『建築家とつくるわが家』は、東京・中野で9人のスタッフを率い全国規模に活躍する、建築家瀬野氏は、私の学生時代のよき先輩です。
あの大人気某リフォーム番組でも、 「匠」 として何度か登場している方でもあります。
(それは後で知ったのですが)
「家づくりはまちづくり、まちづくりは人づくり」を念頭に、昔からの木組み工法を主体とした、次代に引き継げる丈夫な家作り、自然素材と、自然エネルギーを最大に生かした健康住宅を数多く手がけ、人のライフスタイルの変化にも自由に対応できる循環の間取りなど、実に人間的な家作りをされています。
“家は買うモノでなく建てるコト、この場所でずっと暮らしていける
この場所でしか出来ない夢を建て主さんと一緒に創りたい
建て主さんとは親戚になるつもりでとことんつきあうんだ”
と語る瀬野氏のようなハートのある建築家と、2006年・2007年・2009年に3家族のお世話をさせていただきました。
今回はその中から、はじめに手がけた下諏訪町のT様邸のごく一部をご紹介します。

企画第1弾となる住宅は下諏訪町、諏訪大社にも近い甲州街道沿いのT様邸。
T様は、2005年春に開催した不動産情報の家づくり講演会で瀬野氏と出会い、家づくりを依頼されました。
暮らしの夢や住まいへの要望、その後の打合せもメールやFAX、郵送で、東京と長野の距離はなんなくクリア。
完成模型は、お施主さんが図面で掴みにくかった全体のイメージが一目瞭然です。構造模型は、軸組みが把握でき、大工さんとの打ち合わせも スムーズになります。
工事が始まると、東京の事務所から何度もチェックに訪れ、現場の施工業者や職人さんとのコミュニケーションもバッチリで、竣工に至るまで大変よい雰囲気でした。
次代に引き継げる家づくりをモットーにする瀬野氏の設計は基礎工事から始まって、木組み構造等随所でその確かさに目を見張りました。
また、竣工まで毎日現場に足を運びましたが、基礎工事の職人さん、木工事の棟梁ら、たしかな職人技を見ることができました。
しっかりした家は、しっかりした設計、施工によって出来るのだと再確認した家づくりでした。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| オープンハウスには大勢の方がお越しくださいました。 | 明るく白い壁はクロスではなく手塗りです。 | 陽当たりのよさは抜群。バーチカルブラインドを下げるので遮光もバッチリ。 | まゆぐら土。9つの穴は、瀬野氏のこだわり。 |
ご家族4人でお住まいのT様ご一家は、下の男の子は設計さなかの3月に生まれ、その12月に新居にお引越しとなりました。施工中も、そのしっかりした家づくりをご自分の目で見てこられたご一家、新しい家に安心してお住まいです。
「家に帰るのが楽しい」、そんなご主人のひと言が全てを物語っています。
古壁土につぶやく未来のこのまち
新建材を並べただけの家づくりはしないと決めていた。歴史的街道筋にあってという思いも、無学なりのこだわりとしてあったことも事実。
―信州の家づくり。かねてより特にここ諏訪、伊那谷地域の民家や納屋、また土蔵等の造形美には無神経な己の感性が大きく揺さぶられていた。それは市場原理社会にあり、二度と建て替え不可能な時間的運命の中に置かれた建築文化の傑作群に映ったからだろう。
「かべ」だけでも残したい、 その「土」だけでもほしい―、つぶやきは少しばかりの焦りに変わり、気が付くと関係者を巻き込みながら、 旧甲州街道はもとより周辺地域の土壁見たさに奔走していた。
茅野の知人宅前の土蔵。 誰の目にも自然崩壊は時間の問題、崩れかけている壁土はのどから手が出る思いだった。さらにこの土蔵の屋根には、これも地元ならではの鉄平石が…しかも、尺角四方に成形された、使い道色々の宝物的おまけ付き!しかし譲りう受けることかなわず、が結論。
こんなことを何度か繰り返している時だった。 「まゆぐら」コワス!の噂が、東京まで届いた。
6月に着工した現場は、 12月の竣工目指して工程どおりのメニューを着実にこなし、9月上旬には上棟予定だ。
このままでは 地元「古壁土」再生は断念しなければならない…。噂に一途の望みを託し現地におもむけば時すでに8月下旬。 しかし工程ぎりぎりのめぐりあいにひとりほっと胸をなでおろした。後はどんな手続きが待ち受けているのかいざ知らず、世話人タケイに「ナントカシテネ!」。
こうして粘ったかいあって、粘性も高い100年前の壁土は、「まゆぐらつちのいえ」として、そのファサードを旧甲州街道に塗り上げることが叶った。大いに手に覚えある地元左官職人の経験則に助けられながら 新たにワラスサ、砂などをブレンド。まゆぐらの土は確実に再生された。
この地にあって、部分的にでも地元の歴史的事実を建築に残したい。画一的新建材の選択だけではない。
その土地に昔から普遍的にある素材を発掘したい。 こんな些細なこだわりを、 この町の人たちが皆意識して家づくりに臨んでくれたら、 歴史は点在じゃなく線になり、面的広がりで未来とつながるのになぁ…今ならこの町まだ間に合う…、そんなよそ者設計屋の無責任なつぶやきがしかし、 小さな歴史的継承の事実を残したとすれば幸甚である。―このまち、この場所、この家を住み継ぐ為に…―
いずれにしてもこの地に住む家族の家づくり。日照時間の少ない地形にあって、太陽の恵みを最大限享受するための開口づくりを最優先しながら、 機械冷房に頼ることのない風の道の設計。断熱で目いっぱい閉じつつも、大きく開け放てる「間戸」づくり。 ほぼワンルームな間取り構成。見えなくなるからこそおろそかにできない、木は木で組む」屋台骨づくり。全ては 自然の摂理に従ったあたりまえのしつらえが大前提。 みんな地域から教わったこと。
ずっとこのまちに住み継いでほしいから…。
他のお世話した家づくり案内クリック