陶芸 屋久島日記 | ||
ようやく、新しいメガネが出来て届けてくれた。近くを見る用と、遠くを見るよう。先ずは遠くを 見る用から、調整する。ところがなんだかぜんぜん合ってない。どう調整しても 目がくらくらして、地面が平らに見えない。いつものとは明らかに違う。メガネ屋さんは レンズの質の違いだとかフレームの形状だとか色々言うが、どうしても納得がゆかない。 水掛け論をしていても、計測する機械が無いから無駄と悟り、今度十二月に機械を持って 来るから、その時にちゃんと計ってくれると言うことで決着した。こういう時、離島は不便だ。 それでも、出張販売があるから、島でメガネが作れるわけだが。近いところ用は、実に 具合が良い。これなら散歩の時とか普段用に使っても行けそうな気がする。いっそ、 もう少し、グレードの上のにすれば良かったと思うほど。帰り際に、難しいものですねえと 言ったら、はいと渡してすむものでは無いと言われてしまった。そりゃそうでしょう 何だって。人が見たら簡単そうなことでも、実際のところたやすいことなど そうそう、無いことぐらいはわかりますと、心の奥でつぶやいている。 今日から、町長候補の選挙運動が始まった。また、しばらくは島が賑やかになる。 それにしても、皆さん、挨拶にきて、こんな時だけすみませんと言って、あとは ほんとうに四年後またぞろ、同じセリフを繰り返す。ほんとうに気持ちがあるなら 四年の間に、一度でも挨拶ぐらいしたら良いのにと思う。きっと、忙しいのだろうけれど。 大切な一票、だれに入れたら良いのかな。この島の暮らしを、一番考えてくれる人を 四人のうちから選び出す。うーん、なかなか難しいことだと思う。 10/25 朝の散歩に外へ出ると、澄んだ空にくっきりとした三日月。真っ白い上弦の月だった。 秋は、月も日も東に出るのかしら、とカミさんが言う。確かに、菜の花や月は東に日は西に という句があるから、春とは反対だね。ゆうべは八時前に床に入って、たっぷり十時間の睡眠。 おかげで、疲れもすっかり取れたようだ。疲れが溜まると、心まで歪んでくるらしく、ちょっと した事に腹を立てたり、いらついたりする。良くないことと知りつつも。昨日もそんな日だったなと 反省する。朝から、“上弦の月だったっけ ひさしぶりだね 月い見るうなんてえ” と歌も出てくる。 それにしてもすっかり秋になった。二十一日を最後に、ツクツクボウシも鳴かなくなった。 今日、荷造りを終えれば、またひと仕事、区切りがつく。本当は、ここらでゆっくりしたい ところだが、次の仕事が待っている。頑張らねば! 10/24 朝、工房に向かう途中、庭でガサッと言うので、音のした方へ歩いてゆくと、鹿がこちらを見て いる。きょとんとした目。逃げようともしない。おまえら、そんなだから鉄砲で撃たれちまうんだぞ。 まあ、しかたがないか。工房で箱書きをする。普段、筆を持つことも少ないから、特に文字は 苦手だし、気合いを入れて書いて行く。書き終わって落款を押す。ずっと使っていた印が、すり減って しまって、うまく出なくなった。そこで、一月にベトナムに行った時、町のハンコ屋さんに彫って もらったものを使う。あちらの職人さんも、手が器用で、お願いした通りに出来上がった。 ただ、柔らかい木で作っているから、あまり長持ちしそうにない。しょっちゅう個展をやってた頃は、 木箱をつけていたが、最近はあまり箱をつけることもなくなった。たまにお抹茶の茶碗につけるぐらい。 お茶道具にはどうしても必要なのだが。久しぶりに箱屋さんに電話したら、わあめずらしい、と言われた。 最近は、南洋桐とも呼ばれる、ファルカータという木が使われる事が多いという。 桐は、タンニンが多く、すぐに黒くなる欠点があるとか。それに比べると真っ白く きれいだと言う。出来上がった箱は軽くほとんど木目もない。そのぶん、字が下手なのも 目立ってしまうが。ウコン布にアイロンをかけたり、落款を押したり、やることが一杯。 午前中ですっかり疲れてしまい、午後はテレビを観て過ごす。野口みずきの復活。 菊花賞、オルフェーブルの三冠。スポーツの秋。遠くで運動会の、ピストルの音もする。 10/23 昨日、夕方、そろそろ戸締まりして戻ろうかなと思ってたところ、クルマの音がして、バタバタと ドアが開け閉めして、何やら賑やかな声がしてくる。出てみると、よく体験に来てくれる 看護師さん。うちの父と母です。どうやら、ご家族と親戚の人達らしい。しばらく、わいわい やっていたら、雨が降り始め、どんどん雨音が大きくなる。