リレー小説企画1

far away

#8 狭間にのぞむ勝機むこう

 執刀医達が躍った。
 両手を地面に突き四つ足で駆けるその姿は、いつだったか動物園で見た猿の動きに似ている。
 だけど執刀医達は猿なんかより断然速く、暴力的で、無意志。
 対する安綱は、流れた。
 水流が渦を巻くように安綱の体がひるがえる。
「顕現せよ、螺状紋らじょうもん
 その言葉に呼応して、手にしていた御札からしゅるしゅると何枚もの御札が現れた。
 それらは、それぞれが意志を持っているかのように、お互いに絡み合い、寄り集まり、長く鋭い、ねじ釘の様な形を成していく。
 剣でも、槍でもない。
 表現するとしたら、刺し貫くためだけの「凶器」。
 突撃の勢いをそのままに、安綱は眼前の執刀医に向かって螺状紋を突き出した。
 見た目には何の抵抗もなく、それは腹から背へと貫き通る。
 明らかに致命傷なのに、血が出ない、うめき声すら上げない。
 それどころか、そいつは腹から螺状紋を生やしたまま、安綱を振り払って飛びかかってきた。
「なんなんだよ、この!」
 モップを思いっきり振り抜くも、空振り。
 そいつはモップの一振りごと、自分の体を跳び越えていった。
 後ろには――
「景!」
 螺状紋を揺らしながら、景と佐光の方に向かって突進していく。
 それなのに、景は平然としている。
 こんな時に何考えて――
「爆ぜくだけ」
 ばん、と風船を水の中で割ったようなくぐもった音が耳を打った。
 四散したと執刀医の体は霧のように消え、後にはただ白衣の破片と御札のかけらが舞い散っているだけ。
「まぁ、そういうこと」
 安綱の顔から全部「読」んでたってワケか。
 まったく、心臓に悪い。
「あと『油断するなうつけ!」だってさ」
 とっさに振り返る。
 白衣の一人が声も無く躍りかかってくる。
 頭で考えるよりも先に、体が動いていた。
 思い切り右足を引いて初撃をかわしつつ、モップを投げ捨てる。
 ――こんなんじゃ、ダメだ。
 長得物は、敵を近づけない為のモノ。
 近づかれたら邪魔なだけ、近い敵には、短い得物を――
 安綱に貰った短刀を抜き放ち、その鞘で追い討つ二撃目を打ち払う。
 ――視えた。
 体の奥、胸の丁度真ん中、人体なら肺と肺の間のつなぎ目の辺り。
 紅く、どす黒い、血の色をした石。
 頭がためらう。
 だけど、体の方が迷わず刃を突き入れた。
 右手は、まるで最初からやり方を熟知しているかのように、石のわずか上に刃を通す。
 根本まで刃を突き入れ、そして、引きながら切り下ろした。
 急所を砕かれたそれは、体を断ち割る前に白衣だけを残して消失する。
「……夢に見そうだな、これ」
 人じゃないと頭では分かっていても、人型をしたものを破壊するのは……抵抗がある。
「急所は胸か」
 それまでゆるゆると二人を相手に攻撃を受け流していた安綱の体が、大きく沈み込んだ。
 次の瞬間、下から突き上げられた螺状紋が一人を刺し貫いた。
 今度は炸裂させる前に消滅する。
 身を返し様、安綱の手から螺状紋が離れる。
穿うがれ」
 それは旋動しながら燕の様な速さで飛び、背後から迫っていた執刀医の急所を貫き、爆砕する。
 それで、終わり。
 周囲にはもう白衣達の姿は無い。
「手詰まりだ、白の者よ。
無為に命脈を断つこともあるまい。失せろ」
 手兵を失い、恫喝されてもまだ、老人は悠然と構えている。
「なるほど、伏兵は意外なところに居るものですね。
この街には術士など居ない、と思っていたのですが……」
 安綱の手の中には、新しい螺状紋。
 おそらく、彼女はまばたきする間に敵を穿つ。
 反撃することはもちろん、逃げ出すことさえも出来ない。
 それなのに――
 老人は大仰な動作でため息をついた。
「黒の巫女、貴女は三つほど誤手を打った」
「戯言は……終わりだと言った!」
 ほぼ予備動作無しで、螺状紋が突き出される。
「誤手の一、彼らを全て打ち倒したものと思ったこと」
 それは真っ直ぐに、天井から降ってきた・・・・・・・・・執刀医のけい部を突き破り――それを握っていた安綱の手首が掴まれた。
 安綱が押しても引いても、そいつはびくともしない。
 腕を掴まれているから、螺状紋を炸裂させることも出来ない。
 そして――
「誤手の二、不用意に零距離戦を挑んだこと」
 ぱちん、と指をはじく。
「――っ!」
 螺状紋ごと、執刀医の上半身が爆発した。
「安綱!」
 爆音から一瞬遅れて、安綱が弾き飛ばされてくる。
 安綱は自分から転がって勢いを殺すと、即座に立ち上がって老人を睨み付けた。
 だけど顔には明らかに苦痛の色が浮かんでいる。
 何より、破れた袖からさらけ出た右手は、半ばまで焼けて赤黒くなっていた。
「安綱、後は俺が――」
「たわけが!」
 前に出ようとする俺の体を、左手で制する。
 右手は、だらりと垂らしたままで動かない。
「己が力を過信するなよ。
いかに戦事の才あろうとも、おこと風情ではあの老術士の相手はつとまらぬ」
 そう言って、安綱は苦しそうな顔のまま笑ってみせた。
「案ずるな、風一。
たとえ片腕かたわになろうとも、この程度の術士に遅れは取らぬ」
 懐から御札を取り出す。
 老紳士は、くつくつと笑うだけで動こうとしない。
 上半身を無くしたソレを挟んで、安綱も御札を構えたまま動かない。
 安綱の御札は螺状紋になるだけではない。
 真神を屠った時のように、投げて使うことも出来る。
 だから、こちらの勝ちはあっても、負けは無いはず――
「遠近……君……」
 後ろから声をかけられて、びくりと肩を震わせる。
「佐光?」
 気が付いたのか、と言おうとした途端、頭を強打された。
 体と一緒に思考も転倒する。
 そう、勝てるはずなのに勝てないと思ったのは――

