陶芸 屋久島日記 | ||
今年も今日で終わりです。お世話になった方々、有り難うございました。振り返ると、大きな自然災害に 原発事故。アラブの春と呼ばれた社会変動、ビンラディンの死、カダフィー政権の滅亡、金正日の 突然の訃報、栄えるものはいつか滅び、命あるものはいつか尽きる。悪い事した人も、人のために 尽くした人も、変わる事無く。命のはかなさを通説に感じさせられた年でもありました。限りある命ゆえ、 一瞬一瞬を大切に過ごして行きたいものと思います。来年は世界のおもだった国で新しい指導者を 決める選挙が行われます。我が国も、大きな政変が起きる気配が漂ってきました。 何にしてもこの地球のあらゆく地域で、先行きの見えない、激動の年がやってくる予感がします。 どうぞ皆様、幸多い年を迎えていただきますよう、願っております。 12.31 暖かい年の瀬。庭と工房の草刈りをしていたら汗をかいてしまった。お客さんが来てここは冬にも 草を刈らないといけないところなのですねえと妙な事に感心していた。いつも今頃こんな暖かさ ですかと尋ねられて、今年は確かに暖かい気がします。やはり温暖化のせいですかと聞かれて、 いやいや、寒い年もありますと答えた。ちょっと暑いとすぐに温暖化を口にする。すっかり 刷り込まれているらしい。寒いときには、その事は忘れてしまう。地球規模の変化が数年単位で 起こるのはおかしい。数十億年の歴史の中で。なんてせっかちなのだろう。そのくせ、自分たちが 出した核廃棄物は、平気で子孫に残そうとしている。国家規模の借金も。皆今の自分しか考えていない。 本当にあとは野となれ山となれで良いんだろうか。今年は、山のような宿題を貰った年だった。 この答えだけはしっかり出さないといけない。2012年は大変な年になるだろうと思う。 12.30 看板が乾いたので、早速取り付ける。小雨まじりの天気、今日も予報は外れた。息子とかみさんが 展示場を掃除してくれたので、奥の片付けを担当する。まずたくさんの土日記を素焼きする事にする。 八月二十三日で終わってしまって、とにかく場所を独り占めしていた。いつか本焼きするにしても その前に素焼きだけはしておかないと。八ヶ月近く、こんなものを作っていたのかとか、あのときは こうだったなあと、懐かしくなる。わずか数ヶ月前の事がずいぶんと古い事のように感じられる。 毎日やり続けるというプレッシャーがどうもうまくゆかなかった原因だと思う。次は別の形を考えている。 といってもあと三日で来年になってしまうのだが。何にしてもあまり気張らず屋久島の言葉でテゲテゲ。 無理をしないでゆったりとやって行こうと思う。夕方、今年最後の買い物のバッグが届いた。 オークションで買ったフライターグのバッグ。適当にくたびれていい感じ。かみさんは薄汚さに ちょっとあきれていたが。この感じが良いんだよなあと一人悦にいる。 12/29 何となく慌ただしくなってきました。我が工房にも、年の瀬の挨拶に来てくれる人。お世話に なった人に物を送ったりと年末ムード。昨日乾かなかった看板はまだ生乾き。もう待ちきれずに 書いてしまいました。おかげで着ていた服にべたべたペンキがくっついてなんだかポロックみたい。 どうせなら飛び散らせてポーリングしたいところですが、ぐっとこらえてペンキ屋さんに徹しました。 早く乾くと良いなあと、せっかちにも除湿器をまわしています。息子は展示場の掃除を始めました。 夕方には娘も帰ってくるので、今夜はピザにしようと、生地を練って発酵中です。しばらく家族が 全員集合です。年のはじめにはかみさんと初の二人での海外旅行でベトナムに行きました。 あれからもう一年と思うと本当に早いなあと思います。 12.28 天気予報あたりませんねえ。なぜ気になるのか。昨日、県道に面した看板を外してきたのです。 何しろだいぶ、はげて見づらくなったので。塗り直そうと思って。まずは下塗りを終えて、文字は 乾いてからと、天気予報を調べたら明日は晴れ。それではと外に出しっ放して乾かしておいたのに、 全く乾いてない。今日一日待ったけれども、ほとんど乾燥してくれなかったのです。天気は当てに なりません。今日は取り込んで工房で乾かす事にします。