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いつものぶつぶつ
そろそろ大雪どっかりこ号
いよいよ師走に入りました。今年の雪の降り始めは例年より遅いように感じていますが、自然の摂理はきちんと帳尻を合わせてきますので、そろそろ本格的な降雪が始まるのではないでしょうか。昨年は12月上旬の降雪が根雪になりました。冬の備えをしなければなりませんね。寒さが厳しくなると家にこもりがちですが、この季節を心待ちにしている方も少なくありません。ウィンタースポーツも最近はバリエーションが増えています。スキーに限らず、スノーボードやカーリングの愛好者も着実に増えて、冬は室内でおとなしく過ごすといったことはなくなってきました。最近では名寄市にオープンしたカーリング場は日本最大とか。
都会の街頭ではクリスマスのデコレーションが目立ってきました。忘年会の話もちらほらと聞こえています。年が明けて松の内が過ぎるまでは賑やかな日々が続きます。家族や友人、仲間と過ごす時間が増えますが、財布も内臓もいつもよりは大き目の負担が強いられます。楽しい記憶はそのままに、嫌なことは忘れながら新しい年に向き合えるよう、仕事もプライベートも前倒しで整理をしなきゃなと思っています。ま、思うだけですけどね(笑)
舞台は不思議なところです。どんなに感動的で劇的な公演でも、終わって舞台をバラして観客の皆さんやスタッフの皆さんが退館してしまうと、何もない空間に変わります。通常の舞台にはセットも置いてありませんし、音響器具や照明器具も全て接続を外してまっさらな状態に戻します。公演の時には毎回ゼロから創り上げてゼロに戻す作業を繰り返します。一見無駄なことのように思えますが、前回の公演の状況がどこかに残ってしまうことは、新しい作業に支障をきたす虞(おそれ)があります。繋がっていないと思った線が繋がっていたり、外してあると思った器具がぶら下がっていたり。フラットな状態から始めればそんなことがありません。
全てのバラシ作業が終わった後は会館職員が最後の点検をして電気を消します。ふっと暗くなった舞台を横切るときには暗闇の中から音や熱が五感を刺激してきます。舞台の熱気、客席のざわめき、人の気配、物の存在感。既に片付いてしまって終わっているこれらが暗闇の中からなにかをアピールしてきます。出演者やスタッフは公演を終えた満足感を感じながら帰途についていますし、観客の皆さんはたった今味わった感動を胸に家路に向かっているころでしょう。会館職員だけが味わうことのできる楽しみの一つです。
オペラ座の怪人ではありませんが、舞台には神様がいるといわれています。ちょっとイタズラ好きで情け深い神様かもしれません。一生懸命に稽古をした出演者にとっては背中を押してくれる存在であり、手抜きをした出演者には厳しい失敗を与えます。思いがけない素晴らしい出来になるときには、どこかの誰かがそっと手伝って入れているのでしょう。そんな不思議な力を与えてくれる存在が舞台の神様と言い習わされているのかもしれません。
ついさっきまできちんと動作していた音響や照明の器具が、本番の1分前になると動かなくなってしまう。科学的にはそんなことがしょっちゅう起きるはずはないのですが、現実にはよくあることです。どれだけ万全な準備とリハーサルを積み重ねていても、不思議なことが起きてしまいます。複雑に張り巡らされた線や機械を一つ一つ手繰りながら原因を探します。音が出ない、照明が点かない、物が動かないという結果があるのですから必ずどこかに原因があります。そんなトラブルシューティングが舞台スタッフの仕事には大きなウェイトを占めています。
観客の皆さんに最高の舞台をお届けしたいと舞台スタッフは心から願っています。出演者、アーティストの思いを少しでも素晴らしい状態で届けたいと思っています。特殊技術ともいうべき知識と経験を積み上げて舞台は創られます。
その中には感性という、とても重要な要素が含まれています。美しいと感じる場面は人によって異なりますが、その最大公約数や意外性などを表現できるのは、感性と技術が合致したときです。心の中でイメージとして浮かんでいる状態を実現させるための技術がなければそれはできません。単に明るい照明と大きな音だけでは舞台芸術とはいえません。プロのスタッフの技術力はこんなところで顕著に出てきます。
日本人は感情をあらわにすることが少ないといいます。日本語という言葉は微妙なニュアンスを伝えるには適した表現力を持っています。形容詞が多い言葉ですし、文法上の活用もそれを助けています。専門的なことはわかりませんが、形容詞的な要素を含む名詞が多いのも特徴的です。例えば「雨が降る」ということを表すためにも数多くの形容詞や名詞があります。少量の雨から大量の雨を表す形容詞、状況を指し示す名詞。
五月雨(さみだれ)は旧暦の五月ごろの長雨(ながあめ・ながめ)を示す言葉ですが梅雨も意味します。イメージとしては土砂降りの雨ではなくて、静かに降り続く雨でしょうか。俳句では夏の季語。同じ静かな雨でも嘯々(しょうしょう)と降るのは晩秋から初冬にかけての雨。京の都の寒空に夜から朝にかけて降るイメージ。かなり寒そうです。暖かいイメージだと夕立。夏の夕暮れ近くに一気に降りしきる雨。夕立は馬の背を分けるといわれる勢いです。ひとしきり降った後は忘れたようにカラッとした青空か夕焼けでしょう。
こんなイメージを持つ言葉には別な表現力が加えられて慣用句としても使われます。選挙では「無党派層の票が五月雨的に某候補に流れた」などと使われます。日本語には季節を言い表す言葉が多いのは、それだけ日本人は自然と一緒になって暮らしてきたということが理由でしょうか。
ニュアンスの違いを舞台に表現するための繊細な感覚と技術力、経験などが感動的な劇空間を成立させています。
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世間では暗い話題のニュースが飛び交っています。それぞれに原因があるのでしょうが、新しい年は気持ちも新たに迎えたいところ。今年の反省点は・・・・たくさんありすぎて始末におえませんが、せめて気分だけでもちょっと気楽になりたいものです。年明けは落語、映画、演劇などの公演があります。冬だからといって家にこもってないで、舞台を楽しみにお越しください。笑う門には福来る。本当に来るかどうかはわかりませんけどね。気分だけでも福がたくさん来ているように感じられれば表情も和らぐのかもしれません。まずは形から入るということも重要です。笑っているうちになにかしら楽しくなれるかも(H)
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