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城下町、むらまつ の方言
意味については、なかなかうまく当てはまる言葉がありません。ひまな時に村松人の意見を聞きながら順次、標準語を当てはめていぐすけね。
村松(旧:新潟県中蒲原郡村松町)の方言について情報をお持ちの方はお知らせ下さい。
メール 又はFAX0250-58-7654 で情報をお待ちしております。

ホームズの乏しい知識と、雄弁に村松弁を語る三浦祐子(宅建主任者)さん、五十嵐博之(ホームズの釣りの師匠)さん、大島康博(靴&バック大嶋、キャプ10代表)さんの指導を受け作成しました。
わかりやすく標準語に変換したつもりですが、変換自体方言だったり、まちごていたりして分けわからねとこがあるかもしんねども勘弁してくんねや

平成23年11月5日第15次、追加・訂正
方 言 意 味 使 い 方
あ行
あいそもくそもね 愛嬌や人情がない・ツンとして笑顔のない冷たくキツイ人
あっちぇ 暑い・熱い 「おらとこの家はクーラーがのてあっちぇがんさ」・「咲花はあっちぇ温泉だがね」
あったらもんだ もったいない
あげ 仲間はずれ
あたける 子供が駄々をこねて手足をバタバタさせる・うるさく騒ぎまわる
あだける あまされると同意語・はだけるの意味もあり 「きもんの裾があだける」=着物の裾がはだける
あのがん
あまされる (子供が)悪ふざけをする あまされてばっかいるもんでね
あぶる 主に食べ物を焼いて食べる時の焼く行為
あぐらしい うるさい・せわしい あぐらしいったらあったもんでねぇ
あてずっぽ 第3レース、あてずっぽで決めたら、当たってしもた
あめあたま バーコード頭・髪の毛が無い頭
あんげなこと あんなこと また、あんげなことゆうて
あんにゃ・あんにゃま 兄、兄弟の年長者のこと・ちなみに弟のことは「おんちゃ・おんちゃま」という
いいにがする 良い臭いがする 「夕方になると夕食の準備でいいにがしてくる」
いーきになる 生意気になる・有頂天になる
いか 凧・子供が空に揚げて遊ぶタコのことをなぜかイカという
いぎしな 行きがけ 会社のいぎしなに郵便出してって
いぎなった 行ってしまった きーもにだすけ、へぇいぎなったけね。
いぎなんな 行かないで・行かないでください いぎなんな
いぎとねぇ 行きたくない 「おら歯医者ないぎとね」
いさかい 喧嘩 いさかいなばっかしてるもんでねぇ
いちがいこき 強情な人・自分勝手な人・傲慢な人・頑固 いちがいこきだすけ、ゆうてもきかねろう。
いっぺこと たくさん まんまいっぺこと盛ってくんねや
いっくらでもね 大した数量ではない・少ない いっくらでもねすけ、俺がおごってやるがね
いっちゃさき 最初
いとしげ 可愛い 「ばかいとしげな子だこと=とっても可愛いお子様ですこと」ホームズも幼年期にはよく言われました
いぎね・いぎねや 行きなさい おまんもいぎね
いごてば 行きましょう 一緒にフリーマーケットいごてば
いなんね 居ない・居られない ここのしょ、いなんねろっかどこいぎなったろ
いね・いねてば 居ない・居ないですよ 朝からいねてば
いってか 時間的に遅れている様子 いってかこね=なかなか来ない
いはらい 側溝や排水溝を掃除すること
うそこき 嘘つき ○□○□はうそこきで問題ならね
うっすらげな 馬鹿みたい
うっめがんだ 美味しい物  反対=うっもねがんだ
うわっぱり 羽織るものの総称・現在のウィンドブレーカーのようなもの
おっかね 怖い 家のかみさんはおっかねがんだすけ
おおばら ちらかっている・整理整頓が出来ていない
おおばらはちかん
・おおばらこくたい
ひどくちらかっている おおばらはちかんな家だこと
おおめなせる しおきをする
おしけらがす 押し倒す
おじ 弟・語尾を上げると伯父・叔父となり、語尾を下げると弟となる
おじ直り 兄嫁直り
おば 妹・語尾を上げると叔母・伯母となり、語尾を下げると妹となる
おぞせ・おどせ 雑炊 ちゅうはん(昼食)はおぞせにしょっか
おもっしゃがって 面白がる PS2おもっしゃがってばかいて、なんにも勉強しのなった
おもっしぇ 面白い
おもっしょね つまらない・面白くない
おまん 貴方・貴女 おまんとこのおんちゃまは、何年生だべね=貴方のご次男は灘校の何年生ですか
おめつけね わすれていた・うっかりしていた。 そんげなことおめつけねかった。
おんちゃ・おんちゃま 次男坊 ○○さんとこの、おんちゃまでいなったなぁ
おばんなりました 夕方や夜の挨拶 こんばんは 村松では「おばんなりました」といって訪問します。「こんばんは」というと誰か知らない人が来た?と警戒します。
おなごしょ 女性達
おとこしょ 男性達
おらとこ 我家・僕の家・手前ども
おらって・わって 僕達・私達 おらっての先生、バカ美人だ
か行
