高崎同友会HP
              


    倉本長治主幹の著書から商売十訓について書かれている箇所を抜粋しました。
           
           参考文献は 
                     「商人論語」
                     「商人讃歌」
                     「考える商人」
                     「店主宝典」
                     「店主読本」
                     「商人の哲学」

                      
                         全て廃刊しています。
                              





            

             『それは引き合うか、採算がとれるかという問題よりもその事が善いことか、悪いことかを考えるのが
             根本なのである。人のために喜びとなり、便宜であり、重宝である、有利であるという時、商人もまた

             進んで、ことに当たろうではないか。(商人讃歌p23)

             『私は「善悪の問題が損得の事柄より優先する」という考え方を持つのが正しい人間だとおもうのだが、
             決して「利」を無視する商人が立派だなどとは云わない。むしろ欠損を社会悪と見る者であるが、利益
             を離れては存在を許されない商人にしても、人間である以上は、勿論「義(正義)に諭る(心が敏感)」
             べきではあるまいか。それを忘れてはいけないのである。
(商人論語p149)

       
         

             『真似よと私が言うのは、その精神や技法のことであり、店構えや文章など、眼に見えるものをウワベだ
             け猿真似せよと言うのではない。
(考える商人)

               『どこかの店が実施して成績が良かった、なるほどそれは善いことと知っても、一応は慎重に考慮し、十分に考
               察の上で、実行に移すという態度が、私は実に正しいと思うのである。そうすれば、軽率に他店の真似をして
               失敗する人も少なくなろう。
(商人論語p127)

       
   

             『商売はお客のためになると同時にお客に有利さと便利さも与えなければ繁昌しないものである。
             (商人讃歌p25)

               『商店の繁昌ということは、タッタ一人のお客が、繰り返し繰り返しお買物にお店にやってくることの累積
               にほかならないという簡単な事実を忘れている人が多い。
(店主宝典p34)

       
              

              『愛で仕入れよしからば真実で売ることができる。
              −愛と真実ほど人を動かすものはないのである。幾百万の商略、アノ手コノ手の商売も、愛と真実
              の商売ほど強くない。
(商人讃歌p20)

              『客数は少なく、従って売上もさほどでないお店としても、もし、そのお店が誠実で、勤勉に、他の
              同業よりはヨリお客の利益を守るために働いているのだったら、やはり、その経営は存続された方
              がよいものである。・・・・・

              ・・・・・維持継続される必要がある時、そのための費用は、商売そのものの中から生まれていかねば
              ならない性質のものゆえ、商店としては・・・・・・、維持発展のために必要な利潤を持たねばいけない。
              店の規模や諸条件、または商売の性格によって、客数が少なく、売上もさほどでないというようなお店
              では、そこで必然的に荒利(マージン)の幅をひろげなければやっていけないという帰着を見る。かか
              るお店にあっては、利幅が多いということが、経営の正道なのであり、そのことが本当の在り方なのだと
              いう点も認識しなくてはなるまい。そのかわり、経営者は費用の関係のない温かい愛情と、安く売れな
              いお詫びの印に、あらゆるサービスの出来る限りをつくすのがよい。安いばかりが世の中のためではな
              い、商売の種類によっては、安売りがかえって、お客を守る道とは言えないのである。
(商人讃歌p77)


         
             

              『正しい商売である以上、どんな商売でも、本質的に儲けなければいけないものである。よしんば、どん
              な悪徳な商売においても存続しようとする以上は同じくそうあるべきであろう。それが、世の中を益するた
              めに行われている商売なら益々その必要が痛切なのである。益々世の中のために役立ち、消費者を幸
              福にするように商売を維持し改善しつづけ、または、モット役立つように拡張したり充実したりする必要が
              あるなら、絶対に儲けを出さないといけないのである。それが利潤というものだ。
(商人讃歌p71)

                『利益の伴わない商売こそは、お客に対してヨリ良いことは何も行えず、次第に衰微して世の中のためには、
                永い眼で見ると、むしろ罪悪的であることが多いものなのである。
(商人讃歌p79)

   
          

