よさこいとは 近年、全国的な拡がりをみせる「よさこい踊り」は、昭和29年8月に「よさこい祭り」として 高知県で始まりました。 以来、毎年8月9日から12日までの4日間、高知市内10ヶ所の 競演場で150チーム、約16,000人の踊り子が チームごとに独自の振り付け、華やかな装飾を施した地方車を先頭に舞い踊ります。 この祭りの基本的なルールはいたって簡単で「手に鳴子を持つこと」「音楽には”よさこい鳴子踊り”を取り入れること」の2点だけ。 時代の流れと共に細かなルールも加えられてきましたが、いつでもこの2点が基本のルールである事に変わりはありません。 現在では、参加者が16,000人を越えるよさこい祭りも、第1回の参加者は750人、参加団体は21チームでした。それから毎年膨らみ続け絶えず新しいものを取り入れながら、チームの個性化も進み髪型や衣装も華美になってきました。 振り付けもジャズダンス調、ヒップホップ調、日本舞踊調と様々に工夫を凝らし、音楽もロックやジャズのバンド演奏も増えてきました。 現在、全国100ヶ所以上で開催されているよさこい踊りの中でも、例年6月、札幌市内で開催される 「YOSAKOIソーランまつり」は、全国によさこい踊りが拡がるきっかけを作った事で知られています。 北海道の大学に通う一人の若者が、高知県で見たよさこい祭りに感動し、それを道内の人たちにも伝えたい想いから仲間に呼びかけて運営組織を作り、第1回を開催しました 。 それから回を重ねるごとに盛り上がりを見せ、全国の行政、経済団体などからも注目される事となり、飛び火するように 全国に拡がっていきました。 沼津でのよさこいに対する取り組み、その資料を集めるため運営委員長の原田は単身高知に乗り込みます。 目の前で繰り広げられる躍動感あふれる踊り、強烈なリズムと地響きを立てる迫力の音楽、色とりどりの衣装で沸き立つ街並みに、ただ驚嘆し奮い上がってくる感動は全身に鳥肌を立せたと言います。 祭りが終わった夜、行く宛のない原田は世話役の家を訪ねます。打ち上げの真っ最中でした。 おおぜいの学生やOBが酒を飲み、たわいもなく騒いでいました。 そして、しばらくして交わされ始めた短い挨拶。「またな…」「おお、元気でな」一人また一人といなくなっていくけれど、みんないい顔をしていたそうです。夏の4日間だけ、懐かしい顔を揃えて一緒に踊り、 祭りの終わりと共にまたそれぞれの日常に戻っていく。 沼津に戻ってからの原田は、会う人ごとに「よさこい」の説明を繰り返していました。 祭りの当日、街は熱気に包まれていました。街中を拍手と歓声が包んでいました。 祭りの終わりに狩野川階段堤で行われたフィナーレでは、原田は自分がどうあいさつしたのか よく覚えていないと言います。 人と人の心のふれあいを地肌で感じとる事ができる祭り、それが「よさこい」だと思います。 |
| よさこい東海道オフィシャルホームページより抜粋 |