すずきせいこの Diary

日々雑感 



 11月30日(金)   「失われた30年」へのラストチャンス!
3ヶ月ほど前に新潟市のAさんがブログで「お金よりもサービス」と、慶応義塾大学金子勝教授から送られてきたという『失われた30年〜逆転への最後の提言』(NHK出版新書780円+税)を紹介していたので、私も直ぐに注文をしました。
 
本書は東京大学神野直彦名誉教授(地方財政審議会会長)と金子勝教授の対談で、新しい社会や経済システムへの抜本的改革案を打ち出す緊張感に満ちた討論書です。今年6月初版でエネルギー政策や税と社会保障、TPP交渉参加のグローバリズムへの安易な追随など、このままでは間違いなく「失われた30年」に突入してしまう、これがラストチャンスだと危機の本質を警鐘しています。
 
先ず「失われた20年」では不良債権処理を続ける中で、年金・医療・介護・雇用制度などの社会的セーフティー・ネットが機能不全に陥ったまま、昨年3月の東日本大震災が発生し、福島原発事故が起こりました。しかし、その事故処理のあり方は驚くほど20年前と似ていることを感じてしまいます。自民党政権の反省なき「失われた20年」と、衆院選を前にしたその政策は、また同じことを繰り返し取り返しのつかない国になってしまうことが伝わってきます。
 
原発問題一つとっても、“原子力村”と言われる電力会社と監督官庁・安全規制機関の“お仲間”たちは誰一人として責任をとらず、自分たちの都合のよいように安全基準を変えてきました。安全性が担保できず危険で動かせない原発は、収益を生まない一方で多額の借入金返済と維持管理費だけが膨らみ、もはや不良債権と化してしまいました。だからといって再稼動を訴える党首らから明るい未来を感じることはありません。
 
使用済み核燃料の最終処分も決まらず、危険な放射性廃棄物を出し続けていても「経済優先いのち軽視」の政策に、今こそ「NO!」と言わなければいけないラストチャンスの時ではないかと考える冷え込む霜月の終わりです。

 11月28日(水)   県庁へ、有意義な一日・・・
今朝は気温3度のこの冬一番の冷え込みの中を、新潟県庁へと出向きました。午後からの会議の前に、汚泥担当の県企業局へ行くことを昨夜急に考えました。
 
そのきっかけは昨日の「一般廃棄物・・・特別委員会」で、大野地区と市との21日の話し合いで市長と副市長が欠席の中で、担当部長の軽々な発言が問題となったことです。市長が特別委員会で「これから行政で検討をしてゆく」と述べていることに、部長がすでに地元へ結論を出しているというものです。去る22日夜の『放射能を含む汚泥問題を考える集い』での部長の慎重さに欠ける“言い切る発言”と重ねてしまいました。
 
そんなことで急遽、「県女性議員の会」の松川会長に企業局へのアポをお願いし、14階の企業局へ・・・。課長不在ということで、松川県議も同行で課長補佐と会うことが出来ました。今回のセメント会社の汚泥受け入れについて、いろいろと伺うと思わぬことも伝わり「それは糸魚川市が知っていますか?」に「聞いてこないので言っていません」、「うぅ〜ん」・・・。
 
糸魚川市の一般廃棄物最終処分場の問題などから、これまで管理職のいい加減さが伝わっている中で、丁寧に対応をして下さった県企業局課長補佐にお礼を言い、1階フロアーのレストランへと急ぎました。席が混み合っていたことで、岩手県大槌町のガレキ受け入れで問題となっている長岡市栃尾地区選出の自民党N県議と同席をすることになりました。放射能問題や新潟市でのガレキ試験焼却の返還のことなど、地域の人のつながりを分断し後世に禍根を残す問題になるのではと、本音で語り合うことができた有意義なひと時でした。
 
午後からの会議でも各地のいろんな問題を把握することができ、人と人とのつながりの大切さを痛感しながら帰途に着きました。夜遅くに帰宅すると疲れが出て、ニュース番組を聴きながらそのままうたた寝です。また26日付けでは“議会ボード”などと書き込んだりと、初歩的ミスでお恥ずかしい限りですが、よく考えてみれば私の頭の中はいつも“議会モード”です。