新しい年に奇麗になった看板でお客様を 迎えたいと思うのですが、どうなる事やら。天気は下り坂らしいし。そんな中、お客さんが来て くれました。よくわかりましたねえというと、ずいぶん探しましたという。それはそうでしょう。 この屋久島で目印もなしに目的地に行くのは至難の業ですから。人に聞こうにもなかなかいません からね。ついうれしくなって、思いっきりサービスしてしまいました。 良いお年をというとうれしそうににっこり笑ってくれました。 12.27 マチエールへの回帰。人はものを見た時どこに引っかかり、視線を向けるか。それは人それぞれに 違っている。昔、植物を研究している友人と島をドライブをした。彼は目に映る花や葉に夢中で あっ、もう何々の花が咲きだしたとか、この木の葉の形は違っているなどと目を走らせている。 一方、あの土は鉄分が多いとか、結構粘りが強そうだなとか、地面にばかり目が行く。 お互い全く会話が交わらないのに飽きる事無くしゃべり続けている。視線とはそういうものだろう。 興味があるものにだけ意識は反応する。かみさんは微妙な空の色を繊細に感受する。散歩をしていても、 こちらはフーンと聞き流している。学生時代、絵を描いていても、ディティールが気になって、 教師から君は近視眼的にものを見すぎると指摘された。美術館に絵を見に行って、我を忘れて 画面に顔を近づけてガードしている人に注意を受けた事は数えきれないほど。夢中になると 質感や手の動きを追いたくてどんどん近寄ってしまう。出来れば手で触れたいと思うほどに。 やきものという仕事は、手でものを作り出す。器は手に取って、なでて使い込んで馴染んで行く。 マチエールは無限で焼き締めのダイレクトな土肌から、化粧土の粒子の違い、釉薬が融けたときの 滑らかな艶、そのマチエールは無限で奥が深い。だから飽きる事無く日々、理想の肌合いを 求めてさまよっているのだろうか。 12/26 昨日はクリスマスイブだった。我が家もとりあえずご馳走をつくった。おきまりのチキンは奮発して 丸焼きを作った。ハーブのつけ液に前の日からつけ込み、ガスオーブンで焼く事、二時間。 オニオングラタンスープとサラダ。鶏はしっとり皮がぱりぱりで無言でむしゃぶりつく。 デザートはショートケーキ。いつものロールとは違い、こくのあるジェノワーズ生地にカスタード クリームとホイップクリームとを合わせたしっかりしたケーキ、トッピングのイチゴが爽やかで、 もうおなかいっぱいだった。ちょうどのタイミングでクリスマスプレゼントも届いた。福島の 友人から。たまたまイブに届いただけなのだろうが。まさにジャストタイミング。 友人の作品も入っていて懐かしくもうれしい贈り物だった。久々ワインもグラスで一杯。 幸せな晩だった。今日は工房に、いつも世話になっている病院の医師が。何事かと思ったら 新しく家を建てていて、そこに据える洗面ボールを作れないかとの事。家が出来るのが来春 らしいから時間はたっぷりある。喜んでと引き受ける。何しろ、あなたは命の恩人ですから、 とは口にはしないが。ここに来て、来年の仕事が入ってくるのはうれしい。 また頑張るぞと意欲も湧いてくる。 12.25 やはりすっかり冷えてきた。水が冷たい。ろくろを挽くには欠かせないのだが、手をつけると しびれるよう。これで風がもっと強くなると皮膚が乾いてひび割れになる。昨日はスズが我が家に 来て三年目の記念日。いろんな犬を飼ってきたけど、これだけ大切に飼われたのはスズが初めて。 室内で飼うのも最初なら、彼女の部屋はなんと二十帖もある。我が家で一番広い部屋を独占している。 おまけに日当りが良くて冬の午後はぽかぽか。工房が信じられないほど寒いからまさに天国と地獄。 こちらもスズのおかげで健康を取り戻す事が出来たのだから、有り難いと思おう。 12.24 青空が戻ってきた。ぴりっと冷たい朝。新しい服に身を固める。迷彩柄のジャケット、うらボア入りの ズボン。毛糸の帽子。おととい、スーパーで買ってきた。店の入り口に吊るしてあったバーゲン品。 三つあわせて二千二百円。実は前から迷彩色の服が欲しかった。安い買い物でも子供みたいに うれしいもの。実はもう一つ。新しいデジカメ。かみさんがいつも二つ携えて歩いているのに 刺激されて、自分用の新しいのが欲しくなり、我慢できずに買ってしまった。