そのうち稲光がして、雷鳴が 近づいてくる。ピカッと急に明るくなったと思うとガラガラと鳴る。この調子だと停電するかも というと、停電は嫌だなあとお父さん。しばらく過ごして、賑やかにクルマに乗り込んで 出て行った。急にひとりになって、心細くなる。雷、大嫌い。明かりを消して、傘をさし 懐中電灯と釣り銭箱を持って家に向かう。時折ピカッと空が明るくなると、思わず足が すくみそうになる。あれが頭に落ちたら一巻の終わりだなと、あらぬ事を考え、つい足元が おぼつかなくなる。なんとか家に帰り着いて、夕飯を始めようとしたところで停電。ロウソクで 食卓に向かいはじめたら、案の定ピカッと光ったと思ったら、流しにパチッと電気が走る。 いやあ、恐ろしいこと。息子が、そのうち帯電して磁石になるかもと冗談を言う。 道が出来ているんだなというと、触ってたら死ぬかしらとカミさん。いやあ、死ぬことはない と思うよ、というと、でも、痛いだろうなと、息子が言う。スズは、恐ろしいのだろう。 ワンワン吠えている。しばらくしたら遠のき、電気も復活して、何事もなかったかのよう。 よく、地震、かみなり、火事、おやじと言うけれど、地盤の固い屋久島では地震はそれほど 心配してないが、かみなりはなあと思う。毎年、電気器具に被害を受けるし、逃げようが 無いし。なにしろ、いつ発生して、どう近づいてくるか、まさに風まかせ、神頼み。 昨日は3時から、雑誌の取材で、体験を撮りたいというので、ニ時間あまり、たっぷり 撮影していった。普通、さわりだけやって、さっさと済ますところ、きっちり普通に 時間をとって、制作風景を写していった。ちょうど、もうひとり、一般の体験者も加わり。 来年の雑誌には、これが載るのかなあと、思いつつ。 10/22 今朝の散歩は上の道。いつもの農道から外れて、山に向かう道を歩いてみた。ちょっと登った だけで違った景色が目に映る。静かなミカン畑。下草がきちっと刈られて、脇には里芋が 育ち、ニチニチソウが白と赤の花を着けている。空き地にはフヨウが盛りを迎えている。 よく見ると木によって、色が違う。白っぽい花、薄紅色で縁取りが濃い花。足元では オオバボンテンカが赤紫の花を競っている。庭で育てている花とは別のたくましくも 楚々とした花達。それにしてもフヨウの姿の優雅なこと。タネヤクフヨウは秋を代表する 島の宝だと思う。今朝は、頂き物のリンゴを煮る。いつも、持ってきてくれる時は 美味しくないんですけどというひとが、めずらしく美味しいですよと自信を持って呉れた 紅玉。包丁を入れるとガシッと音がするほど、実がつまっている。砂糖を加えて火にかけると 甘酸っぱい香りがひろがる。水が出てきたところでバタをひとかけ。洋菓子の香りが お勝手一杯に。スズが、鼻をくんくん言わせて、仕切りの間から顔を突っ込んでいる。 10/21 一昨日は息子の誕生日で、ギネスで乾杯したあと、ワインを一本空けた。結果、朝しっかり 二日酔いして、おまけに一日おなかの調子も良くない。焼酎は合わないみたいでおなかに来る と思っていたが、ワインだって一緒だった。そこで昨晩は、焼酎二、水八を電子レンジで温めて 逆二八を一杯でとどめた。それから八時前に寝てしまい、最初に目が覚めたのが十時半、カミさんは まだテレビドラマを観ていた。それから朝まで四回も目が覚めては本を読むの繰り返し。どうも 程よい酔いが得られない。宮部みゆきの「ぼんくら」は江戸の町のとある長屋が舞台、同心の 主人公と長屋の住民との交流が軽妙に描かれている。さすがに、東京下町で育った宮部さん 独特の東京訛りが、活字から、こぼれてくる。これって、生まれ育った人でないと描けないな と思う。それにしても。江戸時代って、社会主義だったのだと、読むと気がつく。 循環型で、完結型の社会。当たり前のことだが、当時は鎖国していたわけだから、島国の日本は その中で、回ってゆく社会を築き上げていた。それも、非常に高度に完成された。普通、社会主義 と言うと、独裁政治に走ってしまうものだが、そこを上手くコントロールして、徳川三百年の 時代を築き上げた。勿論不満も不公平もあったと思うし、実際その時代へ行って見たわけでも ないのだが。海外依存の現代にあっては、学ぶべき事は多いと思う。屋久島でも、古い形の 村社会が崩壊して、孤独な老人や家庭が増えてきたように思える。そこで、介護施設や 通所施設の存在が不可欠になっている。だけど・・・。ちょっと窮屈な世の中になってきたなと 本音として、思うこともある。 10/20 昨日、島の雑誌を発行してる人が新号を届けてくれた。