親不知・子不知の由来


  名勝・天下の険「親不知・子不知」というのは、JR北陸本線親不知駅を中心に、青海・市振両駅の間約15Kmの総称である。 親不知・青海の間を「子不知の難所」、親不知・市振の間を「親不知の難所」と呼び,北アルプスの北端がガクッと日本海になられ落ちて、古来より北陸道の最大の難所として知られている。両側に断崖と荒波が迫り,旅人が危険を冒して通過したといわれ、幾多の遭難悲話を伝えている。一方、日本海に迫る懸崖、絶壁、岩礁、洞穴など大断崖と砂浜が織り成す雄大な自然景観は比類がない。

<由来> 親不知・子不知の名のおこりについては、いくつかの説がある。
1.
波打ちぎわを通るときには、親は子を忘れ、子は親をかえりみる暇がなかったから「親しらず・子しらず」だという。

2
寿永の昔、壇ノ浦で滅びた平家の一族池大納言平頼盛(イケノ・ダイナゴン・タイラノ・ヨリモリ)は、死ぬべき命を敵の源氏に助けたれたが、京童(キョーワラベ)の悪評にいたたまらず、おのが領地の越後の蒲原の五百刈村へ隠れた。この夫をしたって奥方もまたこの天険を通りかかり、ふところの愛児をさらわれた。悲しみのあまり次の一首をよんだという。”親しらず子はこの浦の波まくら越路(コシジ)の磯のあわと消えゆく”この和歌によって、以来「親不知子不知(オヤシラズ・コシラズ)」と天下の険を呼ぶようになった