いやあ、ちょっと 贅沢かなと思いつつ。昨日は興奮して、夜更かししてしまった。さてどんな使い方をしようか。 フフフ、これからが愉しみだ。 12.23 外は雨。黄色く染まった木の葉が足下に散らばっている。木々の枝にも今にも落ちそうにしがみ ついている。水を含んだ落ち葉はいっそうからし色がくっきりして、目に映る。今日は冬至。 冬枯れの気配が一層濃くなってきた。工房に下りる途中、いつも朝早くから山仕事に出かける 近所の人と一緒になる。雨で仕事はお休み。今日は病院へ行くという。かみ(島の北側)は雨 だろうという。カップの化粧掛けをしてロクロに向かう。何も考えずに手を動かす。ここのところ、 正直、ぼーっとしてやる気が起きない。燃え尽き症候群じゃないのと言われて、確かに、スランプ 気味かなと思う。こんなときは、職人に徹して、あまりよけいな事は考えずに、黙々と動く事にする。 きっとそのうちに、だんだん調子は上向きになってゆくだろう。誰にだって波がある。 12/22 朝から出かける。ずっと引きこもり気味だったので、ちょっとドキドキする。世間はまだまだ 年の瀬という感じは無く、ちょっと浮き気味。肉屋でクリスマス用のチキンを買ったら、もう クリスマスの準備ですか?早いですねと言われてしまった。魚屋でも今日から年末の売り出しという チラシが入っていたにも関わらず、ほとんど通常の込み具合。ちょっと早く動きすぎたようだ。 これから大晦日まで多分出かける機会がなさそうだから、こちらとしてはあれこれと買いだめをする。 まあ、マイペースで良いのだと。天候がが下り坂のようで雨がぽつぽつと降り出して肌寒くなってくる。 12.21 昼前に「魚介イラスト図鑑」というのが、出来上がって近くに来たからと、知人が立ち寄ってくれた。 同じ系列の美術学校を出た人で、最近偶然先輩を通して、連絡を取るようになった。あの時代に 同じ環境で学び、数十年を経て再び近くで暮らして、もの作りをしている。出来上がった図鑑は カード形式で六十種類あまりの魚や貝をイラストで描き、島での呼び名が添えられている。 十五年近く島の情報誌に連載したものの集大成という事になる。物作りとは根気と粘りが必要だと 改めて感じた。この前の日曜の晩にはまたまた再放送でジャクソン・ポロックを見た。 何遍見ても引きつけられる。一つ気になったのがあの巨大なキャンヴァスについて。五メートル かける三メートルというサイズのキャンヴァスをどうやって用意したのか。つなぎ合わせて作った のだろうか。野外での制作風景もあったがどうやって完成した絵を乾燥、保存したのだろうか。 変なところが気になって仕方が無い。夕方時間が空いたので、友人のパリ土産のコンスタンチン ブランクーシのDVDを観た。自ら撮影した映像で、制作風景や友人たち、街の風景が映し出されていた。 今から七十年以上も前に撮影した画面は貴重で興味が尽きない。中でも石を割ったり巨大な モニュメントを組み立てたり、いつもくわえ煙草で動き回る姿は,これまで想像していた孤独で 皮肉屋と言ったイメージよりも陽気で愉しげで、ちょっと嫉妬したくなるほど。人はいろいろな 面を持っているのだろうが、製作中の彼は明らかに前向きで生気に満ちていた。 あれだけの作品が生まれたことの納得もゆくものだった。 12/20 朝からケーキを焼く。いつものロールケーキ。これを始めると、普段の暮らしが戻ってきた気がする。 今朝はマンゴーを巻いてみた。クリスマスが近いし、次はちょっと力の入ったケーキにしよう。 朝の気温は十五度。思ったよりも暖かい。今日はロクロ作業。何を作ろうか。色々考えていたのが、 いざとなると浮かんでこない。とりあえず、通常の定番品。今欠品になっているものから作り始める。 出かけていた息子が帰ってきたので、昼から薪ストーブを設置する。思ったより暖かいから火入れは 見送る。夕方陽が傾いてくると急に冷え込んでくる。ピリッとした空気が身を引き締めてくれる。 四季の中で、春も良いし秋も。夏は苦手、暑いし蚊が多いしで。だけど、冬がいちばん好き。 何と言っても、冷たい風に向かっていると、生きているのだという実感が湧いてくる。 負けないぞと立ち向かう気持ちが力を与えてくれる気がして。