「誤手の三、そのお嬢さんを放っておいたこと」

 遠目見眼が、無意識のうちに後ろに敵を「視」ていたから。
 明滅する視界の向こう側で、佐光がモップを構えて泣きそうな顔をしていた。
「私……違うの、私……体が……勝手に……」
 佐光は顔だけこっちに向けながら、何かに引きずられるようにして動き、俺の落とした短刀を拾い上げた。
「風一!」
「おっと、動かないで下さいよ」
 御札を投げようとする動作の途中で、安綱の体が制止する。
 佐光は短刀を自分の首に当てて、その場に座り込んだ。
「やだ……何これ……どうして……」
謀事はかりごととは、十重とえ二十重はたえに巡らしておくもの。
一つ潰れても二つ目、三つ目の手を打てるように、事前に伏した手を打つのは常道。
例えば、見逃したお嬢さんをいざという時の持ち駒に出来るようにしたり、と」
「見逃した……? クグツの術を施しておきながらよく言う」
 頭の中に、路地裏での光景がよみがえる。
 あの時の白衣の集団、ぼんやりとした佐光の反応。
 あれは始まろうとしていたんじゃない。
 ――とっくに、終わってたんだ。
 佐光が切っ先をほんの少し首に押し付けた。
 つと、紅い線が制服の中に落ちていく。
「遠近君……やだ……こんなのやだよ……」
 懇願するような佐光の目。
 自分には、どうすることも出来ない。
 佐光を助けることも、景を助けることも、安綱の代わりに戦うことさえも。
 ――何が手足になる、だよ。
「さて、景君。
どうやら君は人の心が読めるようだから、お分かりのはずですが?」
 景は答えない。
 代わりに、こっちに向かって――
「悪い、後よろしく」
 なんてしれっと言いやがった。
 ――景。
 言おうとしたが、声が出ない。
 視界が霞んで、思考が歪む。
 景が、あいつに何かされてる。
 真っ黒な光とか、嫌な空気とか、オシマイの雰囲気がビリビリ伝わってくる。
 ――もう、ダメなのかよ。
 どう頑張ってみても、体に力が入らない。
 頭が痺れて、命令が体に届いてない。
 立とうとするだけで、後頭部に激痛が走る。
「立てよ……立ってくれよ……」
 悔しさに、目蓋が熱くなる。
「こんな目なんか要らない……だから今は、ただ立てる力が――」
「風一、焦っちゃダメ」
 気付くと、安綱が傍に居た。
 俺が這っていったのか、それとも彼女が来てくれたのか、もうそれすらもよく分からない。
 安綱は俺の体を抱き起こした。
 そしてそのまま、小さな声で言った。
「急いては事をし損じるって言うでしょ?
どんな時でも、絶対焦っちゃダメ。
世の中っていうのは、風一が考えているほど速くは動かないよ。
それに……風一の遠目見なら、きっと勝機むこうが『視』えるから。
焦らず、真っ直ぐ前だけを『見』て」
 安綱が、俺を見てる。
 優しい声。
 幻聴、だったのかもしれない。
 安綱がそんな言葉使いするはずがない。
「風一、皆を助けたいか?」
 その証拠に、安綱はちゃんとこうして厳しい物言いをしてる。
 だけど俺は、なんだか暖かいものを「視」た。
 今の安綱は……凄く暖かい。
「当たり前だろ」
「ならば一つだけ誓え。
私がおことに何をしても驚くな」
「分かった、誓う」
 即答する。
 皆を助けられるなら、なんだってやる。
 安綱はじっとこっちの目を見ている。
 その頬に、なんだか少し赤みが差しているような気がした。
「絶対、だぞ?」
「分かってる」
「絶対に……絶対だぞ?」
「くどい!」
 そんなこと言ってる間にも、景が――
「……なら私も、覚悟を決めた」
 ぐっと、頭が持ち上げられる。