 11月26日(月)   「失われた20年」と“バックラッシュ”
昨朝の『NHK日曜討論』は衆院選を前にして13政党の代表者が生出演とあって、しばらく視聴をすることにしました。発言は1回1分で、長くなる発言者に対してNHK解説委員がうまく調整をしながらの進行でした。
 
中でも民主党の細野政調会長と自民党の世耕幹事長代理の討論に注視で、細野氏の「自民党政権時代には・・・」に、世耕氏は「3年以上も政権を担当しながら・・・」のバトルに大きな差異を感じました。特に自民党には「失われた20年」への罪の深さもさることながら、福島原発事故への反省も責任もないエネルギー政策に、もうこの政党に政権は戻せないと痛感です。またいち早く発表された自民党の政権公約は、“バックラッシュ”そのものであることは言うまでもありません。
 
今日は議会運営委員会を傍聴してから、議会事務局で12月定例会の議案書を受け取り、昼過ぎに上越市まで車を走らせました。頚城連山は中腹まで真っ白になって冬の到来が伝わってきます。夕方暗くなってから帰途に着きましたが、横殴りの雨の中を無事に帰宅です。深夜には強風と雷で、霰(あられ)が叩き付ける悪天候の終日です。
 
明日は10時から「一般廃棄物・・・特別委員会」の開催で、明後日には県庁での会議と続きますが、早く“議会モード”に切り替えて来週月曜日からの定例会に臨まねばなりません。

 11月24日(土)   世界最大級の地震と原発と衆院選・・・
東日本大震災のマグニチュード(M)9の30倍のエネルギーのM10の巨大地震が起こりえると、21日の地震予知連絡会(事務局:国土交通省)で発表されました。これは糸魚川市出身の東北大学大学院の松澤暢(とおる)教授による発表で、各方面へ大きな波紋を与えております。
 
松澤教授のことは何度か書き込んでいますが、姉のKさんが「また様々な圧力がかかるのでは・・・・」と心配をされていますが、なんでも地殻変動の時期に来ているということです。世界最大級の地震では揺れの長さが20分から1時間ほど続き、収まる前に津波が来るとされ、原発からの放射能放出で日本はおろか地球は滅亡の一途ではないかと背筋が凍てついてしまいます。
 
そんな中で昨夜のテレビ朝日『報道ステーション』では、「総選挙の最大争点“原発の行方”」を取り上げていました。各政党の原発についての政策を表記し、原発を争点と位置づけているだけに興味ある番組でした。また脱原発が看板だった日本維新の会は、太陽の党との合流で政策がブレてしまい、さらに橋下大阪市長は街頭演説で「政治は政策ではなく、組織を動かす力だ」と、まるで有権者に“白紙委任”を訴え“ているかのようです。
 
こんな政党が自民党と連立を組んだら、日本は右傾化の一途で近隣諸国から孤立し、さらに「強い国づくり」のために憲法を改正し「国防軍」を創設で、核保有を抑止力としてゆくことは明瞭です。何よりも安倍総裁のいう「民主党のように無責任なことは言わない、原子力規制委員会によって安全性が確かめられるルールを作り、3年以内に動かせるところは再稼動をしてゆく」と明言です。
 
その原子力規制委員会が10月に公表した問題の「放射性物質拡散予測」は、業界に丸投げをしていたことが分かりました。コンサルタント会社のデータを検証せずに公表をするだけの原子力規制委員会もかなり危うい組織であることが露呈です。世界最大級の地震が予知されているにも関わらず、政治屋たちの「強い国づくり」への危うさが伝わってくる週末です。

 11月22日(木)   「市民憲章」とかけ離れる放射能汚泥受け入れ
今朝は気温も上がって穏やかなスタートで、愛犬とシーサイドパーク付近を散歩すると海岸には大勢の釣り人でテトラポットの上にも・・・、ざあっと数えても20人程の光景です。また今日はマイカーの早めのスノータイヤ交換などもあって、近くの金融機関までテクテクと歩くことにしましたが、往復30分程度でも結構応えてしまうので日ごろの生活スタイルを反省です。
 
ところで先週土曜日に「ろうきん創立60周年記念」の『タニタの社員食堂 健康セミナー』の講演会があるというので、重なる行事を調整して出かけました。管理栄養士の福永幸代さんの“500Kcalのまんぷく定食のコツ”を聴講すること1時間余り、日ごろ気をつけていても油断している点を再認識でした。そういえば40歳代の頃、女子栄養大学の通信教育を受けていたことがありますが、あこがれの香川綾学長とご対面(?)の駒込キャンパスでの夏季スクールを思い出しました。
 