そしてぱちぱち燃える火を見るのも。 やきものやの習性が出来上がってしまったのだろうか。 夜、ほかほかの布団に頭まで潜り込んだときの幸せは、なにものにもかえがたいよろこびだ。 12/19 ここは屋久島、離島です。それなのに、ネットで注文したプリンターが翌日に届いてしまった。 恐ろしい。今や支払いもカード、銀行振込とネットで出来る時代だが、それにしても早い。 先日、某電気店の売り出しで買ったものが届くまで二週間近くかかったのと大違い。これじゃあ、 地元でものを買わなくなるよなあと思う。早速パソコンとつないで年賀状の印刷をする。 テレビで駅伝を見ながら書き終える。年末はマラソンやら駅伝やらサッカーと盛りだくさん。 すっかり冷え込んでストーブがかかせなくなった。温暖化とかいうけれどちゃんと冬には寒波が やってくる。明日は薪ストーブを設置して、裏山から薪を集めようかな。今年も余すところ二週間 となった。やり残す事の無いよう、しっかりやってゆこう。 12/18 早起きしてパンを焼く。忙しくしてたので、二ヶ月ぶりぐらい。冷え込みと、酵母が古くなったのか 発酵にいつもより時間がかかる。何かの本に、ゆっくり発酵させた方がおいしいパンが出来ると 書かれていたけれど、焼きたては何にしてもたまらない。スズはぴったりと仕切りのフェンスに 張り付いて鼻を思いっきり突っ込んでヒクヒクいわせている。かりかりに焼いたベーコンとレタスを 挟んだ朝のイングリッシュマフィンサンドをぱくつく。いつもなら一つで終わるところなのに、 もう一つ、メープルシロップをかけたのをデザート代わりに食べる。個人的にはこの甘い方が好きかな。 アルコールを口にしなくなったら、やはり甘いものが欲しくなった。まさか、体の中で発酵させて アルコールに変えてやしないだろうと思うが。割れた体験作品の代品が焼き上がる。粉々の皿も なんとか修復してみた。これで怒りが収まってくれると有り難いのだが。昨日はスタンパーで土を 砕いて篩う作業をした。朝の宅配便で、頼まれていた引き出物が出て行って、今年の仕事の主立った ものがほぼ終了した。息子は新しい釉薬に合ったものを早速作り始めている。若いというのは 良いもので切り替えが早い。こっちはぐずぐずしながら、あれやこれやと、頭の中でごちゃごちゃ したものを、整理しようと工房をうろうろしながら、片付けものをしたり、探し物をしたり。 まだまだ動き出すのに時間がかかりそう。 12/17 人生はいろいろな事が起きるから楽しいんだよねえ。どんな楽しい事があったの?。プリンターが 壊れました。あははは・・・えーん。いやいや泣き笑いしている場合じゃない。形あるものは壊れる。 これは摂理です。壊れなくたって、どんどん使いものにならなくなってゆく時代ですから。 買いましょう、新しいのを。そしてまた、一生懸命働いて稼ぎましょう。我が心の師,八木一夫先生は 言ってました。充足は戦いを弱めると。そんな大げさな話じゃ無いか。何はともあれ、前向きに 考えましょう。そして、見つけました。定価九万円近いレーザーカラープリンターがなななんと、 一万円を少し出た価格。一番安いときは九千円まで下がっていたとか。年賀状シーズンで少し上がった らしいけど。それにしても理不尽な価格。もうすぐ発売が終わる為らしいとか。ものの値段は 需要と供給で決まるというけれど、それにしても。考え込んでしまいます。まあ、そのかわり と言っちゃあ何ですが、トナーがけっこうするのです。極端な話、トナーが切れたら、機械ごと 捨てて新しいのを買った方が安いぐらい。でも出来ませんよねえ、そんな事。結局壊れるまで 使い続ける事になると思います。今の機器はとにかく旬のうちにせいぜい使い倒しておくのが 良いのでしょうか。ものは大切にというのは死語になりつつあるようです。ところで先日工房に 来た家族連れの奥さん。フライターグのバッグを持っていました。それも使い込んで良い感じの。 おもわずそれ良いですねと口をついてしまうほど、実に馴染んでいました。我が家にもあるのだけど、 今は息子が使っています。スイスのフライターグ兄弟が定期便のトラックの幌を再利用して 作り始めたそうです、縁取りは自転車のインナーチューブ、ベルトはシートベルトを使って、 元々はメッセンジャーが肩からかけて使うようにとにかく丈夫な作りを目指して。