてんばママンは、砂糖の秤とは知らずに自分が天秤に乗っかってしまい、
しりもちをついてました。
係の人に「腰悪くしちゃうよ!」と注意されてました(笑)
良い子のみんなはマネしちゃだめだよ!
冒頭の私の同僚がかつて訪れた頃には、きっと出島の雰囲気もなく、
狭くて見所も少ないものだったんでしょうね。
その頃と比べて建物の復元が進み、今では19世紀にタイムスリップできる
歴史テーマパークへと確実に成長しているのだと思います。
ここに来たおかげで、「長崎」という町の特色を
より深く知ることが出来たような気がします。
この先、完全に復元が完了した暁には是非また訪れてみたいです。
長崎出島ワーフ
出島から歩いて港に出て、出島ワーフで昼食をとりました。
なぜだか長崎で海鮮丼を食べました。
以外に美味しかったです。

長崎港。
魚眼レンズで撮ったかのようですが、シャッタースピードの遅い携帯カメラで
撮ったら、手振れのせいでこんな風になっちゃいました(^^;
港にはいろんな船が停泊してました。
中国の木造帆船も停泊してました。
海風がとても気持ち良かったです。
平和祈念公園
お次は長崎電気軌道に乗って「平和記念公園」へ。
昨年、広島の「平和記念公園」と沖縄の「ひめゆりの塔」に行ったからには、
やはり長崎にも行っておかねばならないでしょう。
平和記念公園は低い丘陵の上にあります。
階段を上り、噴水広場を抜けると、正面に有名な平和祈念像が見えてきます。
その手前には実際に原爆で被害にあった「旧長崎刑務所浦上刑務支所の遺壁」が
傷跡も生々しく残っています。

コンクリートが砕け、鉄の支柱が溶けてゆがむほどの放射能爆弾が、
人間を直撃したのだと思うと身が竦みます。
まさにこの世の地獄です。
きっと地獄の鬼だってこれほど非道で恐ろしいことはしないでしょう。
この世で一番恐ろしいのは、人間なのだなとしみじみ思います。

彫刻家、北村西望氏作の平和祈念像。
この像は神の愛と仏の慈悲を象徴し、高く掲げた右手は原爆の脅威を、
水平に伸ばした左手は平和を意味し、軽く閉じた目は
原爆犠牲者の冥福を祈っているのだそうです。
近くで見るととても大きいです。
身体もめっちゃたくましいです。
長崎の街を見守っているかのような姿でした。
原爆爆心地
平和記念公園の南側に原爆の爆心地があります。
1945年8月9日に原爆を落とされた場所です。

爆心地モニュメント
浦上天主堂が原爆で倒壊した時に、奇跡的に残った石柱がここに移築されています。

柱の上には聖ザベリオと使徒の石像が、これまた奇跡的に美しいまま残っています。
当時の信者はこれを見て、どんな風に感じたんでしょう。
このすぐ近くには、原撃を受けた家の瓦や食器、ガラスなどが、
当時のままに地層となって残っています。
当時の被害を窺い知ることができます。
山王神社
タクシーに乗り、父が子供のころに行って記憶に残っているという山王神社に移動。
一本足鳥居が有名なのだそうです。
神社は爆心地から東南約800メートルの位置にありながら、
その鳥居は原爆の爆風に耐え、今もなお一本足のまま立ちつづけています。

鳥居をくぐると、当時爆風で飛ばされた方の鳥居の足が置かれていました。
これがふっとぶんだからなぁ。
凄い威力だよなぁ。
どうでもいいけど、背景のマンションが景観を損ねているような。。。(^^;
ま、仕方ないですけどね。
この土地は観光のためだけにあるわけではないのだし。
眼鏡橋
再びタクシーに乗って眼鏡橋に寄ってもらいました。
ここはとっても有名な観光名所ですね。
アーチ状の橋が水面に映ると、輪が二つできて、まるで眼鏡のように見えるところから
眼鏡橋と呼ばれるようになったのだそうです。