彼女、カフェも新しく始めて忙しそう。 大丈夫?と尋ねたら、週休二日にして、厨房の人達が、落ち着いてくれたと言う。それに、お店、女性を ターゲットにしたのが良かったみたいとも。最近、屋久島は女性客が多いとリサーチして、経営方針を しぼったみたい。さすが、屋久島事情の専門家。手に小さな生きものを抱えて下りてきた。よくみると 犬の仔。私のおなかから出て来たのと、べたべたの状態。まだ生後二ヶ月ぐらいの屋久島犬だ。 屋久島犬は茶色い毛に刺し尾、大きめの耳がピンと立っている。これが、大人になると、鹿を追う、 勇敢な猟犬になるのかと思う。それにしてもこの甘やかしよう。夜も一緒に寝ているとか。ネコッ可愛がり とは言うが、これは、犬ッ可愛がりだよ、とおもう。屋久島犬はペットじゃないのではとも。 生きものは、特に子供のうちは可愛いからなあ。先日、工房の裏に一匹の犬が迷い込んできて、遠吠えを 始めた。みるとガリガリに痩せてひもじそう。お茶受け用の甘納豆を手に乗せて差し出すと、がつがつ 食べて手までなめている。形から見て屋久島犬らしい。首輪が無いところをみると、自分ではずしてきたか、 老犬になって役に立たなくなったのを捨てられたのか。可愛そうになって、いつまでもその辺にいる ようなら工房で飼ってやろうかと思っていたら、いつの間にかどこかに居なくなった。 犬は人と共に暮らさないと生きてゆけないから切ない。それぞれに運命があるとは言え。 幸せな生涯をすごしてもらいたいと思う。 10/19 何日ぶりかで、爽やかな朝をむかえる。ここのところ、頭が重く鼻水が出て、胃がキリキリしていた。 ゆうべ、焼酎の晩酌をワインにかえ、寝る前にカミさんからくすりをわけてもらった。すっきりした 目覚めは有難いもので、今朝の散歩コースも足をのばして、いつも引き返す川を下って 県道を歩いてみた。海から輝くご来光が上がり、道の途中のコスモス畑は、モネの点描のような パステル色がひろがり、可愛いメルヘンの世界に飛び込んだよう。普段会わない朝の顔に 会釈しながら、澄んだ空気をいっぱいに吸うことが出来た。 体験の作品を仕上げたり、頼まれていた引出物を送るための準備を始める。ここのところ 有難いことに、結婚式の引出物や記念品を頼まれることが多い。いずれも慶び事に使われる ものだから、手にした人の顔が輝くような、そんな器を作らねばと、作業を積み重ねている。 そして、最後の仕上げとして箱に詰めて、包装紙をかけ、のし紙を添える。この器たちが どんな人達の手元に届き、どのような運命をたどってゆくのだろう。何十年、作り続けても 手元を離れた器は、ほとんど帰ってくることはない。願わくば、手にした人に元気をあたえ 暮らしの中で潤いをもたらすことが出来ればと、願っている。 10/18 かつて、宮部みゆきが好きで、ずっと読み続けた事があった。ところが「理由」を読んだところで 嫌になって、それ以来、彼女の書いたものは遠ざけてきた。ここへ来て、何を読もうかと、考えて そういえば、彼女も時代ものを書いているのだな、読んでみようかなと、思った。結構、行き詰まると 時代小説に移る作家は多いと思う。特にミステリーでは。北方謙三なんかもそうだが。歴史はけっして 遡れないから、何を書いても許される。ある意味、サイエンスフィクションと同様に。 今朝、散歩してたら公園でハッとするほど白いものが目に入った。よくみると白鷺。自然界に あれほど真っ白な色が存在するとは。カミさんが、早速デジカメのシャッターを切る。 ソロリと近づきながら。すると、気がついた鳥がスッと飛び立って、南の方向に飛んでいった。 ごめんね!折角羽を休めていたところを、驚かせて。この季節、色々な鳥たちが南へと飛んで行く。 いったい、どこまで飛んでいって、冬を過ごすのだろう。そういえば、昨日は庭で、赤とんぼを 見かけた。やはり、目を引く鮮やかな色。ほんとうに、自然は、豊かな、色を持っている。 10/17 昨日は、午後三時に工房を息子にまかせて早く上がった。なんだか、頭が重くて、気分が落ち込み、 無気力状態に陥ってしまった。家に戻って、スズをクルマの乗せて。栗生の海に向かう。家を出た時は 上がっていたのに、すぐに雨が降り始めて、だんだんひどくなる。それでも浜を少し歩けば気分も 変わるはずと、たどり着いたら、土砂降り。おまけに別のグループが休憩所にいて、犬を放している。 結局諦めて、ただ来た道を引き返す。いったん落ち込んでしまった気分はそう簡単に晴れるものではない。 