幌に描かれた 柄を切り取って作るので、そのカットの仕方で、世界で一つしかないデザインが出来上がるのです。 好みの柄を見つける事が出来て、とにかくモダンアートの作品を持ち歩くようなそんな鞄です。 よれよれに成ってすり切れるまで使い続ける、なんだか正反対の世界だと思いませんか。 本当は、そっちこそ目指したい方向だと思うのですが。 12/16 マーチン・ブース著「暗闇の蝶」を読み終える。ようやく。なかなか進まなかった。 毎日開いて、数行ずつ、調子の良いときでも見開き二ページを読むのがやっとだった。 小説というより、長い詩のよう。ミステリーポエムというジャンル名を付けたいよう。 私で語られる一人称小説。最後まで本名(もちろん作中の)は明かされず、細かい素性も伏せられた まま、謎に満ちた隠遁者として語られてゆく。表向きは蝶専門の絵描き、しかし実際の稼業は・・・。 といった案配。かなりもったいぶった言い回しと過剰な自意識にに満ちた登場人物。社会戯評と 自然描写がほとんど、何とも読み進めるのに難渋する。これまで出会った中でもウルトラ級に 読みづらい作品であった。だけど、なんだか後を引くような。くさやの干物とか、ありますよね。 取っ付きにくいけど味わって行くうちに病み付きになってしまうものって。そんな感じだろうか。 今日で、今年の注文仕事がすべて終了した。あれほど待ち望んでいたのに、なんだかひどく頼りない ような、はしごを外されたような、妙な気分になる。 しばらく、構想を練って、次の仕事に取りかかろうと思う。 12/15 ゆうべ次男が熱を出して、漢方の貼り薬を使ったり座薬を入れたり、久しぶりに心配させられた。 朝には熱も平熱に下がってくれたが、まだまだ油断は出来ない。朝の散歩から戻ってくると、近所の おじさんの息子さんに道で出会った。仕事を辞めて帰ってこようと思うのだけど、忙しくて退職願いが 受理されないという。親が高齢になって、世話の出来る人がいなくなると、誰かが決断をしなければ ならない。これは万国共通のようで、スウェーデンの推理小説、クルト・ヴァランダー シリーズでも 描かれている。画家の親父が認知症気味に成った時、刑事の息子が悩むのだ。あのような保障制度が 発達した国でも、同じ様な悩みが起きる。やはり親子の絆は一緒ということだろう。 つい先日の浅田真央ちゃんのこともある。何と言っても家族は何者にも換えることが出来ない大切なもの。 午後には気温が上がって,蚊が飛んできては、しつこく血を吸おうとする。屋久島はまだまだ暖かい。 一日釉薬掛けをする。焼き上がれば、注文を受けた仕事すべてが終わることになる。これから、しばらくは 作りたいものに挑戦することが出来る。何から始めよう。 12/14 久しぶりにスズとうちの奥さんとみんなで散歩する。空気は師走にしてはほんわかしていて、 気持ちのよい朝だ。本当に静かねえ、というから、またいつでも博多へ行ったら良いよという。 新幹線のおかげで本当に近くなった。この前の日曜は冬のボーナス支給後の最初の休日 だったから人出も半端ではなかったという。食事をするお店はどこも行列しないと入れなかったとか。 やはり都会は活気があった方が良いと思う。元気をもらえるし。静かな自然に囲まれて日々を送り、 たまに都会で刺激を貰って帰ってくる。それってけっこう贅沢な暮らしではないかと思う。 昨日からスズの様子がおかしいと思ったらヒートが始まっていた。三歳になってそろそろ子供の ことも考えないと。一度赤ちゃんを産ませるか、このまま避妊させるか。スズの子も見てみたい 気もするし。悩むところ。三年前の日記を見たら、今頃通風と血圧で苦しんでいた。スズを 飼おうと思ったのも、散歩のパートナーにと考えたからだった。その散歩のおかげか、すっかり 今では落ち着いてくれた。今回の病院の定期検診で肝臓の数値が気になって以来、アルコールは 口にしなくなった。あれほど飲んできたのが、それほど欲しくもないのが不思議。まだまだ やりたいことがあるし、もうしばらくは元気で過ごしたいと思うから。 荷造りで一日過ごす。この時期、混み合うから壊れないようにしっかりと梱包しないと。 