2005.1.22〜26
ハワイ紀行

ハワイの浜辺はちょうど満月の夜だった。関空を22日の夜9時にノースウェスト機で
出発、ハワイには同じ22日の朝8時過ぎに到着。飛行時間は6時間15分だった。・
その日の昼間はホテルでゆっくりし、夕方からみんなで船による夕食会に参加した。
フラダンスを見ながらさあ食事となった頃、あまり波があるようには思えないのに、気
分がすぐれなくなり、ステーキがでたのにフォークを刺すこともなく、ほうほうのテイで
ホテルにすっ飛んで帰って寝た。
・
写真は揺れる船内から撮ったもので、すでに船酔いも激しかった。
往きの飛行機はDC-10であったが、座席の手摺に灰皿があった。
もう機内禁煙になって、久しいと思うがまだこんな昔の飛行機かと
少々不安になったものだ。
・
散歩にでたとたん、おうアメリカだと思う光景に出会った。この単車
の男女はもうリタイヤしたような夫婦に見えた。ハワイはなんでもあ
りの土地柄である。乗用車を見ているかぎりは日本にいるような錯
覚に陥った。車は小型車ばかりであった。 ・

前方に見える平べったい山は「ダイヤモンドヘッド」の一部である。
夜の散歩は少し怖いような気がするので、明るいうちにこんな格好
に「ダイヤモンドヘッド」が見えるところまで、歩いてきた。 ・
関空へ車で行く途中、高松の屋島を見て息子が「ダイヤモンドヘッ
ドみたいだ」と言ったとき「ダイヤモンドヘッドはあんなにぺちゃんと
した山ではないぞ」と言おうとしてやめたことを「よかった」と思った。
ワイキキの浜辺での夕食。女性に囲まれての食事はのどを通らない。やはりホテルの
沸騰しない湯でカップうどんが私には似合っているような気がする。 ・
その点うちの息子の嫁は近代女性の典型で、英語はペラペラだし、買い物をするときに
連れ歩くと便利である。それにしても足がながいのが気になる。こんなボーイッシュな格
好は初めて見た。 ・

ハワイへ行ってるあいだ、あまり息子の顔を見なかった。でもちゃんと
親孝行をしているではないか。金銭的には出されっ放しだと思うが・・。
アメリカ大統領?もハワイへ遊びにきていたのには驚いた。 ・

夕暮れのワイキキの浜辺、人それぞれ何を語るのだろう。
靴のなかに入った砂をとるのも、日本人らしいではないか。
いよいよ明日は結婚式である。どんな思いで臨むべきかな
んて考えるのは、花嫁の父だけか。腕を組んで歩き始める
のはどちらの足からか。手と足が揃ってしまわないか、涙は
でないか。夕日に向かって叫びたかった。「もうよそう」と。・

いよいよホテルの一室でメイクが始まった。このホテル専属の日本人で
その美しさに、しばし見入っていた。 ・
お迎えのリムジンで教会まで。新郎のお父さんが心配そうに見守ってくれ
ていた。アロハが板についている。 ・

いつの間にこんな馬車に乗り換えたのか、わたしたちがバスで到着
したころには、街を馬車が走っていた。沿道でみんなに祝福されて、
皇太子妃のような気分が味わえたらしい。馬車を雇うのも安くはある
まい。 ・

セント・アンドリュース教会のなか、本番では写真撮影は許可にならない
らしいので、リハのときに撮らせてもらった。本番ではないから花婿も緊
張感に欠けたかもしれない。やはり嫁にやってしまったと思うのは、固め
のキッスなんかより、この一瞬かもしれない。
・
広い大聖堂のなかの一つまみのギャラリー、みんなそれぞれにいろいろな思いで
この結婚式の進行を見守ってくれたであろう。諸人すべての人に感謝いたします。

このシーンの左半分はどこかで記憶があると思いますが、本当は右半分にも家族
がいたのであります。牧師が自分の大聖堂をなんとかうまく見せようとおもい、座り
込んで写した一枚である。バックの天井の広がりを見せたかったに違いない。人物
の足なんか、ちょん切って平気である。 でも考え方によるが、この描写力になにか
新鮮さを感じるのは私だけだろうか。牧師、よく撮ってくれたアーメン。 ・