午後、大昔、屋久島焼の社長さんだった人のお孫さんがやって来た。何でも屋久島に住んで、焼物を 始めたいと言う。色々事情があっての事だと思うが・・・。焼物で食べてゆくのは、傍から見るより 楽ではないからなあと思う。まして経験もない人が。毎日あーでもないこーでもないと悪戦苦闘し続けて 四十年近く、なんとかこの道で生きては来たが。けっして楽ではないし、今だっていっぱいいっぱい なのが正直なところ。この島にも、焼物屋さんが増えて来たが、おそらく、どこも似たりよったり だろうと思う。豊かな自然に囲まれた、柄の良い田舎で、陶芸でもしながらゆったり暮らしたい、なんて、 よく疲れた芸能人が口にしたりするが。現実はそんなものではないと思う。だから、どうしなさいと、 人に言える立場にはないけれど・・・。ところで最近、家を探している、土地を探している、という人が よくあらわれる。確かに、そういう時期ではあるのだが。それも、小さなお子さんを抱えたお母さんが。 先ず、工房へ入って来た時の目が似ていて、ハッとさせられる。思い詰めたような、疲れた目。 若いカップルとかなら、あー、新しい生き方を模索しているんだなと理解出来るのだが。 小さいお子さんが痛々しくて。これも、原発事故が関係しているのではないか。母親とは、 本能的に、子供を守ろうとする。いくら、政府が安全と言おうと、子を守ろうと言う本能が感知 してしまう。そんな気がしてならないのだが。何か、手を貸してあげたいという思いはあっても、 何が出来ると言うのか。無力さに、ただ胸を痛めるしかない。そして、どこか、良いところが、 見つかると良いですねえと、空しい言葉をかけるしかない。 現在、アメリカで起こっている、デモ。99パーセントの貧者と1パーセントの富裕層。確かに、仕事も 無く、貧困にあえいでいる人の気持ちも理解出来るし、なんとか苦労して這い上がった人の気持ちも。 日本でも、同じような運動がはじまっているようだが。いったい、どうしたら良いのか。正しい答えの 出ない問題だから、皆で考えてゆくしかない。どうしたら、より暮らしやすい社会に出来るか。 先日の原発廃止を訴える集会などは、新聞も、テレビも、ほんとうに小さくしか扱わなかった。 明らかに、国民の思いをコントロールしようとしているとしか思えない。先ず、現在起きていることを きちっと、明らかにすること。何事も、そこからしか始まらないと思う。 10/16 朝、起きると手が痛い。昨日打ったところが疼いている。よくみると、幾分腫れているような。 すねにも、擦り傷が残っている。工房へ歩きながら、どのあたりで落ちたのか、場所を探すが 見当がつかない。毎日歩いている道なのに。それも、落ちないように注意しつつ。これからは 常に、小さな電灯を身に付けるようにしようと思う。まさに転ばぬ先のなんとかとして。 昨日、息子が注文した本が届いた。わずか五日で。というのも、なんとアメリカの アマゾンから。信じられない程のスピードだ。円高で、画集なんかも驚くほど安く手に入れる ことが出来る。昔は1ドル、360円していたから、なんと五分の一。これって、国の力が 上がったと言うことか。国民の努力の結晶か。日本が三流国に落ちる日も近いと、よく言われる けれど、アジアヘ行けば、まだまだお金持ちの国だとわかる。人間の平等を言うなら、他の国の 力が上がって、すこしこの国が落ちるぐらいがちょうど良いのかも。だけど、勤勉だからなあ。 日本人は。そう、たやすく、譲らないと思う。この位置を。ただ、無理は禁物。必ずどこかで 破綻が起きるものだ。今回の原発事故のように。 10/15 すっかり体験が長引いて、外にでたら真っ暗。鼻を摘まれてもわからないような闇というけれども、 そんな感じ。足元がまったく見えないのは恐ろしい。空を見上げて、森の木の枝先を見当に歩き出す。 端によって側溝に落ちないようにと。ところがストライク。見事に落ちた。すねをしこたま打って、 手も打撲。幸いに、骨折とかはないようだ。一緒に手に持っていた、汚れたエプロンも、釣り銭箱も 落とさずにすんだ。なんとか、立ち上がってソロリソロリと家まで歩く。カミさんはよく釣り銭箱を 落とさなかったと変な安心をしていた。私だったらひっくり返してお金をぶちまけたと言う。 こっちは、それを守るために、手の甲を側溝の角で打ったのだが。それにしてもよくぞ骨折しないで すんだ。大難が小難、という母の言葉が浮かんでくる。 10/14 朝の三時に雷鳴で起こされ、工房に下りる。雨足が強まったり弱まったり。