眼鏡橋を見るのもこれで3回目(笑)
この橋を最初に橋を見た時は、夏だったからか川の水が干上がって
ちっとも眼鏡に見えなかったのを思えてます(笑)
今回は見事に眼鏡になってました。
しかもこの日から「あじさい祭り」が開催されたとのことで、
橋の周囲にはこれでもかというくらい紫陽花の鉢植えが飾られて
とても美しい景観でした。
橋の近くのカステラ屋「匠寛堂」さんでカステラを購入。
ここのカステラは毎年皇室に献上しているんだそうです。
とても上品な味で美味しいです。
去年来た時にタクシーの運転手さんに教えてもらってから
すっかりお気に入りのお店です。
店員さんの対応がとても丁寧で、好感が持てます。
大した金額買ってないのに、店外までお見送りしてくれました。
オランダ坂
ホテルに戻って、今日も夕方までお昼寝。
ちょっぴり寝るだけでも大分回復します。
スペイン人のシエスタは理に適っていると思いました(笑)
ホテルから歩いて、派手な「孔子廟」の脇を通り、「オランダ坂」に向かいました。
坂はちょっと急ですが、石畳の道に夕日が差してなかなか雰囲気があります。
このあたりはかつて外国人居留地だったそうで、「東山手洋館群」と呼ばれ、
古い洋館がいくつも残っています。
残念ながら有名な東山手十二番館も、古写真資料館も、
上野彦馬写真館も17時を過ぎていたので閉まっていました。
※上野彦馬は、オランダの医師ポンペのもとで舎密学(化学)を学ぶうちに写真と出会い
スイス人写真家ロッシェのもとで写真技術の指導を受けました。
著名人の写真や、西南戦争の記録写真などを残しています。
残念といえば、オランダ坂は車の抜け道に使われるらしく、
狭い道をびゅんびゅん車が走ってくるのが怖かったです。
有名な切り通しは、素敵な景観ですが、ここも車がびゅんびゅん通ってました(^^;
写真撮るまで2分くらい待ったかも。

風雲児焼とり「竜馬」
この日は、築町電停そばの「竜馬」というお店で夕食。
ご亭主は大の龍馬好きで、長崎の坂本竜馬像建立の発起人なのだそうです。
おお、それは凄い。
店内には龍馬ゆかりのグッズやら、店に訪れた人の名刺やらであふれてました。
(中には診察券とか、定期券とかを貼っている人もいました・笑)

焼き鳥はとても美味しかったです。
バラ磯辺焼き・土佐焼き・とり身梅肉・バラの田楽などメニューもいっぱい。
私としてはレバーとつくねがお気に入り。
そしてこのお店には、ビール「竜馬」も、日本酒「竜馬」も、
焼酎「竜馬」も「船中八策」もあります(笑)
龍馬ファンにはたまらんものがあります。
どれも美味しいです。
(ほんとはビールは飲んでないけどきっと美味しいに違いない!)

ミーハー大全開な私と母は、ご亭主と一緒に写真も撮らせて頂きました。
とってもシャイなご亭主には、ご迷惑だったかもしれません。
その節はありがとうございました。
帰り際につい「また来ます!」と言ってしまいました(笑)
そして酩酊状態で長崎電気軌道に乗った私たち家族は、
最寄りの電停を乗り越して終点まで行ってしまいましたとさ(笑)
3日目
風頭公園
この日も良く晴れていました。
お疲れ気味な父のことも考慮して、まずは一番高い場所に車で移動して、
そこから下ってくる行程にしようということに。
バスターミナルに荷物を置いて、タクシーで一気に風頭公園へ。
車はどんどん坂道を登って行きます。
思っていたより標高高いじゃん!
車で来て正解でした。
公園の入口を入り、まずハタ上げ場(長崎弁でハタは「凧」のことなんだそうです)に。
公園の一番高い場所にある広場で、確かに凧上げには最適な、
風の通る場所です。
「けんか凧」を楽しむ場所としても有名なんだそうです。
360度のパノラマで、山も海も見渡せます。

いい景色だなぁと思って写真を撮ろうと思ったら、
なんと私のカメラがありません!!
うっかりタクシーに置いてきてしまったことに気付きました。
どこのタクシー会社かも分からないし、
運転手さんのお名前も知らないし、
領収書も貰ってなかったし。
もう諦めるしかないな…とがっくりしていたその時。
「あ!さっきのお客さん!」とタクシーの運転手さんが
わざわざカメラを持って、私たちを探しにきてくれたのでした。
え〜、なんて優しい方でしょう!
「公園一周しちゃいましたよ」とおっしゃっていて、
更に恐縮。
お礼を言ってカメラを受け取りましたが、
お名前を聞いておけば良かったなぁと後で後悔しました。
多分「エースタクシー」の方だったかと思います。
その節はありがとうございました。
皆さま、長崎観光するときには是非エースタクシーをご利用ください(笑)
宣伝でした(笑)
そういえば、2日目にもお店を探して地図を眺めていたら、
道行くお姉さんが「どこをお探しですか?」と
やさしく声をかけてくださったし、
長崎の人は親切な人が多いなぁ。
観光の街だからかしら。
風土のせいかしら。
さて、カメラも無事戻ったことですし、観光です。
公園の中を歩いて行くと右手に風頭大権現があり、左手に墓地が見えてきます。
墓地へと降りていくと、日本初の商業カメラマン上野彦馬氏の墓があります。
上野家代々のお墓をきれいに清掃している方々がいらっしゃいました。
そこを脇からお邪魔して写真を撮らせて頂き、すぐに退散しました。
ちゃんと手を合わせてきたかったんだけどな。