がおった・がおる 困った・困る ○○○にはがおってしまうてば
かりんこりん
かれんこりん
氷柱
がいるまっちょ
かがっぽい まぶしい やぁいや、あんまかがぽってみいねかったてば
貴様・おまえ
かたねる かつぐ・肩に物を乗せる
がっとだ 強力だ・強い・大きい がっとなトラクターだね
かっぽかぽ ぶかぶか この靴かっぽかぽで歩かんね
かんご 桑の実
かんもす かき回す・混乱させる せい風呂、あっちぇすけかんもしてから入んね
かんべぇ ごめんね・かんべんして かんべぇ、かんべぇね、こんどきいつけるすけ、かんべぇね
かーえかーいぇ かゆい 背中がかーえ
きーみせ 異性の気を引くため、必要以上に自分を目立たせる行為や言動そぶりなど
きーもみ
きーもに
短気・気がもめる人・気がもめて常に早めの行動をするが、落ち着きがないため事故をおこしやすい人
きっつぇ きつい・難儀・厳しい
ぎっちょ 左利き おまんぎっちょだけね
きないや 来てください・来ませんか
きなんなや 来ないでください
きめじょこ どうせ私なんてとすぐ悲観する人の総称
きびしょ 急須
きめる きめじょうごの人が、きめモードに入った状態
きたてば 来ました・来たぞ
くらすける しおきをする・手を挙げて叱る ○○○や□□□はくらすけねばだめだ
ぐるわ 周り・外周
くっせ いやな時する表情を「くっせ顔」という・いやな臭いも単に「くっせ」と言 くっせー、だれだへーしたの(臭い、おならをしたのは誰)
くね 垣根・生垣
げっぽ 順位が最下位のこと おらとこの子は、いっつもげっぽだがね
けっぽる 蹴る
けむてぇ けむい
こきったね 汚い・汚れている こきったね部屋だ
ごうじょっぱり 強情な人 ごうじょっぱりでがおるでは
ごうぎだ 強情、頑固
こちょばす くすぐる
こっつらの・こっつらがん こんなもの・価値の無いもの・粗末な物
こっこ 黄色く着色された沢庵漬
ごっつぉ ごちそう 今日は誕生日だすけ、なにごっつぉだろっか
こざく 川や雪の中を歩くこと 川の向こう側へこざいて渡った
こみっともね 憎らしい こみっともねったらあったもんでねぇ
こびり 虫押さえ・お腹がすいた食間に食べる少ない量の食事
こんげがん こんなこと
こんつばか ちょっと 少しばかり こんつばかでわーりども食べてくんねや
さ行
ざいご 田舎・さいごは在京と書いて、故郷あらわす
さんじょっぱらい いいかげんで最後まで物事をやらない・中途半端な
しかも たくさん 思ったより多い 今年は公魚がしかも釣れたてば
「○□○□より村松の方がしかも住みやぁせろう」)注意:鹿も住み易い?と、まちがいなんな。
しゃべっちょこき 口がかるい・おしゃべり あのしゃべっちょこきがまたしゃべったなぁ
しっぱね 雨降りの時、自分で跳ねた雨水で自分の足が汚れること
しっし じゃんけんぽん
しじゃらほじゃら 出鱈目・わけがわからない 確定申告だってがんに、帳面がしじゃらほじゃらでがおってしまう
しなに 際に・時に 帰りしなに寄ってくんねや
しゃれこき お洒落な人 しゃれこかんたって、たくさん美人だがねぇ
しょうし 恥ずかしい・恥ずかしがりや 趣味が農機具磨きだなんてしょうしでなに紹介できろば、だっけいつんなっても嫁がこねがんだがね
じみ ミミズ
しょったれ 不潔者 このしょったれしゃれこき
しょってば  何々しましょう
しわぎつける ひっぱたく
しんのみ 味噌汁の具 おらとこのしんのみはいっつも芋と菜っ葉ばっかだ
しんけ 気が短い人・豹変する人 ○○○はしんけたかりだかも
ずくなし 不器用者
ずる 動く やーいや、地震で家がずってたまげた
ずらね 動かない バスがえんこしたすけ、みんなしておしたども、ずらねかった
せつねぇ 難儀・我慢してつらいこと こないだインフルエンザにかかってせつねかったてば
ぜん お金 貨幣
そういんさねぇ そうなんです そうそう、そういんさねぇ
そうだすけ だから そうだすけさぁ
そうだども でも・しかし そうだどもさぁ
そうせってば そのようにしましょう・しなさい そうせってば、絶対まちがいねぇがね
そっつらがん つまらない物 そっつらがん、おらいらねぇ
そんげながん・そんげなこと つまらないこと・そのようなこと
そんまそこ すぐ近く アパートはそんまそこだすけ
そろっと それでは・そろそろ そろっと行ってみよか
た行
たがく 手に持つ・持って歩く
たまげた 驚いた おら、たまげた
たまがす 驚かす
だってや ○○だそうです 合併後の市名は五泉市だってや
だってねがんだ
だれこっぱいだれこっぺだりこっぱい 部屋などが整理整頓されていないこと だれこっぱいだども、どうそあがんねや
だすけ だから・ですから だすけ、ゆうたろ
ちょす いたずして触る あんまちょしてばっかいるとぼっこれるすけ
ちょすな さわるな
ちんこて・ちんこた 小さい・小さな あのちんこてもんがおまんとこの父ちゃんだ