また今夜は「ビーチホールまがたま」での『放射能を含む汚泥処理問題を考える集い』に出かけました。主催者の市民連絡会の質問に市が答えるカタチで進められましたが、第2回目とあって専門的な鋭い質問が続き、答弁もあいまいの不安要素の多い問題を再確認です。それにしても市担当部長の言い訳ばかりが続くので、「どっちを向いて仕事をしているのか」とつい言い出してしまう一幕です。改めて放射能汚泥受け入れ問題は、H20年3月に制定された『糸魚川市民憲章』と大きくかけ離れていることを実感する穏やかならぬ一日の終わりです。

 11月20日(火)   人と人のつながりを分断する放射性物質の受け入れ
このところ寒暖の差が大きく毎日の景色も変わり、雪に備えてスノータイヤの取替えなどの音が聞こえて来るようになりました。またここ一週間、市議会での全会一致での【意見書】には本当のところ賛成をしたくなかった議員の本音なども聞こえてきて、相も変らぬ企業城下町の底強さが伝わってきます。
 
そんな中でセメント会社での放射性汚泥の受け入れは、地域のコミュニケーションを少しずつ断ち切っていることも伝わって悲しくなってしまいます。8月の「日本母親大会in新潟」でも、福島から参加した人たちはガレキなどの広域処理を望んでおらず、これ以上の放射性物質は拡散してはいけないと訴えていました。本当の“絆”とは何なのか、すべてを丸呑みに受け入れることでもなく、新潟市など5市のガレキ受け入れ情報と合わせて考えてしまいます。
 
ところでガレキを焼却せずに防波堤として活用する「森の長城プロジェクト」(8/1付け)のことを前に書き込みましたが、南相馬市の桜井市長と同じく、岩手県大槌町町長も「ガレキは財産であり、遺品であるので堤防の下に埋め、いつでも会いに行ける鎮魂の森にしたい」と述べていることが分かりました。では何で被災地から運び出されるのか、そこに金まみれの広域処理があることを市長や議員らはしっかりと認識すべきで、“絆”という言葉に置き換えて人と人のつながりを分断してはならないことを痛感する昨今です。

 11月18日(日)   セメント会社の勝利と“政治の冬の時代”
11月も半ばを過ぎて白くなっていた黒姫山は、一昨日の晴天でまた山肌が見えたものの、今日は気温が下がって海沿いでも霙(みぞれ)まじりの冷たい雨で、お山はまた白くなりました。16日の衆院解散で政治も冬の時代へと突入ですが、第三極と言われる野合の象徴のような政党はこの先、数の力で何をするのか身震いをする思いです。
 
そんな中で巷を歩けば、セメント会社の放射能汚泥の受け入れについて「フツーの汚泥の受け入れでないだけにどうして?」、「この先何年も続くことを考えたら寒気がしますよ」などと市民はひそかにささやき始めています。被災地のガレキは処理により年々少なくなっていきますが、汚染された汚泥はその逆で年々増加の一途です。ここに目をつけた斜陽産業(?)のセメント会社の勝利だともささやかれ、それに行政が加担しているという厳しい声も寄せられていますが、何よりも市民のために汗をかいている為政者の少なさにがっかりです。
 
今あらゆる面で“冬の時代”を向かえようとしている中で、「未来へのいのちの責任」を感じながらあきらめてはいけないと言い聞かせておりますが、どうもパソコンが不調です。先ずは冬に向かって明日の「晴マーク」は外仕事にがんばります。

 11月16日(金)   雪の飛騨路へのゴミ対策調査・・・
「一般廃棄物最終処分場等調査対策特別委員会」では、15日朝8時過ぎに冷たい雨の中を市役所を出発し岐阜方面へと向かいました。
 
北陸道から東海北陸道に入り、城端SAを過ぎ五箇山辺りから雪が降り出して、飛騨白川周辺ではこの時期にしては珍しく本格的な雪になりました。防寒対策をして出かけたものの天気予報は外れて、高速道は除雪車の出動でチェーン規制の渋滞で、飛騨路を進む程に一面の雪景色で30センチ程の積雪です。
 