その墓地のすぐそばの展望広場に、我らが坂本龍馬の銅像が立っています。
上記の風雲児焼き鳥「竜馬」のご主人が発起人となって建立した龍馬像です。

腕を組み長崎の街を見下ろす姿は堂々たるものです。
背後には海援隊の旗がはためいておりました。
高知の桂浜の龍馬像よりも若干たくましい気がします。
桂浜で龍馬像を見たときは思わず嬉しくて涙してしまったワタクシですが(←ばか)
今回は泣きませんでした(あたりまえだ)
でもブーツのつま先にべたべた触ってきました(笑)
像の目の前には司馬遼太郎作「竜馬がゆく」の文学碑があります。
小説の一文が記されていました。

更に公園内を歩いてゆくと、展望台があります。
こちらも中々の眺望です。
大浦湾がよく見渡せました。
一応見所はここでおしまいです。
更に園内を進むと、グラウンドが出没。
その横から「龍馬通り」が始まります。
金網破けてますけどー(笑)

民家の間を抜け、入り組んだ道を下っていきます。
亀山社中資料館はどうやって行けばいいんだっけ?と迷っていたら、
近くの家に住んでいるおじさんが、窓辺から
「こっちの道に進んだ方がいいよ。亀山焼の窯跡があるし」と
教えてくれました。
やっぱり親切だー。
若宮稲荷神社
道を下っていくと、、江戸時代後期の長崎で作られた陶磁器「亀山焼」の
登り窯があった場所に出ます。

建物の窓辺に当時の亀山焼の破片などが陳列されていました。
(長崎歴史文化博物館にも展示されています)
更に進みます。
小川のむこうに小さな赤い鳥居が見えます。

若宮稲荷神社
更にその奥にはお狐様がいます。
こぢんまりした稲荷神社です。
「ここに亀山社中の皆さんもお参りしたのね」(笑)ということで、
私もお参りし、おみくじまで引いてしましました。
「中吉」でした。
社殿の脇に行ってみると、なんとこのお稲荷さん、
向拝の背面から本殿まで、岩の上に建ってます!
すごい!
全然こぢんまりじゃありませんでした。
ここで催される特殊神事の「竹ン芸」は市の文化財に指定されているのだそうです。
亀山社中資料館
お稲荷さんのすぐそばに亀山社中資料館があります。
入口からしてマニアな匂いがします(笑)
中へ入ると、大きな龍馬の写真パネルが見えます。
そして壁一面に幕末当時活躍した人たちの古写真がずらーっと(しかもかなり雑然と)
貼られてます。

ここは長州コーナー(笑)
そこの案内をしているご主人が大変気さくな方で、
私の実家付近に昔住んでいた、というお話を延々と語ってくれました(笑)
もうちょっと写真が見たいんだけど(^^;。。。と思うものの、
ご主人はずっと地元の話をして離してくれませんでした(笑)

龍馬愛用のスミスアンドウェッソン。
しかし、さすがにこれじゃいかんと気付いたのか、
亀山社中ハンテン(?)を着せてもらい、龍馬パネルと記念写真を
撮ってくれました。
いや、それより、あそこに飾ってある「海援隊変換図」をもっと詳しく
ミセテクレー!(笑)
最後におじさんは、慶応三年に起こった「イカルス号事件」で、
亀山社中が英艦イカルス号の水夫を殺害したという嫌疑をかけられた時の
お話をしてくれました。
その時龍馬は、兄の権平に宛てて事件の経緯を説明した手紙を送ったのだそうです。
ほー、それは興味深い。
この亀山社中資料館では、その手紙をプリントした手拭いを売っていて、
私も母も早速それをお土産にしました。
なんだよ、おじさん商売上手だなー!(笑)

左側にある文字の手ぬぐいがそれ。
私の大事なお土産の数々でした(笑)
結局資料館には何が飾られてるかよく分からなかったものの(笑)、
龍馬がこの地に愛されていることがよく分かりました。
そしてここのご主人がとてもいい人だということも分かりました。
龍馬のブーツ像
資料館を出て更に坂道を下っていくと
見晴らしのいい場所に出ます。
海の見渡せる場所に巨大な「龍馬のブーツ」像がありました。
ブーツの前には船の舵が置いてあります。
なんだか素敵だなぁ。

そのブーツは自由に履いていいということだったので、
私も母も、喜んで履いて写真を撮りました!