ちょうもっこ 箸にも棒にもかからない
つるったぐり 一番下の子供のこと これおらとこのつるったぐりだがね
つぎ
つんもぐる 水や雪の中にうっかり入ること
でんぐるま 肩車
てろーん ぼけっと・ぼあっと
とっぱづか 過失・偶然相手に害を与える とっぱづかだがんに勘弁して
どくされ 臆病者
な行
貴方
な〜 同調を求める時に使う・○○だよな〜
なぎ 天気 明日のなぎなじだ
なーして どうして?
なにゆうてきすかる なに言っているのですか
なまらはんか 中途半端
なじだべね いかがですか。ご機嫌はいかがですか
にごじゅう・二五十 いいかげん あの男な万事二五十だすけ、ほんきだしてきくな
ねぼこき 起きたばかりで頭の回転が鈍い様子・寝坊・この方言を夜中に読んでいる人のこと
ねっちょこき 根に持って、陰湿ないたずら等、迷惑なことをする人 ○○○をかまうとねっちょこかれるぞ
ねら 貴方がた・君たち ねら、よう聴け、明日は8時集合だすけ
のめしこき 無精者・ホームズのこと のめしこきで、まだ寝ているがね
のめくる
はったころぶ
つまずいてたおれる   
は行
はつめ 器用な
はやす 包丁で切ること
ぱっち めんこのこと・ホームズが子供の頃、ぱっちとビー玉で遊びました。
はらくっちぇ 満腹 やぁいや、はらくっちょて、とっても食べらんねてば
ばらはちかん 乱雑
はっけ 冷たい 早出川より仙見川の水がはっけがんだよ
はじけこき おせっかい
はんぎりっこ 仲間はずれ
ひとかたけふたかたけ・みいかたけ 一食分・二食分・三食分
びちゃる 捨てる
ひっと ものすごく ひっといいことがあった 
ふっとつ いっぱい・満杯 今のせい風呂はお湯がふっとつになる前に止まるがんだって
ふっちゃばく・ふっつあばく 破くこと
へご 籠などの入れ物が凹があること
ほいとこ 食べ物に関して口が汚い・物ほしがり 食いしん坊
ほうりっこ・ほうり 側溝 主に土側溝
ぼっかける 追いかける 巡査がぼっかけたども、にげらったがね
ぼっこす 壊す
ぼっこれる 壊れる やいや大雪で屋根がぼっこれるてば
ぼったくる、ぼったくった 追いかける。追いかけた。野良猫を追いかけた
ぽんつく バカ・まぬけ
ま行
まいそこき 悪意のある「ごますり」 日本は○○○にまいそばっかこいている
まだらっこい・まだらっけ のろい、鈍感
まんぱち ちぐはぐ・左右が合っていないような場合に使う言葉
みば 体裁のこと 「みばが良い、みばが悪い」などと使う・「みばわありすけ、そんげ格好ばっかしなんな」
めんどくっせ 面倒だ 「村松の方言を編集するのはめんどくっせかった
もしかあんにゃ 次男のこと・長男が万一死亡した場合、次男が長男に代わって後を継ぐ、もしかしたら兄の役目をする人
もんぼれる 気が狂う・すぐ忘れる あいや、おれもんぼれたろっか、へえ忘れてしもた
もうぞ 寝言
や・ら・わ行
やでもか どうしても
やぼこき 屁理屈で無理を通す人 やぼこきだすけ、ちょうもっこだ
よっぱら あきてしまうこと・いやになること・たいくつ そろっとよっぱらなった
ヨピカリヨッピカリ 夜ふかし
わらいじょうご なんでもすぐ笑うこと
うんな あなた・君・おまえ うんなの自動車、片目だぞ
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旧:新潟県中蒲原郡村松町の幕末期町内名
村松の地名の発祥については、よくわかっていませんが、郷社、日枝神社及び寺町の正圓寺は延暦15(西暦796)、村社、住吉神社及び清水寺は大同元年(西暦806)にそれぞれ創建されたと伝えられます。ですから、村松町は平安時代に早くも一集落を成していたものと思われます。しかし、当時「村松」と称していたかは不明です。
 永徳2(西暦1382)に日枝神社へ奉納された鰐口に村松山王大権現の刻銘があり、文字ではこれが「村松」として、初めて現れたものです。
丸の内 本丁通 本丸(現城跡公園)前の通りで、藩の重臣の屋敷が並ぶ通りであった。
城跡橋に向かって左は、かつてはりっぱな土塀、長屋門をかまえた筆頭家老堀右衛門三郎の大きな屋敷跡である。
ここは戌辰戦争後藩主の仮の御殿として用いられた。
仲丁(中丁) 本丁と馬場丁の中間なので仲がついたという。大手門の内側なのでここは城内、丸の内になる。
身分の高い武士の屋敷地になっていた。
(私、Mr.ホームズの自宅も仲丁である。地番表示では「字城跡」となり、城絵図をみると、城の南土蔵跡である。)
馬場丁 今の通りの西側に土を積み上げ築いた土塁があって、その内側のもう一つの土塁の間が馬術を練習する馬場として使われていた。
大手門の南のあたりに厩(うまや)があった。
源太小路 源太という人の名前には諸説があって、正確なことはわからない。このあたりは、重臣級の身分の高い屋敷が並んでいた。
搦手通