ほぼ予定通りに一日目の視察地の岐阜県山県(やまがた)市の「クリーンセンター」へ到着ですが、冬将軍の到来といい昨日の突然の衆議院解散といい何が起こるか分かりません。二日目の今日は雲一つない青空で、関市の広域行政組合の「クリーンプラザ中濃」を視察です。昼過ぎには紅葉と雪のグラデーションの飛騨路を一路、糸魚川市への帰途に着きました。北陸道に入ると快晴の雪に覆われた立山連峰から、黒部五郎岳までの見事な初冬の稜線をしばし楽しむことが出来ました。
 
夕方5時近くに無事に市役所へ到着ですが、各地のゴミ処理施設を視察する度に大量消費の一見豊かで便利な生活から、ゴミ処理に巨額の税金を投じているその暮らし方にいつも疑問を抱いてしまいます。エネルギーコストだけでなく、この多額の費用をもっと教育や文化福祉政策に使えたらと・・・。そして放射能汚泥問題といい大自然を汚染しながら生き、“神の火”を最高の物と選択する人の愚かさに日本の未来を憂いてしまう市外調査でもありました。
 
明日からは、青海地域大沢地区公民館竣工式などの予定が入っていますが、先ずは体調を整えて12月定例会に臨まねばなりません。またメールやFAXをいただきながら、丁寧な返信ができないことをお詫びします。

 11月14日(水)   糸魚川市長、放射性汚泥「安全」と受け入れを了承!
昨日の全員協議会で、米田市長は放射性汚泥受け入れを了承しました。10時からの全員協議会では、環境生活課からこれまでの簡単な報告などがされましたが、セメント会社に寄り添った立場で受け入れを進めてきたことが伝わってきます。
 
限られた時間制約の協議会の中で、私は先ず「慎重を求める全会一致で可決した意見書の市民との信義を裏切らないように」と発言をし、これまでの市内説明会では500人余りの参加者だけで、地区動員もありこれでは市民に充分に説明をしたことにならないと・・・。次に報告資料にもとずき、土壌検査やベーター線測定器の購入や工場への搬入トラック、一番重要なこの汚泥受け入れが今年度だけなのか、何時まで続くのかなどの質疑を繰り返しました。
 
市長をはじめ市幹部は「新潟市などの他市では放射性汚泥が堆積して困っている」と繰り返しすので、「糸魚川市民も困っている」と・・・。結局は、糸魚川市民の安全と健康は二の次であり、市議会が求めた“慎重さ”との差異を感じる姿勢でした。何よりも残念だったことは、低レベルの放射線量であっても長年、子どもたちほど影響を受けることの内部被ばくへの認識は全くなく、市長は「市民の安全が確保できると判断した」と述べました。
 
私の後は、田中・池田・古川議員らの質疑が続きましたが、それにしてうるさいブツブツ議員・・・、最初に議長からヤジや隣同士の私語を慎むようにと注意があったにもかかわらず、終始とどまることはなく全会一致で賛成したことなどは忘れてしまったようです。全員協議会は11時40分まで続きましたが、市長は他市と助け合う連携に加えて「これは企業がやることで、行政がやるものではない」とまで言い出すので、「それでは行政の皆さんの仕事は何ですか!?」と詰め寄りました。
 
そして最後に私は「思いっきり深呼吸の出来るジオパークのまち」をと訴えましたが、市幹部にはその意味が伝わったのでしょうか。全員協議会終了後に、新潟テレビ21からの取材を受けたりし、いったん家に戻って軽い昼食を済ませて、あわただしく上越市での三市合同研修会へと向かいました。夜8時半過ぎに帰宅すると、夕方のローカルニュースを見た市民らからの留守電が入っていました。
 
一夜明けて今朝の新聞では、各社が「放射性汚泥受け入れ了承」と大きく扱っていることもあって市民との電話対応に追われ、思わぬ方から「昨夕のUX新潟TVで見ましたよ」と・・・。ところで明星セメント社は「一歩前進と受け止めたい」、デンカ社は「市長の判断を尊重する」とのコメントですが、それならば市長の「受け入れない」という判断もあったはずですが・・・。企業城下町ゆえの宿命なのか、産業育成を重視し未来のいのちが軽視され、すべてが虚構のような【意見書】であったことを痛感する一日です。