晴れてて良かったなぁ。
雨が降ってたら履けないもんなぁ。
亀山社中跡
ブーツ像のすぐ近くが亀山社中跡です。
私が行った時には工事中で、家屋全体に足場が組まれ、覆いが掛かってました。
今までは中を見ることができませんでしたが、
8月1日には公開するそうです。
それは行く前から知ってたんですが、やっぱりちらっとでも見たかったな。
仕方ないので、碑だけ撮ってきました。

やっぱり長崎にまた来なければ!
龍馬通り
寺町の禅林寺脇から風頭公園に至る道を「龍馬通り」と呼びます。
寺の裏側なので、ほとんど墓地の間を通り抜けるかんじです。
亀山社中の皆さんが使っていた道なんですね。
感慨深いです。

道の途中にはいくつも看板が立っており、
亀山社中に関係した人々のことが書いてあります。

こんな案内板もあります(笑)
なんだかやる気のない饅頭屋(笑)
下の看板に設置したQRコードを取得すれば音声ガイドも聞けるそうです。
この道を下から登っていく人たちには、いい気分転換になるのでは。
けっこう長くてきつい坂なので。

体力に自身のない方は上から下りてくる順路がおすすめです。
眼鏡橋の辺りまで歩いて、やっと休憩できるお店をみつけ、
昼食をとりました。
長崎歴史文化博物館
皆疲労気味だったのでタクシーで「長崎歴史文化博物館」へ移動しました。
長崎奉行所を復元したという立派な外観と大きな門に圧倒されます。
どんだけ金かけてんだー。

門の向こうは・・・

長崎奉行所!!
立派だなぁ、おい。
長崎歴史文化博物館」は江戸時代から近代に掛けての
日欧交流の歴史を中心に展示されています。
館内は歴史文化展示ゾーンと長崎奉行所ゾーンと特別展示場に分かれています。
まずは「長崎奉行所ゾーン」に行きました。
「長崎奉行所ゾーン」
長崎奉行所についての様々な展示があります。
実際の犯科帳(複製)の基づいて、事件のあらましを
ドラマ仕立てに説明してあったり、
歴代のお奉行様の説明があったり、
長崎奉行所があつかった歴史的な大事件の顛末が説明されていたり、
となかなか楽しいです。
下はお白州に座る私(笑)

「長崎奉行所立山役所」の内部も細部まで細かく再現されているようです。
ガイドの人に案内してもらったのですが、
長崎奉行が藩主などの応接に使った書院などは、
縁側の厠まできっちり再現されてました。
感動したのは、雨戸。
雨戸を部屋の角まで移動させると、そこで90度回転し
もう一辺の障子部分まで移動させることができるんですよ。
(説明が下手で分かりづらいと思いますが)
そんなところまで。
すごい凝りようですね。
ガイドさんの勧めで、お白州で行われる寸劇を鑑賞しました。
ボランティアの皆さんは大熱演でした。
私が見たのは「はた揚げ騒動」という演目でした。
長崎の伝統行事であるはた揚げをめぐって大喧嘩をした町人達を、
朝比奈河内守が裁きます。
終演後、名古屋産の長崎名物「こんぺいとう」(1個100円)を
買わされます(笑)
これが運営資金なのだそうです。
ボランティアですもんね。
ところで、長崎名物といえば「ちりとてちん」ですよ(笑)
はい、全然関係ありませんね。
「歴史文化展示ゾーン」
江戸末期の頃、長崎に各地から訪れた遊学者の情報をデータベース化して検索できるように
なっているときいて、是非見たい!と思っていたのですが、
奉行所ゾーンですでに力尽きた我々家族は、
結局、歴史文化展示ゾーンはほとんど素通りで終わってしまいました(^^;
ただ、唯一上野彦馬が実際に使用した写真機が見られて良かったです。
旅を満喫した我々は、長崎空港から20時の飛行機に乗り、東京へと帰って参りました。
3日間天気にも恵まれ、本当に楽しい旅となりました。
心残りもまだいっぱいあるので、またいつか行きたいです。
待ってろよ長崎!
でもその前に伏見に・・・!(笑)