               『諸君が商業界ゼミナールで知って、実行したくともできないようなことでも、同友何人かで手を組み力を
              合わせるとタヤスクできることも多いのである。或いは経験なり、知恵なりを豊富に持った人の援けを求める
              のがよいだろう。力は借りることができる、金でも買える。それをかのうにするのはタダ君の「心」如何による
              だけだ。その君の「心」だけは、金を出しても買えないし、どこからも借りてはこられないものである。これだけ
              は大事にしなくてはいけない。
(商人讃歌p165)

    
                   

                『商売というものは、お金儲けにもなるが、何よりも一番、世の中の人の欲しいモノを楽しく得させることな
                のであり、お店でモノを買うことが、人々の生活の喜びや幸福に繋がる意義のある、倖せな、名誉ある仕事
                なのだと知って頂きたい。世の中の人に楽しんで貰う、うれしいと思って頂く、ああアノ店で買ったのだ、幸
                福だなぁ、とお客に感じて貰うのが商売の本道なのだと解ったなら、商人諸君の毎日が、朝から晩までどん
                なに朗らかで自分自身も楽しかろう。
(店主読本p9)

                  『研ぎ磨かれた小売店というものは、結局、自分自身を始めとし、家族、従業員、お客様、そして商売上縁のない
                  ご近所の人々にまで、豊かな愛と誠実さとで、平和で楽しい生活を守り合う立場を創るものでなくてはいけない。
                  
(考える商人p56)


                          

                 『何かの折とか、誰かに対しては、一割とか一割五分とかひくことができる売価を記した値札というものを、
                 私は正札とは言いたくない。正札というのは、神聖な商人が、天地に恥じない愛情の篭った真実の
                 売値段を記した売価票のことなのである。
(商人の哲学p184)

                   『「正札販売」というと、今でも、自分が売りたいとおもう勝手なネダンを書いた値札を商品につけておいて、どの
                   お客にもソレよりも値引きしては売らないことを指すものと思っている人がいるが全くあほらしい。そんなことが出
                   来て、ソレで商売が繁昌するのだったら商売ほど呑気で儲かるものはないであろう。
(商人論語p28)

                            

                 『現今、生産の方面ではINNOVATION(技術革新)ということが叫ばれている。生産は主としてオートメー
                 ションの時代に入り、随分進歩したのだが、マダ革新が叫ばれている。それなのに、販売界の多くは依然
                 として、関が原の戦いと同じように、一人対一人の、「ヤアヤア遠からん者は音にも聞け」という式のことを、
                 今日もなお繰りかえしているのである。二坪か三坪の店だった大阪天神橋のハトヤが今日の「ニチイ」だと
                 知る人は余りないほど「ニチイ」は巨大だ。昔の小店時代を忘れずに、
この店の社長西端行雄氏は、全国
                 の小都市の同業に、自店の開発商品を全くの無報酬で分け、且つ巨大なコンピューターによる刻々の販
                 売情報をも、それらの店に通報している。善意の商人ならお互いに手を取り合って、合理化を追求しようと
                 いう精神なのである。誰かが払える犠牲を払うことで、日本中の善良な商人に見事な商売が出来るというな
                 ら、ソレは商人にとっての「善行」ではないかという信念からの行である。
                  美しい商人の姿である。

                  小さな小売店の経営には、革新は無いのか。その販売は、ソレが自店の犠牲で可能になるとして、今、
                 地方商店のためにも役立とうとしている。ソレは諸君が儲かるとか、儲けるとかという問題ではない。お客様
                 という人間の、生活の改善向上、文化の発展につながるためにこそ、商人の使命が捧げられなくてはならぬ
                 とするためである。
(商人讃歌P35)


             

                『商業界の読者諸君、諸君は胸を張れ。深々と思い切り大気を吸え。外見は腰の低い、微笑を常に忘れない前垂れ
                  の世の常の商人であっても、俺たちはこれまでのそこらの商人とは少しばかり違うのだという自覚を強く持て。どこま
                  でも商人らしく、人には親切で愛情ぶかく、おとなしく振舞い、言葉はなごやかであっても、正しいことと真実にはどこ
                  までも忠実であり、口では偉そうなことは言わないでも、心の中では、烈々の理想を燃やせ。高い誇りを持て。いつ、
                  どこへいっても、誰の前に出てもコソコソするなかれ。
(商人讃歌P121)

        商売十訓は全て自分のためとは書いていません。皆、お客さんのためにそうしなさいと書いています。つまり、次の言葉に
       集約されていると思います。