
アメリカのプラグマティズム
通常、実用主義と訳されていますが、アメリカの思想家パースが、命名し、ギリシャ語の「仕事、働き、行動」という意味を表す語プラグマから、来ています。アメリカの哲学者、ウイリアム・ジェームズや、ジョン・デューイらにより、普及されました。もとは、イギリスの経験主義哲学の流れを汲んでいますが、経験論の陥りやすい、感覚的、・受身的な態度を否定して、知識と行動、理論と実践とを切り離すことなく、真理を純粋な理論だけでなく、実際の生活に役立つかどうかによって判断するという目的志向の強い、考え方です。
謂わば、従来の「読み書きそろばん」を重視し、「知識の伝授」を旨とする学校教育の役割へのアンチテーゼとして生まれた理論であるとも言えます。
(この考え方に基づく授業が、経験的な体験授業の形をとり、教師による一方的な「教え込み」を極端に否定するのは、この理論が背景にあるからです。しかしこの考え方もやはりあくまでも仮説であり、これにより、本当の意味での基礎学力がつくことは、保証も実証もされてはいないということは余り知られていません。この点をこの後の「総合学習の未来」で検証したいと考えます。)
この思想哲学の確立により、アメリカは、思想においてのイギリスからの独立を果たしたとも言われています。このデューイによって、提唱されたのが、総合的な学習の手法です。しかしながら、この「未完の改革」とも呼ばれる理論は、1980年代に、誤った教育理論であったとしてアメリカの教育庁自身の手によって、公式に否定されてしまいました。
「ジョン・デューイの道具主義」
1981年にアメリカの教育庁に提出された「危機に立つ国家」“Nation at Risk”の報告書の中で、アメリカの教育の荒廃の原因が「間違った教育理論」の受け入れにあると指摘された、その「間違った」理論こそが他ならぬデューイの「進歩主義教育」だったのです。彼の主張である、「知ッは実生活の中で役立つ道具であるべき」との理論は、その理想の高さから、長くアメリカの教育界での支配的な教育観となってきました。しかしながら、60年代から、80年代にかけて、ほとんどすべての州で実施され、それが、アメリカ人の学力と教育の崩壊につながったと言われています。2002年・今年から、日本で一斉に実施される、総合学習は、実は、この理論に基づいたものであり、決して新しい試みや実験なのではなく、既にアメリカと、敗戦直後の日本でも一時期実施され、その際にも、学力低下を理由に、廃止されているものなのです。
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