 11月12日(月)   大震災から1年8ヶ月と被災地の図書館
あの日から1年と8ヶ月が経過した今、進まぬ復興に苛立ちながらもあきらめてはいけないと市民たちの動きが各方面から伝わってきます。その一つが『陸前高田市図書館ゆめプロジェクト』や『いわてを走る移動図書館プロジェクト』です。
 
都内で設計事務所を営む友人は、書棚の読み終えた本をダンボール数箱にまとめて早くも陸前高田市へ送ったことをブログに書き込んでおり、なかなか出来ることではないと敬服しながら私もと思いながらひと月も経ってしまいました。東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた陸前高田市ですが、子どもや大人が集えるコミュニティーの場として、また“本を読む”ことで人の心を豊かにしてくれる図書館の再建に向けて支援を求めています。
 
市街地の大半を津波で流されて全国から寄贈された図書の仮収蔵スペースなど、暫定的な用地の確保もままならない状態ですが、それでも着々と支援の輪は広がっているようです。まだまだできることがあり“被災地を忘れてはいけない”と、我に言い聞かせる1年と8ヶ月です。
※寄贈図書の詳細は『陸前高田市図書館ゆめプロジェクト』HP
 
いよいよ明日は10時から市議会全員協議会で、市長が放射性セシウムを含む汚泥受け入れへの判断をします。午後からは上越三市議会議員の合同研修会で上越市へ出向きます。

 11月10日(土)   言葉の軽さと重く広がる「放射能汚泥受け入れ」の糸魚川
つい先日の田中真紀子文部科学大臣の秋田公立美術大学など3大学設置への不認可発言をハラハラして聞いていたら、二転三転で今度は撤回です。昨日は「関係者にご心配とご迷惑を・・・」と頭を下げての謝罪会見でしたが、官邸での「3大学はいい宣伝になった」の不適切発言に野党から早くも追及姿勢です。
 
ところで昨9日の朝日新聞デジタル「汚泥受け入れ是非 糸魚川市長判断」で、市内セメント工場の写真入り記事が早くもツイッターでも取り上げられています。これは8日付け新潟日報と同様に予測できたことですが、「市民連絡会」代表Y氏の発言がチョッと問題になりました。新聞社の取材に応じてのコメントですが、常に会議に出てくる人だけの頭数を数えての「20人」の不適切発言に、あくまでも「連絡会」だから正しくは「20団体グループ」とコメントすべきではなかったのかと、私もその言葉の軽さにY氏を追及です。
 
そんなモヤモヤ気分の今朝、一通の「汚泥受け入れについて」と埼玉県在住で糸魚川出身の“文化人”からのFAXに驚きました。何でも沖縄に住んでいる娘さんから「糸魚川で放射能汚泥を受け入れることに・・・」とメールがあり、状況が分からずネットで探していたら市議会の私にたどり着いたそうです。またご自身もお子さんらの影響で、国会議事堂前のデモや『脱原発100万人デモ』にも参加されたとのことで、その行動力に敬服しながらFAXを拝読しました。
 
FAX本文には「汚染されていない糸魚川地域まで汚染するのはやめてほしい」と綴られており、今年の夏に糸魚川の実家へ線量計を持って帰省し、「糸魚川でもこんなにあるんだ」と不思議に思われたそうです。さらに娘さんは、コカリナ奏者の黒坂黒太郎さんの息子さんと中学校3年間同じクラスだったとのことで、何と世間は狭いものかとビックリです。そんなことでセメント会社の放射能汚泥受け入れ問題で、糸魚川出身の方たちと“つながる”というのは嬉しいというよりも何だか微妙で、これからも重く日本中に広がってゆくことでしょうね。

 11月8日(木)   「放射性汚泥受け入れ」と小谷・白馬の信濃路へ
本日の新潟日報28面、「放射性汚泥受け入れ 可否13日にも表明」の見出しに驚いた市民が多かったようですね。米田市長は市内のセメント会社2社が放射性汚泥を含む上水道汚泥処理について、早ければ13日の市議会全員協議会で、受け入れの可否について表明する見通しという記事です。
 
市長はこれまでの定例会見などで「受け入れられないということはないと思う」と、受け入れに前向きな姿勢を示していたということですが、市議会が慎重を求める「意見書」を全会一致で可決しただけに注目されてきました。どうも市長は市民の安全や健康は“二の次”のようですから、市議会議員には信義に反しないような対応をしてほしいと願うばかりですが・・・。
 