夕方にはすべて終わって、一安心。 12/13 どーもお。お帰りなさい、といった感じで友人夫婦がパリから帰ってきた。 ただいま。お疲れさん、といった感じでうちの奥さんが福岡から帰ってきた。どちらも、 土産話をいっぱい持って。聞いていると、一緒に旅に出た気分になるから不思議だ。 友人たちは、写真をiPadにぎっしり詰めてアルバムが出来ていた。電脳アルバム。すごい時代に なったものだ。瞬時に写真が送られてきたり。年末のパリも博多も、クリスマスのイルミネーションで いつもとは違う、人のざわめきのようなものが感じられる。地球のサイズは変わらないはずなのに、 なんだかどんどんコンパクトになって行くような気がする。あそこも行けばよかったと思い出して、 旅の余韻に浸っているから、また行けば良いじゃない、と口にする。旅心は伝染するらしい。 急にどこかへ行きたくなった。 12/12 初めまして、どきどき、宜しくお願いします。今、そんな気持ちです。何故かって?。 これ、新しいパソコンで打っているのです。届いたのです。そして、息子が苦労して、 セットしてくれました。八年使ってすっかり馴染んだ、すり切れて体にぴったりのジーンズのように、 愛着一杯のあの子を、捨てることになるなんて。いやいや捨てるのではありません。頑張って くれたことに感謝して、少し疲れをいやしてもらい、また新しい働き口を探したいと思っています。 何しろ、まだまだ働けるのに、周りがどんどん勝手に進んでしまって、どうにもついて行けなく なってしまいました。必要のないところまで勝手に変えて、古いものを置き去りにしてしまうなんて、 今の世の中、すべてそうですが。地デジで何がかわったのでしょうか。電気自動車、屋久島は クリーンエネルギーの島を目指しているとか。動かしている現場は排気ガスゼロ、でも発電現場は 化石燃料に原発、廃棄物はどこに行くのか。ソーラー発電。あれを作るのにどれほどのエネルギーが 消費されているか誰か教えてください。水力なら文句はないだろう?。ダムを造るのに鉄やセメントを 使いますよね。セメント製造は窯業といわれています。石灰石を焼いて作るのです。鉄だってそうです。 鉄鉱石を掘り出して砕いて焼いて作ります。化石燃料をがんがん燃やして。つまり、人間がやっている ことって、どれもこれも、反自然的で、非エコなのです。何しろ酸素を吸って二酸化炭素を出して生きているし。 あえて言えば、アーミッシュの様に、電気を使わず、移動は馬、農業を生活の基本にして、身の回りの 自然から必要なものを手作りして生きて行く。これが、地球に与える影響を極力抑えた生活かも知れません。 でも、こんな世の中になって、今更そんな生活に戻ることはできません。震災後しばらくは、東北の方達は それに近い生活を強いられたと思いますが。それじゃあ、いったいどうしたら良いのでしょうか。 そんな答えがわかっていれば教えてください。せめて、今は少しでもこの美しい地球が続きますように、 無駄を出さないよう、健康で質素な暮らしを心がけましょう。 あれ?。話が終わっちゃいました。久しぶりにコンピューターに向かったら、どうも様子が おかしくなりました。今日は十一日、日曜日です。近況はというと。かみさんは、今福岡の娘の ところにいます。息子と三人、毎日、器を作って、ご飯を作って、次男の世話もして、忙しい日々です。 今朝は、テレビでジャクソン・ポロックの番組を観ました。「くそ!あいつが全部やっちまった」 パブロ・ピカソへの思いがその言葉に現れていました。ものを作っている人間なら、きっと誰もが 口にすると思います。結局、先人への挑戦が創造の原動力になって行くのだと思います。 ポーリングという技法、塗料を垂らして表現する。人間国宝だった浜田庄司の柄杓掛けはもしかして、 ポロックから影響を受けていたのでしょうか。そういうことってよくあると思います。 本人が気がついていない場合でも。何にしても、あの作品たちの前に立ちたいと心から思いました。 12/11 旅から帰って来ました。と言っても、捕まった柔道のメダリストの話ではなくて、出稼ぎ、 というか、サイドビジネスから、本職の陶芸へ。そんなわけで、朝からロクロに向かう。 