六時になっても 薄暗い。傘をさして散歩をする。雨雲がかかると降ってきて、通り過ぎると止む。 公園の中で、わあ、すごい鳥の群れ!、と頭の上を見上げる。サシバだろうか。 おびただしい数で、旋回しながら高くなったり低く飛んだり。そうか、そんな季節か。 屋久島の人が、タカワタシと呼ぶ、サシバの渡り。しばらく見上げていたら、急に向きを 変えて、飛び去っていった。鳥はすごいなあと思う。国境も関係なく、季節を感じて 大空を移動して行く。人が空を翔べたら、あの、津波だって、軽々と飛び越えられたろうに。 緊急の時、何か災難を除ける、便利な方法を発明出来ないものだろうか。今日のワイドショーで 東海、東南海、南海地震がもし起こったらという、特集をやっていた。被害のおよぶ西の端は 屋久島だと、司会者が何度も語っていた。まったく、他人事ではない。 いつやって来るかわからない、大災害にどう対処するか。日頃から考えておかないといけない。 10/13 昨日の、帰り道で見たお月さま。黄金色に輝く満月。秋なんだなと感じられた。 朝の散歩の時も、すっと伸びた草の葉が、真っ赤な朝日を背に、風に揺れてたりすると しみじみ、秋を感じる。空に広がるうろこ雲、最後の声をふりしぼって鳴く蝉、遠くから 聞こえてくる虫の音。何を見ても、どれを聞いても、秋だなあと思う。きのうは必死の思い だった仕事のことも、一晩経てば、何となく、淡々とこなして行くことが出来る気がする。 今、休み時間に読んでいる田中小実昌のエッセイ集。いったい何度読んだことか。 ほのぼのとして、かたひじ張らず、流れに身をまかせてゆけば良いのだと、そんな気持ちに してくれる、不思議な魅力がある。 10/12 化粧掛けを終え、あとは乾燥を待って素焼。釉薬をかけて本焼すれば、一つの仕事が完成する。 ようやく、ここまで来た。ほっとした気持ちで、午前中は土練機を回しながら、次の仕事の 構想を練る。昼休み。ウトウトしていると電話が鳴る。依頼人から、追加注文したいのですが 大丈夫ですか?。はははい!、なんとか。間に合わせます。プロだから、出来ないとは言えない。 午後、再び、気力を奮い起こして、ロクロに向かう。自分でも、上手くなっているのがわかる。 やはり、数を作る事は大切だと実感する。頑張らねば。 10/11 きのうは、朝の3時から夕方の4時半までひたすら手を動かし続けた。イヤア、出来るもんですねえ。 おかげさまで、予定していた香炉の組み立て作業をすべて終えることが出来た。あとは、細部を調整 して、化粧掛けを終えたら、下仕事は終了。それにしても、焼物作りは手がかかるものですねえ。 気が遠くなるほどの、作業を積み重ねてようやく完成となる。途中どこか一ヶ所でもやり損ねたら すべてが、最初からやり直しとなる。今回の青緑釉にしても、思った色と肌合いを出すのに半年 かかった。それで完璧と言うわけではないから、少しずつ配合を変えて、微妙なニュアンスを捜す。 いくら、上手く調合しても、最後の焼き次第でどうにでもなるし。おかげで随分勉強させていただいた。 まったく、果てしなき道の途中のごとし。立ち止まることは許されないから、歩き続けよう。 10/10 トレヴェニアンの「バスク夏の死」を読み終える。この小説の一番の舞台は、町から離れた荒れた 屋敷と庭。この庭は登場人物に言わせると、苦労して荒れた庭を演出したのだと言う。そして、その 庭に建つ崩れかけた小屋。荒寥とした風景が浮かんでくる。きのうの晩、ルドンの画集を見ていたら、 チャーチ イン ピレネーという銅版画がのっていた。ピレネー山脈を背景に古い石作りの建物が 描かれている。どこかで見たようなと思っていたら、まさにあの小説のイメージ。そして、ルドン自身、 生まれてすぐにランド(荒れ地)に建つ、古い屋敷にあずけられて、まるであの、嵐が丘のように、 ヒースの野を歩き回り、足元の草を観察し、日がな野にねっころがって流れ行く雲をながめて過ごした と書かれていた。今日あたり、急に風が強まり、屋久島も、秋の草が風に揺れる様子を見ていると、 また訪れる、北西の季節風が吹き荒れる冬を予感させる。そして、また、あの銅版画の風景へと 心が誘われてゆく。今朝、初めてトレーナーを引っ張り出して、シャツの上から羽織った。 10/9 きのうの晩、家に戻ると、ルドンの画集が届いていた。夜中、目覚めて、布団の中で開いて見る。 一冊は、「夢の中へ」。自作を語るという、小さな図版に、言葉が添えられている。もう一冊は グラフィック オブ ルドン。