「遠い国?どこの国?」

「日本、という国で海を渡った向こうにあります」



(日本ねぇ・・・・・・)

 孟徳は自室へと向かう渡り廊下を歩きながら、先ほど少女の少女の言葉を考えた。
 あどけない顔をしたあの幼い少女は、魏の中心人物であり現在最も権力を持っているといっても過言ではない孟徳を前にして、怯えるでも虚勢を張るでも無く自然体でそう言った。
 戦いの無い、平和な国。
 少女は嘘を言ってはいなかった。
 あまりにも信じがたい言葉ではあったが、彼女の危機感の無さや無防備さを見るとそんな国も存在するのではないかと思えてしまう。孟徳自身が・・・いや、いまこの国の誰もが願っている世界。

 しかし実際に長江や黄河ならまだしも、あの海を渡ってやってきた人間など一握り。しかも皆かなりのリスクを背負ってそれなりの航海をしてきてである。あの少女がそれほど強い志を持って大陸までやってきたとは、先ほどの受け答えから想像できなかった。
 他にも考えられるだけの可能性を思い浮かべては、現実的に不可能だと判断し切り捨て・・・かなりの時間を孟徳はその思考に費やしたが、彼女が発した言葉の上手い解釈を結局思いつかなかった。

(まぁ嘘はついてないけど、何か隠してるって感じかな・・・)

 あの日から習慣になっている、相手の考えていることの裏まで読み取ろうとする思考を止め、とりあえずの結論を出す。
 後は彼女にもう少し問いただすまでである。考えようにも絶対的に情報が足りていなかった。
 しかしそれは約束の本を持って、彼女の元を訪問する時で構わないだろう。

 そんなことを考えながら、孟徳は見慣れた自室に帰りつくと木簡ともまた違う『本』という代物に目を向けた。
 どんな技術を使ってあそこまで精巧に紙を生成し、同じ大きさに切り綴っているのか・・・城内にいる技術師に簡単に分析させたが答えは信じられないという悲鳴だけで、全く使い物にならなかった。あれほど繊維を均一に、しかも薄く生成する方法は、この国の中でも一番の技術と情報を持っている魏の技師であっても不可能であった。
 しかも中身もまた問題であった。『本』にはまたも精密な地図が描かれていたのである。 二つの見覚えのある川から、あの地図はこの国を描き表したものであると考えてまず間違えがない。
 さらに『本』には孫子の言葉も見られる。中の文字は読むことができないが、兵法の本の類であろう。

(伏龍の弟子っていうのも、さほど真実味が無いわけではないか)

 先の博望での戦いも彼女の策であることは疑いようが無い。そのせいで玄徳らは江夏まで逃げ延びた・・・。

「まぁ、才が有ろうが無かろうが可愛いから良いんだけどね」

 戦に出ることに彼女が意義を見出していると思ったから、誘ったが、正直どちらでも孟徳はかまわなかった。


 興味を惹かれたからだ。


 海の向こうの『日本』という国は戦が無い平和な国で、しかも国を治めているのは民衆の代表。
 この国を平定し、太平の世を目指している自分が心惹かれないわけがない。

 この国の目指すカタチを少なからず持っている場所・・・・・


「いったい本当にどこから来たんだろうね・・・・・もしもあるならそんな国」



―――――行ってみたい