そんな中を今日は予定通りに信濃路へと車を走らせました。今朝の糸魚川は雨模様でしたが、国道148号を南下するにつれて青空が見えてきました。小谷村議のSさんと合流をして、『おたり新そば祭り』の期間だけ打っているというSさんの友人のおそばやさん「旬香旬菜☆雅(みやび)☆」へと向かいました。村内の標高800メートルの痩せ地で、自ら蕎麦を栽培しているオーナー丸山まさ子さんのご自慢の“十割蕎麦”をいただきましたが、これがまた村でも指折りの美味しさです。蕎麦は痩せ地ほどよく、また高地ほど美味しいことなどを教えてもらいました。
 
午後からはSさんのお誘いで白馬村での定例の映画会へ・・・、教員を退職されたご夫婦の素敵な自宅のミニシアターで『ゲーテの恋』(2010年ドイツ・105分)を鑑賞です。永遠の名作『若きウェルテルの悩み』に秘められた文豪ゲーテの切なすぎる想いが時代を超えて伝わってきます。“文化人”が多いといわれる白馬村ですが、映画が終わってからはそんなことを実感するひと時で、コーヒーと手作りケーキでの交流ではゴミ処理から原発問題まで話しが弾みました。
 
それにしても気になる今日の新聞記事ですが、前向きな姿勢という米田市長ですが、もっと前向きにやるべきことがあるはずですが・・・。“裸の王様”なのか、それとも来春の市長選を踏まえてセメント会社とのウラ取り引きなのか、巷では早くも過去の美術館建設問題以上に市長選の争点になるとも・・・。そんなことで信濃路でリフレッシュをしたはずの一日でしたが、放射性汚泥問題に悩める終日です。

 11月6日(火)   新エネルギーと“負の遺産”
昨日は「県女性議員の会」で、新潟県と昭和シェル石油の共同事業の雪国型メガソーラ発電所の視察を行いました。新潟県が2009年に日本初商用メガソーラ発電所を目指し、共同事業者の公募に対し昭和シェル石油の提案が採択され実現した新潟空港に近い施設です。
 
出力1,000KWで年間発電量は100万KW時(一般家庭300世帯分)、使用の太陽光パネルは従来の結晶シリコン系ではなくCIS薄膜太陽電池で、黒くシックな外観は次世代型太陽電池ということです。耐用年数も従来のパネルの2倍の20年で、発電効率が8%上回っているそうで太陽光パネルに種類があることを知りました。
 
総事業費は10億円で「地域新エネルギー等導入促進対策費補助事業」の助成を受け、国が2分の一県が3分の一で昭和シェル石油が6分の一ということで、何よりもメンテナンスフリーで放射能の危険性の全くない新エネルギーであることが伝わってきました。
 
その後は新潟東港(聖籠町)の東北電力の東新潟火力発電所を視察で、ここはLNGを主燃料とした環境にやさしい火力発電所ということでした。国内初の「事業用大容量コンバインサイクル発電」を導入し、より高い熱効率を目指した発電方式のコンバインサイクル発電発祥の地であることを知りました。また総出力520万KWは管内2ヶ所の原子力発電所(女川原発・東通原発)の1.5倍以上で、東北電力は水力や地熱などの発電設備を持ち、原子力エネルギーに依存していないことが分かりました。
 
今日は朝から市民厚生常任委員会では、市内の産業廃棄物最終処分場の適正化工事現場を視察です。ここは西海谷の奥まった地で、もともとは不法投棄が後を絶たず、いつの間にか産業廃棄物の捨て場になってしまい近年に最終処分場として位置づけられた所です。財政難が叫ばれている今、多額の税金を投入して適性化工事をしなければならない実情に、糸魚川市が抱えている“負の遺産”であることを痛感する一日です。

 11月4日(日)   原子力規制委員会と県技術委員会と・・・
ここ一週間、あえて気分が悪くなるので書き込まなかったことに石原都知事の辞職会見や、29日に発表された原子力規制委員会の「放射性物質拡散シュミレーション」の訂正問題などがあります。双方の無責任さに呆れるばかりですが、こと原発事故の影響シュミレーションは、世界最大出力の柏崎刈羽原発周辺の自治体ではただ事ではありません。
 