モノクロ作品が割りと大きな版で並んでいる。先ず、思ったのは、 この人の文章力。あー、詩人だったのだ、彼は。ビジュアル ポエムという言葉が浮かんだ。 自分だけの表現を模索し、目で見て、感じた世界を、現したかったんだなと。だから、誰かと 群れることを嫌い、技術を磨き、感じたものを如何に、表現するか。誰かに、理解しやすいように ではなく。心のありのままに。今、息子が追いかけている、天目釉の、微細で、硬質な、顕微鏡の 世界をのぞくような。ちょっと、近いところがあるようにも感じる何かを。 10/8 先日、朝方、ふと、ルドンの作品が頭に浮かんで、離れなくなった。寝起き前に啓示というか、 突然何の脈絡もなく、夢と言ったら良いか、朝日夢(ちょうじつむと読む}が下りてくる。確か、大昔に ルドン展は見たはずで、どこかにカタログがあったはずだがと捜すが、例のごとく出て来ない。 花瓶に花の絵も良いが、彼の版画、それこそ目とか昆虫のような生きものなど、怪奇で幻想的な モノトーンの作品に惹かれた。ネットで、作品をたぐっていると、どうも頭の中のルドンのほうが 増殖成長していて、よりおどろおどろしい別のモノになっていた。それでも、確かめてみたくて、 早速画集を注文したが。アアー、版画やりたいなー。定期的にもたげる、版画作りたい病が、 またもや再発しつつある。 10/7 すっきりとした秋晴れ。散歩が気持ちよく、いつもとは別なコースを歩く。コスモスとヒマワリが 一緒に咲く不思議な光景が見られた。水道が止まってしまい、水源池へ上がる。上で林道工事を やっているためか、タンクが砂と泥で半分ぐらい埋まっていた。バケツでかき出したら全身 ぐしょぐしょの濡れ鼠。朝から着替えることになった。生乾きの作品を陽に当てる。体験作品の 梱包をして、体験を教えて、今日もバタバタで過ぎて行った。 10/6 朝方、屋根を打つ激しい雨音で目を覚ます。六時過ぎ、止み間を見つけて、犬の散歩をする。 ここのところ続く悪天候で、散歩も滞りがち。スズも幾分欲求不満気味か。工房に下りると、息子も 目がとろんとして、疲れが蓄積しているのがわかる。このままでは、やばいことになる。そこで、 工房を閉じて、出かけることにする。知人が始めたカフェでランチをして、どこかでお茶をしてと。 ところが着いてみると、店は閉店中。そういえば厨房担当のお母さんがかなり参っているとか。 開店の忙しさで、ダウンしてしまったのかも。商売とは難しいものだと思う。忙しすぎるか、暇すぎるか。 ちょうど良い、というのが、なかなか無いから。いつもの、食堂で定食を食べる。さすが、安定している。 店は、いつも変わりないサービスを提供してくれる。カミさんがお茶をしようというので、足をのばして、 自家焙煎の珈琲をと、北へ走るが、案の定、お休み。そちらも、めったに店を開けないので有名。 すぐ裏が滝の名所で、ここのところの大雨で、見事な瀑布を拝むことが出来た。まあ、お店は、縁が あったらいつかまた。美味しいと噂のコーヒーは先の楽しみとっておこう。食材をあれこれ、選び、 仕事用にとバケツにポリの保存用器にと。それと、この夏にオープンしたおみやげ屋さんにも寄って 用事を済ませて、気分も少し変わったし。降り続ける雨の中を戻ってきた。 10/5 昨日の夕飯時の会話。かみさんが、ヘルパーさんに来てくれる友達と、サルビアが出て来る フォークソングってあったよね。何だっけ。例によって出て来ない。思い出せない?。 ほんの小さな、できごとで、愛は傷ついて、きみは、部屋をとび出した。チューリップだっけ。 それは、サボテン!、と息子。それじゃあ、紅いサブビア。梓みちよ。それは、歌謡曲。 うーん、出て来ない。そこでネットで。もとまろ。「サルビアの花」。切ない、失恋の 歌でした。昔はサルビアといえば、紅い、先っぽを口にすると甘い、あのサルビアだけでしたが 今は、セージの仲間をそう呼ぶ事を知って、色々育てているうちに大好きな花になっている。 中でも、グアラニチカという、黒い軸に紫の花が着く、シックで大人っぽい花は、庭の花の 中でも、最も好きは花の一つ。それに、ちょうど咲き出した、メキシカンセージ、こちらは 背が高く、風に揺れるとなかなか見事。春に、種を撒いたコクネシアは、赤の他に白、ピンク それに黒い軸に赤いのがあって、この取り合わせは本当に美しいと思う。 ところで、秋、肌寒くなって、雨が降ってたりすると、何故かエヌエスピーが聞きたくなる。 こーんな河原の夕暮れ時にー、呼び出したりしてゴメンゴメン、笑っておくれ、うふっとね そんなにふくれちゃ嫌あだよ 夕暮れ時はさびしそお-、とってもひとりじゃ、いられない。 