「風一、私の手足になって」

 最初、何をされたのか分からなかった。
 なんか安綱の顔で視界が遮られて、頭の中が真っ白になって。
 視界が元に戻って思考も再開されると、頭の中でぼんって爆発音がした。
 思わず、唇に手を当てる。
 そこにはまだ、柔らかな感触が残っていた。
「安綱、お、おま……こんな時に何考えて……」
「何をしても、驚くな」
 喉まで出かかった言葉が止まる。
 確かに約束はしたけど、まさかこんなこと――
 考えたら、もう一度頭の中で爆発音がした。
「たかが接吻ごときでうろたえるな、たわけ。
おことと私の思念を繋ぐ法で、これが一番手っ取り早かっただけだ」
 安綱はいつも通りの口調で言い放つ。
 だけど、安綱はこっちの顔を見ようとしない。
 付け加えるなら、頬の赤みもさっきより増してる。
「思念を繋ぐついでに、力もいささか注いでおいた。
もう立てるはずだ」
 言われてみれば、少し体が軽い。
 それに、後頭部の痛みもほとんど消えている。
「力は分かるけど、思念を繋ぐって?」
「こういうことだ」
 嘘の様にすんなりと体が起きる。
 自分は、何もしてないのに。
「おことの命令系統はまだ完全に回復していない。
だから、私の思念をおことの命令系統に通している。
つまりおことの体を動かす際に私の命令が流れるということだ。
気色悪いだろうが――」
「何をしておいでで?」
 老人の声が、体育館に響く。
「まぁ……何をしようとも、もう終わりですがね
景君を取り巻く魑魅魍魎の数は十二分。
儀式も終盤、といったところですよ」
 ばさりと、老人がマントをひるがえして景の方に向き直った。
 景の体の周りには、真っ黒な光がまとわりついていて、景本人の姿は見えない。
「あと十分、それで全てが終わります。
それまで大人しくしていて下さいね。
そうすれば、誰もお互いが死ぬ所を見ずに済みますから」
 老人は、哄笑した。
「十分、か。」
 安綱は、静かに立ち上がってそんな老人を見据えた。
「ならば五分ほど、おとぎ話をしてやる」
 老人が、いぶかしげに安綱を見返す。
 安綱は――痛むのか?――右腕を掴み、うつむいたまま話し始めた。
「昔、大江山に酒呑童子しゅてんどうじという名の鬼が居た。
酒呑童子は時折京の都に降りてきては、若い娘を次々にかどわかしては、喰ろうていた。
挙げ句の果てに、やんごとなき身の上の娘……中納言の姫君までもが襲われた。
業を煮やした時の帝は、源頼光みなもとのよりみつに大江山の鬼を討つべしとの勅使を送る。
頼光も、十三になる娘を酒呑童子めに拐かされておった。
だから勅命以上に、娘の弔い合戦でもあったわけだ」
 ぎり、と安綱は右腕を握る手に力を込めた。
 それはおとぎ話を語っていると言うよりも、どこか――
「頼光ら一党は、陰陽師安倍晴明の助力もあって、見事酒呑童子を討ち果たし、姫君を救い出した。
だが拐かされてなお、生きておった娘がもう一人居た」
 どこか、思い出したくない想い出を語るような。
「頼光の娘だ。
頼光は娘をその腕にかき抱き、大いに泣いた。
拐かされ、とうに死んでおったはずの娘に再び巡り会うたのだ、武人とはいえ嬉しくないはずがない。