また原子力規制委員会では2日、新たな安全基準検討チーム6人のうち、4人が電力会社などから報酬や寄付を受けていたことを公表しました。この4人は直近の3〜4年間で、300万円〜2174万円を受け取っていたそうで、これで公正な安全基準が検討できるのかと首を傾げてしまいます。原発の再稼動を決めるのは政府で規制委員会は安全基準をと、双方で言い合うその無責任さにもはや信用ができません。
 
また本日の新潟日報『窓』欄に、新潟市のお知り合いの投稿「原発 技術委の検証に不安」が掲載されていました。何ヶ月か前に新潟県の技術委員会もかなり危ういメンバー構成であること知りましたが、原発に関しては国も地方も金まみれの“グレーゾーン”のようですね。
 
明日は「県女性議員の会」の研修で新潟市へ出かけます。テーマは「新潟版グリーンニューデール政策」についてで、雪国型メガソーラ太陽光発電所(昭和シェル石油基地内)と新潟東港の東北電力の東新潟火力発電所を視察し、その後は県庁に戻って産業振興課から「県の新エネルギーの取り組み」のレクチャーです。
 
※中部山岳国立公園の白池(しらいけ)はJR平岩駅から車で約40分程で、雪が降るまでは車で行くことができますが、標高1,100メートルですから現地はかなり寒いと思います。また蓮華温泉への道路は来年5月まで交通止めとなっています。

 11月2日(金)   この秋一番の冷え込み
昨夜から今朝にかけてこの秋一番の冷え込みで、日中でも気温10度の寒さです。青海の黒姫山も能生の権現岳も雪化粧で、昼過ぎに上越市名立区まで車を走らせました。国道8号は日本海の高波がテトラポットを越え、ときどき車まで波しぶきです。午後1時に名立区総合事務所で友人と待ち合わせですが、激しい雨の中を駐車場で待っていると“初霰(あられ)”です。
 
用事を済ませて急いで能生生涯学習センターへ・・・、明日からの『能生作品展』の飾りつけで、午後2時に陶芸教室のお仲間と合流です。昨年の作品展から「えほん」の陶芸教室が参加で、今年は各人の作品に野の花をあしらってみました。私は小さな白い器と中皿の二点を展示で、10日前に孫とフォッサマグナミュージアムに隣接する美山公園「わんぱく広場」で拾ったドングリと紅葉の桜の葉っぱと柚子をお皿にのせると引き立ってきました。他のサークルの人たちもわいわいがやがで、飾り付けを終えて外へ出ると今度は霙(みぞれ)です。
 
帰途は市役所へ立ち寄って各課で所用を済ませて、買い物をしてからの帰宅です。それにしても寒くなりましたね。皆さまも風邪などをひかぬようご自愛くださいますよう。
※市教育委員会主催の『能生作品展』は3・4日午前9時から5時まで(最終日は4時まで)、能生生涯学習センターで開催です。お近くの方やお時間のある方はどうぞご覧ください。

 11月1日(木)   霜月のはじめ、糸魚川病院〜見附市・・・
早いもので今日から11月、朝からあわただしく急用の携帯電話がなり続けます。9時15分から常任委員会では、完成したばかりの厚生連糸魚川総合病院の救急外来棟の調査視察を行いました。大規模災害にも対応可能という既存病院棟に隣接する4階建てで、その広さ(約3,600平方メートル)にいろいろな意味で驚くばかりです。
 
次の視察地は見附市で、「生ごみの減量化事業について」の視察です。見附市は人口約4万2千人で、ここは生ごみの堆肥化ではなく「YM菌」を活用して生ごみが消える処理方法を導入という、全国初の取り組みに目を見張りました。去る7月の市外調査地の逗子市と類似点が多く、今や生ごみは燃やして二酸化炭素を排出しながらの処理でないことが伝わってきました。視察を終えて帰途は、強風雨の悪天候の高速道路を走ること1時間半余り・・・、夕方6時近くに無事に帰宅です。
 
夜のNHKローカルニュースで、柏崎市の高齢者を対象とした「救急医療情報キット」を取り上げていました。ちなみに県内の「救急医療情報キット」は、燕市や南魚沼市でも導入されており、糸魚川市も糸魚川総合病院の救急外来棟の完成と合わせて今後の課題として取り組まねばなりません。そんなことで先進地に学ぶ点が多い実りある一日でしたが、夜には気温が下がって「みぞれ」になりそうな寒い終日です。


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