10/4 ゆうべは、お酒をたっぷり呑んで、カレーライスでおなかいっぱい。ぐっすり眠ったら 爽やかな朝がやってきた。さあ!新しい一週間だ。やるぞ。がんがん、ロクロを挽きまくる。 という訳で、やれば出来る。。あんたは、できるこだよ。(母の口ぐせだった) 今日の目標達成。ちょっと、ロクロ、上手くなった感じ。夕方、スーパーへ走って 眼鏡を新調する。ちょうど、出張販売のチラシが入っていたので。本当は、鹿児島まで 行くつもりだったが。細かい作業用と、普段用ののスペアーを。手持ち無沙汰そうに していた人が、急に張り切って、テンション上げて攻めて来た。こっちも久しぶりの 高額の買い物に興奮気味。物を買ったの、羽田空港で娘にバッグを買って以来だし。 充実した一日だった。 10/3 朝の五時。星がきらきら。工房で化粧土作り。作品の仕上げをして化粧掛け。窯仕事で 午前中を過ごす。アー!、もう限界。午後は、何をする元気も無く、ごろり。 リクライニングチェアーで。本を開くと、目がトローン。寝ては覚め、起きてはうつつ、 まぼろしの時間を過ごす。 10/2 昨日、削り終えた器の仕上げをする。昨日は午後いっぱいかかって、十個しか出来なかった。 ロクロで一日挽いたものを、仕上げるのに倍以上かかってしまう。あらためて、ロクロという 道具の優秀さを知らされる。それにひきかえ手での作業は、一つ一つ同じ形にはならないし 気が遠くなるように時間がかかる。今日も朝五時からずっとやり続けた。少しは手が 動くようになって、早く、無駄のない動きが出来るようにはなってきたが、ほんとうに 気力と粘りが必要な仕事だと思う。それでも飽きることがないのだから、我ながら この仕事が好きなんだと思う。仕事をせんとや生まれけむ。と言ったところか。 10/1 昨日の朝の散歩の途中で、フヨウが咲き出したので、カミさんのカメラを借りて、写してみた。 そして、フヨウが歌詞に出てくる歌があったなあと思い出した。なんとかの花が咲きました。 フヨウはまだなのに。・・・かぜにたのんでもむだですかあ-ふりかえるのはきらいで-すか- だれにもあるよ-な事ですが-わたし髪をき-り-ま-した-。さだまさし・・・。なんて歌だっけ。 なんとかの花って何だっけ。今日もずっと気になって、気になって。ゆうがたネットで調べたら あっという間に出て来た。 撫子の花が咲きました、芙蓉は枯れたけど、あなたがとっても無口になった秋に 恐くて私 聞けませんでした。あなたの指の白い包帯、上手に巻いてくれたのはだれでしょう。 風に頼んでも無駄ですか、振り返るのは嫌いですか、どこにもあるような事ですが、私髪を切りました。 題名は「追伸」。わかってしまえば別に、どうって事ないのに。年をとると物忘れがひどくなるし。 それにしても、いいかげんだなあ。ぜんぜん出鱈目だし。フヨウの花って、咲きはじめは淡いのに 枯れるころになると濃い紅になる。そして落ちて、転がっている花が手毬のようで可愛いこと。 9/30 九月末が締め切りの仕事が何とか終わり、荷造りを終えて、旅立っていった。ぎりぎり納期に 間に合って、ほっとするまもなく、今日から次の仕事にとりかかる。今年は、有難いことに 次々と仕事が入ってきて、休む暇が無い。朝からロクロに向かい、制作を続ける。 気持ちを入れて作ったつもりだったが、やはり、例のごとく三時を過ぎると調子が出てくる。 だからと言って、それまでの作品をつぶすわけにもゆかないが。一応、職人の端くれとして 最低限、合格点の仕事はしているつもり。それでも、人間だから、出来不出来は致し方ない。 すべて90点以上の仕事ができれば言うことはないのだが、70点ぐらいのものも出来てしまう。 注文仕事はきついけれど、自分を鍛える良い機会でもある。セロ弾きのゴーシュが次々とおとずれる 動物たちの為に演奏しているうちにだんだん腕を上げたように。今の仕事のために、新しい釉薬も 開発した。こんなもので大丈夫かなと考え込んでいたら、先日、来てくれたお客さんがどうしても わけて欲しいと言って、サンプルを買っていってくれた。あれで、少し自信がついた気がした。 お客さんに鍛えられ、育てられているんだなあと思う。この前の、何でも鑑定団で、白隠の絵が 出ていて、六十過ぎの絵が若描きだから値が安い言っていた。八十過ぎないとどうやら、本物では ないらしい。そうか、あと二十年ぐらい頑張れば、ちっとは本物になれるかなと思うのだが。 