搦手門が公民館分館前のあたりにあった。
搦手門の西は城内になる。桐林との交差点より二三軒町よりの所に、門に向かってまっすぐに進めないように、桝形の土塁が設けてあった。

大手通 役場(現在の五泉市役所村松支所)の角のあたりに大手門があった。桐林の角から少し町よりに桝形の土塁が築いてあって、大手門を守る仕掛けになっていた。
大手門の外に当たるこのあたりにも武士の屋敷がつくられていた。
桐林

古い町絵図ではここに通りがなく林地になっていた。戦の時切り倒して障碍として利用する工夫と思われる。
育ちが早く、利用価値の多い桐が植えられたのだろう。

六軒丁 この町ができた当時は通りの東西に三軒ずつ屋敷があったので六軒丁と呼ばれたという。
その後、家数が増えたが名前が昔通りに残った。
新丁 嘉永年間(1848-1852)、藩士が増加したため町の北側に新しい武家屋敷が作られた
天保
14年(1843)九代藩主直央が城主格に昇進し、城郭の整備をした。また外国船の来日、農民の一揆など内外の問題が多かったことも藩士増加の背景にある。
丸の内には、ほか四ツ屋丁、本堂門通り、大手門外、搦手門外、場丁などの町名があった。
西丁 御徒士町
徒士(かち)、兵卒の身分の武士たちの屋敷があった町。
ここはお城の南御殿のすぐ近くなので、門番、庭番など特別な任務もあったといわれている。
長柄町 主に長柄組(槍など柄の長い武器を使って戦う集団)の兵卒が住まった町である。
軍備の編成で同じ役目の武士たちの住居をまとめて町をつくった。
本堂町 兵卒に相当する武士たちの住まいのあった町である。「本堂」の由来は、近くにあった金剛院の本堂、或いは薬師様を祀った本堂山との関わり、お不動様などいろいろ考えられるが、正確なところは記録に乏しくわかっていない。
片町

当初片側にしか家がなかったので片町と呼ばれた。
お城の南側に位置に御徒士町、長柄町、本堂町、片町と、兵卒の町(まとめて西丁という)をつくって守りとした城下町設計である。
一番南側、片町の道を特別に狭くして家を片側に並べたのは、防衛上の工夫からという。

横丁
東丁 浦町 表通り(下町)に対して裏に当たる通り。裏のイメージを避けて浦の字を使っている。鍛冶丁、六軒丁を含め、この線から東、根木町、宝町の武士の町を東丁という。
鍛冶丁
城下町づくりの際、鍛冶職人をまとめて住まわせた
丁の字が用いられていることから武家方、刀などの武具をつくる鍛冶屋の町であったことがわかる。
九軒丁

