富良野風話249 市町村合併
倉本 聰
ここ十年。
北海道ではささやかながら小さな文化の波が起こり始めている。それまで行政や政治家が義理のように作り、義理のように運営してきた文化ホールという巨大なハコ物が、心ある小さな町々で、規模は小さいが確かな創造の場といえるものを創り始め、着実な運営をし始めた。
端野町のホール。鷹栖町のメロディホール。朝日町のサンライズホール。富良野に於ける演劇工場もそうである。
小さな町がホールの事業を展開することで、近隣市町村を含む広い範囲に町の存在をアピールしたり、文化を楽しむ風潮を広めたり、それはかつて大きな町の大きなホールが決してしようとしなかった風潮である。
ところがここに今、こうした動きに水を差す困った動きが生じている。市町村合併という一つの波である。
たとえばここ十年、優れたホール活動を展開してきた朝日町サンライズホール。僕ら富良野塾も何度かここを利用させていただき、町民ぐるみの応援体制の中で傑出した感動の場を創り出すことに成功している。
この朝日町が、近々士別市と合併するらしい。
朝日町はわずか千何百人の町であり、士別市は一万を超える街である。対等合併とは名目上のこと、事実は吸収合併に等しい。
ところが士別には昭和三十年代に設立された市民文化センターというものがあり、キャパシティに於いてはサンライズホールをはるかに凌ぐ。しかしこのホールは自主的事業は展開しておらず、行政もそれでかまわないと考えているふしがある。僕らもここでやったことがあるが、館の対応、その意気込みは、朝日町とは極端に違う。
経済的な背景を云うなら朝日町が士別市より豊かであるとは決して云えまい。しかし朝日町の町長はその中で懸命に文化予算を捻出し、十年に及ぶ歳月の中で少しずつその成果を挙げてきた。それは今漸く芽を出した段階であり、これから木となり花を咲かせ、実をつける方角へ明白に向かっている。
ところが市町村の合併は、表向き対等ということであっても大きな自治体への吸収合併という様相を呈し、その中でより大きなものの持っていた論理が、小さなものの為してきた業績を簡単に否定し押しつぶしてしまう。
経済本位にのみ考える行政の思考が、これまで小さな町が奇跡的に育ててきた文化の芽を摘み取ってしまうことなど、まことに簡単なことであろう。しかし果たしてそれでいいのだろうか。
大きな町の町づくりの論理が、小さな町のそれより優れているとは限らない。真の市町村合併は小の長所を大が育てるところにこそある。
(財界 2004年10月15日号より著者の許可を得て転載。不許複製。)
作家・富良野塾主宰
ニングル(1995年9月)今日、悲別で(2001年2月)屋根(2003年1月)地球、光りなさい(2003年11月・プレビュー公演も開催)
※士別市民文化センターにおいて富良野塾公演が開催されたことはありません。
風が吹いている
串田 和美
旭川空港に着いたとき、空には雲ひとつなく、六月の北海道大地は夏を迎えようとしていた。そこから二時間あまり、朝日町という人口二千人足らずの小さな町に僕らを乗せた貸切バスはひた走る。母親と離れて僕についてきた五歳の息子、十二夜は興奮して広大な牧草地や、遥かに遠い残雪の山々を眺めていたが、心地良いバスの振動には勝てず、あっさり眠ってしまった。振り返ってみると、二十名ほどの大人たちみんな、心地良さそうに揺れて、眠っている。雲ひとつない真昼間の北海道大地だというのに、果てしなく続く一直線の道だというのに、あんまり気持ちがいいのだ。律儀に運転手帽子をかぶった運転手だけが、律儀に運転している。なんだか知っていたなあ、こんな感じ。
二年前から始めたシアターキャンプというものを、今年は松本で二週間行って、それから場所を去年までのキャンプ地、北海道に移してさらに二週間ほど行う。これはプロの俳優や演劇人を中心に、少し毛色の違う面白い人なんかも加わって、すぐに幕を開けるためではない、演劇の本質や可能性を探り出す贅沢な作業、演劇ワークショップだ。今年の題材はダリオ・ホの「虎物語」とゲーテの「ファウスト」。ゲーテだけではなく、クリストファー・マーローやドイツ民衆本としての「ファウスト」をも持ち出した。そして欲張ってペローの、バルトークの、更には寺山修司の「青ひげ公の城」にまで手を出す。
十二夜は、一年ぶりに再会する朝日町保育園の友だち達のところへ、張り切って走っていった。朝日町の子ども達も楽しみに待ち構えていた。だが子どもの再会は面白い。みんな十二夜のまわりに集まってきて、お互い黙って突っ立っている。みんなはじろじろ見るだけだし、十二夜はくすぐったそうにそっぽを見たりして。僕は、今年もお願いしますと言って息子を置いてきた。仲間達のところへ戻りワークショップを始めると、しばらくして窓の向こうの原っぱに、子ども達が走り回っているのが見える。
「ジュニちゃん、だめよ!」「わーい、わーい」犬ころみたいに転げ回っている。ここはスキーやジャンプのオリンピック選手たちが合宿練習をするところだし、去年息子がアマガエルを初めて素手でつかんだところだし、仲良しになった友達と別れる悲しさを知ったところでもあるし、そうだ、誰もが確実にたくましくなっていく北海道、朝日町の・・・風。
(松本市民タイムス 2004年6月30日号より著者の許可を得て転載。)
(まつもと市民芸術館長・芸術監督、俳優、演出家。東京在住。)