9/29 朝から青空がひろがっている。確か昨日取材に来た人が、この先一週間ぐらい良くないらしいと いってた筈なのに。まあ、嬉しい誤算ではあるが。爽やかな風が渡って、散歩も気持ちが良い。 いつも会う、リュウちゃんパパも(勝手にそう呼んでいるだけなのだが、柴のおばあちゃん犬の 飼い主さんのことを)ようやく晴れたと言っていた。いつも、蒸し暑いとか、いつまでも寒い とか、天気については辛口の人だが。早速、作品を外に出して干して、奥で仕事をしていたら 声が聞こえたので出てみたら、昨日の取材の人が来ていた。外観を撮りたいと言うので、良かった ですねえ!晴れてと、声をかける。雨では取材は進まないだろうから。焼物屋さんも助かります。 乾いてくれるから。ゆっくりどうぞと声をかけて奥に引っ込む。しばらくして、声がしたので 出てみると、この子に名前はないのですかと指を差した先をみると、入り口にいる、一対の 狛犬。作ったんですよねえと問われて、はい、と返事するが、確かに名前まではつけてなかった。 注文で作ったものの、あまりにも時間が経ちすぎて、連絡しづらくなって、それではと個展に 持って行ったが、もう一対は買い手が付いたが、その子達はそのまま戻って来たので、工房の 守り神として、入り口に鎮座してもらっている。名前までは思いつかなかった。何か、考えた方が 良いのかな。窯の守り神の人形にはジョゼフという名前をつけたし。新八野窯だからシンとハチに するか。でもハチでは渋谷の忠犬みたいだし。そもそも、新八野という名前だって、自分が つけたわけではなく、周りの人達が勝手にそう呼んだもの。ここのあざ名がそうだから。 長く、入り口でがんばってくれたらそのうち、勝手に名前がつくかもしれないし。 午後に入ったら、あれほど青空だったのに、雨がパラパラ落ちてきて、大慌てで作品を 取り込んだ。なんとか心と、秋の空とは、よく言ったもんだ。 9/28 夕方、雑誌の取材が来る。女の子ひとりで重そうな機材を担いで、「遅くなって」と言って。 外観から撮りたかったが、あいにくの雨と、だいぶ暗くなったのでと残念そう。何でも、隠れ家的で 素敵になっていると言う情報が入っているとか。いったい、そんな情報、どこから来るのだろう。 そういえば、最近入り口で記念写真を撮って行く人が増えてきた。中には、“ジブリ頂きました” 等と言いながら。若い人はよくそんな言い方をする。体験などで褒めると“素晴らしい”頂きました と返ってくる。プロの撮影をみるとさすがと勉強になる。三脚をひろげ、カメラ、勿論デジタルの一眼 それに背景用のスチロール板をその辺にある椅子にセットして手際よく撮って行く。前回は三つ足の 皿をのせてくれたら、急にその器が人気者になって、入ってくるなり、有った有ったと手にしてゆく。 凄いですね、影響力が、というと、実はわたしも使っていますとの事。それにしても華奢に見える 体でそれだけの資材をと感心すると、空港で三十キロオーバーで追加料金を取られてしまいましたと 笑っていた。何にせよ、その道でめしを食ってゆくのは大変だと思った。撮影を終え、ご苦労様と、 ねぎらいの言葉を背に、暗くなった外へ、雨の中へと消えていった。 9/27 トレヴェニアンの「バスク夏の死」を読みはじめる。この小説すでに絶版になっていて、アマゾンで 買ったら定価の倍だった。最近の文庫本はどんどん出版されるが絶版になるのも早い。神田あたりの 古本屋で探せば安く有るのだろうが、インターネットだと価格が一気に上がってしまう。屋久島に いたのでは、他に手に入れる方法はないし。トレヴェニアンという作家は1作ごとにガラリと作風が 変わるので知られているが、1986年に出されたこの小説は、ちょっと村上春樹の「ノルウェイの森」を 思わせる様な、愛の物語の様だ。ノルウェイの森は1987年に書かれているから、時代的にもかなり近い。 舞台のフランス、バスクは、シブミでも登場したが作者が長年住んでいたところ。帚木蓬生の「白い夏の 墓標」の舞台もあのあたりではなかったか。トレヴェニアンと言う作家は東洋での生活経験も有って、 広島にも、原爆が投下された六週間後に訪れているとのこと。終戦前後の日本の描写は、実に細かく、 その場にいたかのように克明に、シブミの中で表現されている。亡くなるまで、覆面作家で通って いたが、その後本名が発表され、経歴が明らかになってしまった。こういうことって、致し方ない ことだと思うが、なんだか切ない。静かに、放っといてあげれば良いのにと思う。 9/26 | |