鍛冶職人、大工、武具師などの職人の家が九軒あったことからこの名ができた。
お城ご用の職人であったことから丁の字からうかがえる。後に家数が増えたが当初の九軒の名が残った。

新町 新町であるから当初はここに町がなかったことになるが、いつごろひらかれた町であるかは記録が乏しくわかっていない。
兵卒に相当する武士の屋敷があった。
根木町 藩政以前からあった町と考えられている。根木は根小屋または根城から由来するが、古い記録がなく詳でない。
古くからの町並みをはさむようにここに武士の住まいを設けたのは防衛上の工夫と考えられる。
宝町 宝暦年間(1751-1764)家臣の増加に伴って作られた。兵卒に相当する身分の武士を住まわせた町である。宝暦の宝の字をとって宝町にしたという。
下町組 下町       大手通りから搦手通りまでの間が下町。堀氏入封前の宿場町時代からの町通りで、藩のご用達の店も多く並び、町方を取り仕切る大庄屋の屋敷もこの通りにあった。
高札小路     藩が「定め」や「お触れ」を領民に公示する高札が立っていた通りで、町の中心になっていた。
町村の間の里程の元になる道路元標もここに設置されていた。
横町        由来はよくわからない。五泉新道ができる前は、ここから新田町をへて、木越−五泉、矢津、川内へ至る街道の入り口として大切なところであった。
袋町 由来を示す資料が残っていないが、通りの様子から考えると。
袋物(布製の大小さまざまな入れ物)を作る職人が住んだ町と思われる。
親方小路
上町組 仲町(中町) 大手通りから南の突き当たりまで。短い区間だが、ご用達の店も多く、馬の乗り継ぎ、荷の積み替えなど、運輸の中心でもあったという。
上町 藩政以前、宿場町時代からの古い歴史の町並みである。西側に昔からの雁木がわずかであるが残っている。
裏寺

上町の裏に当たる寺町で裏寺という。浄土真宗のお寺が三か寺ここに集まっている。
西往寺と浄誓寺は村上から、円満寺は新潟から移転してきたという。

寺町

城下町作りの時、正円寺、正福寺、安養寺を現在の位置に移転させ、村上から藩主の菩提寺である英林寺をここに移した。城下町では防衛上の視点から町の入り口に寺を集めることが多い。
この通りはかつては村松町の最も重要な入り口であったということになる。

城町組 城町

貞亨の大火の後現在のような形にし、貞(じょう)は城に音が通ずるので城町にした。
以前は今の新道から本堂橋へ通ずる小路であったという。

搗屋小路

滝谷川の水を利用して水車で穀物の精白、製粉をする搗き屋のあった所。穀物だけでなく近くにあった村松焼きの窯元で使う粘土を微粉にするために搗いた。

薬師小路

金剛院が本堂山に祀った薬師堂があるので、薬師小路という。

春日小路 春日神社の参道として設けられた道なので春日小路という。
春日 昔の春日神社に至る道にちなんで春日という。かつては郷村との境界に当たり、土居が巡らされていたが今は?跡をとどめていない。一番の西よりに一本杉という巨木があった。
昭和年間落雷で消失したが今でも字名として残っている。
その他 営所通り 明治30年、歩兵第30連隊の兵営が愛宕原に設けられ、この道が造られた。第二次大戦後の火災で校舎を焼かれた小学校、女学校、新制の中学校、農林専門学校などが、空き家となっていた兵営を利用したので学校町と呼ばれるようになった。
新道 長養寺の奥に堀と土塀を巡らした藩の蔵屋敷があった。明治になってこれが取壊され今のような道になったので新道という。
新田町 越中新田とも言われていた。越中(富山県)の砺波地方の土豪石黒氏の一族が、越後に移住して石曽根の荒地を拓いて興した村と伝えられている。(現在でも新田町には石黒姓が多い。)

江戸時代の城下図を見ると、村松の町通りには十文字に交差する道が一ヶ所もない。現在も町の構造が基本的に城下町時代の姿を伝承しているため、曲がり角や食い違いが多く、わかりにくいといわれている。現在町の中にある十字路は、明治以後に道が新設されたか、あるいは小規模の区画整理によって道が付け替えられたことによってできた。

 旧通称町内名で、武家方の町内には「丁」町方の町内には「町」の字を使っていた。御徒士町、長柄町、根木町、宝町など武家方でも町を使う例があるが、それぞれ、西丁、東丁と「丁」を大きくくくってある。


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