だがな……死んではおらなんだが、娘はすでに喰われていたのだ」
 前髪が顔に落ちて、影を作っている。
 その姿は、ぞっとするほどあでやかで、のぼせるほどに痛々しい。
「娘の右腕は、肩からもぎ取られて無くなっていた。
その娘は自分で流した血の海に転がってた。
見つけ出したときにはもう、息も絶え絶えという有様。
もはや助からぬのは誰の目にも明か。
だがな、頼光は愛娘を諦めきれなかったのだろうよ。
命が助からぬのなら、せめて……魂だけでも永遠とわに、と」
「ま、まさか……安綱、とは……」
「鬼の血、妖魔の血は並々ならぬ霊力を持っている。
それを吸った刀ならば、そこに蓄えられし力はいかばかりか……」
 顔を上げる。
 安綱の顔には、はっきりと勝利を確信した笑みが浮かんでいた。
「頼光は、娘の肩に己が太刀を接いだ。
晴明による陰陽の秘術、カタシロの呪法をもってしてな。
これにより娘の魂は魔に侵され、輪の廻から外れ現世うつしよに留まった。
しこうして、人が身に帯びれば、鬼、すなわち全ての妖魔と魔術を断ち切る古今無双の秋水となるかいな持つ妖魔が出来上がった」
 安綱が、右腕を掴む手に更に力を込めた。
「鬼退治が済んでより後、頼光の太刀に帝から銘が与えられた。
それは酒呑童子を討ち取った功績と、娘の名を取る――」
 ぼろぼろになって、くっついていただけの袖を破り捨てる。
 さらけ出した細腕には、肩から二の腕にかけて、びっしりと御札が張り付いている。
 その御札には、どす黒く変色した血が、花紋のようにこびりついていた。
 そして、安綱は自分の右肩に手をかけた。

童子切どうじぎり安綱やすつな

 ごきり、と。
 骨が外れる音が、いつまでも鼓膜の中で鳴り響いていた。
 安綱は、ためらいなく自分の右腕を外した。
 肩に貼り付けられていた御札が引きちぎれて落ちる。
 自分の右腕を左手に掴む、という本来有り得ない、あってはいけない姿。
 安綱は御札の切れ端を口にくわえると、一息に引き剥がし始めた。
 御札は全てが繋がっているかのように、べりべりと剥がれていく。
 そして、御札につられるようにして、肌までがはぎ取られていく。
 おぞましく、官能的なその光景に、俺は完全に魅入られていた。
 俺だけじゃない、老人も、佐光も、そして景の周りを取り囲む魑魅魍魎共も、皆。
 札も肌も、全てを剥がして、中から現れたのは、白銀に光る一振りの太刀。
「行くぞ、白の者よ。
貴様が謀事で勝負を決めんとするならば、私たち・・・は戦事で勝負を決める」
 それを、安綱は前方に放り投げた。
 安綱に操られた俺は、駆け出しながらそれを掴み取る。
 手に吸い付くような心地。
 そしてそれ以上に、安綱の暖かさを感じる。
 駆けながら、佐光と老人とを繋いでいた見えない線を「視」て、一刀に断ち切る。
 佐光の体がぐらりと揺らぎ、倒れる寸前に安綱が左腕だけで支えた。
「風一……私を振るう手足の大役、任せたからね」
 やすつなは太刀を両手で握りしめ、老人に向かって疾駆した。





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