ライスシャワーに祝福されて、教会を飛び出していった。
それにしても、長い乗用車があったものである。
・

これがハワイツアーの全員集合である。撮影者は美人メイク・スタイリストの方に
お願いした。ものすごい露出不足だったが、文句も言わず一生懸命補修正した。
カメラマンは、スタイリスト、牧師、運転手、コーディネイターのそれぞれが2〜3台
のカメラをあやつっていた。少々の露出不足はきれいな顔に免じて寛大である。。


ささやかな宴の会場が某ホテルの中庭だった。この近くの住宅街は、日本でいえば
田園調布なみらしい。・ちょうど夕日が沈みかけた時間で、山手のほうが、夕立雲が
低くたちこめパラパラと雨が降った。日本で言う降り込みといって、縁起にいいことか
もしれない。 きれいな虹がでていた。 ・

新郎の大学時代の友人が、東京から駆けつけてくれたらしい。
ちょっと東京から京都まで、駆けつけてくれたのとは訳が違うの
で、やはり生涯の友となる二人ではなかろうか。友情というもの
は大事にしたいものである。 ・

しゃぼん玉に迎えられて、新郎・新婦の入場である。新婦はオリーブ色のワンピースを
着ていた。あまり見かけない色の洋服なのだが、妙に似合っていた。 ・

ケーキカットしたケーキを新郎や新婦の顔にペチャっと押し付けるのが
ハワイ流らしいが、そこは日本人、あとの始末のことを考えてほどほど
にした。 ・

宴に華をそえるべく、祝いにかけつけてくれたダンサーと歌手であった。歌もうまいし
フラダンサーは踊りながら、目でものをいう可憐な乙女であった。歌にあわせて踊る。
20曲ほと歌い踊ってくれたが、飽きることをしらなかった。 ・

これが二人の一番の素顔のような気がする。陽子よ、このように笑顔を
忘れず、泰典君についていくように。いつまでも『やっちゅ』などと呼ぶの
はほどほどに・・・・・。 ・
おまえは中学の頃より、オードリー・ヘップバーンのフアンだったと思うが
彼女を彷彿させるようなドレスだ。よく似合っているぞ。 ・

およそ一年先輩の弟夫婦が、無邪気にシャボン玉であそんでいる。
夫婦ともに顔が小さい。現代人である。 ・
新郎のおとうさん、おかあさんも、いろいろ準備に大変だっただろうと
推察されます。ほんとうにご苦労様でした。今回は結納のときと違い
父親の挨拶はうまくいきましたね。大変お上手でした。 ・

話に花が咲き、宴たけなわといったところ。新郎側幸田家の方々だが、みなさん
竹を割ったような人達。朝はやくから「あんたとあんたに何ドル貸してある。さあさ
あ返してよ」とか、新婦側の人達がいるところで話ができる。そんなことが言える
親戚付き合いでありたい。羨ましいと思った。・ ・

新郎のおねえちゃん二人である。キュートな二人。挨拶に回っていたとき、ふたりのところ
でどちらかのおねえちゃんに何かをいわれたのだろう、それから新郎の涙が止まらなくな
った。 ・

それからしばらく新郎の涙はとまるところを知らなかった。最後のお礼の挨拶を
するころもまだ泣いていた。「泣き芸」とかいいながら・・・・・。 ・

最後はみんなでフラダンスを踊った。先生のお手本をまえに。
なかには盆踊りみたいな人もいるが、要は気持ちなのでいい
と思う。いよいよフィナーレと思うとみんな大胆である。 ・

次の日の午後、あくまでも快晴である。一大イベントを終え帰路につく。ホノルル空港を
ダイヤモンドヘッドに向かって飛び立ち、一度旋回して西向きになる。 ・
高度3000mくらいからワイキキを見下ろしたところである。往きは6時間、帰りは10時
間と偏西風に逆らって飛ぶので大きな差があるらしい。 ・
ハワイ。もういいかとも思うし、10日も経つと懐かしいもう一度いってもみたいとも思う。
Photo: FUJI S1-Pro CanonIXY
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