例の如く、まったく調子が出ず、悪戦苦闘。先ずポジションがきまらない。足の位置が落ち着かず 土練りが変、練っていると手に違和感を感じて、固いところを指でつぶすとなななんと、 カッターナイフの刃が出て来た。恐ろしい。きのう土練機の中からも見つかったし。誰かに 呪われているのかも。まさか、土に仕込む人もいないと思うが。何が起きるかわからない。 調子はだんだん戻ってくれれば良いから、焦るのは止そう。カミさんは朝から遠出。もうすぐ 娘のところへ行くので、留守中の食材を仕入れに走る。しばらくは男三人の暮らしになる。 午後工房に来た人、きのうも来てくれたが、最近この集落へ越してきたという。ゲストハウスを 初めているらしい。その名もゲストハウス369。何でも弥勒と呼ぶらしい。連れの夫婦とは 五年前インドのベナレスで出会ったという。しばし、インドの話で盛り上がる。仏像が好きで それで弥勒という屋号になったという。最近若い人が増えている。一つには原発事故も 影響して、ここまでたどり着いたのだろう。時間とともに拡散が続けば屋久島といえども 決して安心していられないが。というかこの地球上に安全な場所などどこにも無くなる。 例えば中国。あの国は一切の情報が開示していないが、もし仮に原発事故が起きたなら 黄砂が飛んでくるこの九州には放射能が降り注ぐことは避けられない。日本の原発だけを 止めたとしても、まったく安全な環境とは言えない。この地球規模で人類の未来を考えて 行かないと、取り返しのつかないことになる。子々孫々に禍根を残さないよう、我々の 時代の人間こそ戦わなければいけないのだと思う。 12/7 この前の日曜日の晩に、再放送でフランシス・デ・ゴヤの特集が流れていた。現在、国立 西洋美術館で開催中のゴヤ展。代表作の「着衣のマハ」を今回来ていない「裸のマハ」と 比較して、謎解きという形式で番組が構成されていた。正直、マハよりも以降に描かれた 戦争の悲惨シリーズや黒い絵のシリーズに、深く共鳴する部分が多く、物足りない作りだった。 宮廷画家として栄華を極めたゴヤがナポレオンひきいるフランスとの凄惨を極めた戦争シーンを 赤裸々に描いた銅版画は、記録としての価値と非人道的な戦争という行為の残虐さが見るものに、 迫ってくる。それから晩年、聴覚を失って、ひとりこもって描き出した「黒い絵」シリーズ。 これこそがゴヤという画家が真に人間の本性を暴き出した傑作と言えると思う。あれから数百年。 二十一世紀の現在も、人類は殺戮と恐怖の行為を飽きることなく繰り返している。人類は進歩 どころか益々、強大な力を身につけ人も自然も、この地球をも脅かしつつある。ゴヤの黒い絵は 人間の本質を見据えた警告の絵でもあったのだと思う。 木工をやっている友人から、写真がメールで送られてきた。フランスのポンピドーセンターの コンスタンチン・ブランクーシのアトリエが写されていた。同じブランクーシ好きとしての やさしいメッセージ。一度は行って見たいと思っていた場所で、ちょっと羨ましい気になった。 きっと作品制作の現場に立てば、また新たな刺戟で制作への意欲も増すことだろう。みやげ話が 楽しみだ。来週の新日曜美術館はジャクソン・ポロックをやるという。これまた、 大好きなアーティスト。どんな内容で紹介されるのか。楽しみ。 12/6 三ヶ月に一度の定期検査に行く。病院はことのほかに混雑していて、長い時間待たされる。 検査の結果は、肝機能の数値を除いては良好。お酒はひかえたつもりだったが気になる ところ。庭仕事から遠ざかっていたから、体を使ってないのが原因じゃないか、というのが カミさんの意見。仕事も落ち着いたことだし、もっと外で体を動かそうと思う。 きのうから偏頭痛がして関節が冷える気がする。病院でも咳をする人が多かった。 少し風邪気味かもしれない。やたらと眠くて、病院の待合室でも居眠りをする始末。 気も抜けているし、しばらくはゆっくりぼちぼち仕事をしてゆこうと思う。 クルマで走ると道端でポインセチアの赤が目につく。今年はことのほか見事。 椿にハイビスカスと赤い花が目立つ。冬なのに今年はひときわ華やかに感じる。 工房に帰るとメガネ屋さんから電話が来て、屋久島に来ているから、メガネを持って 来て欲しいとのこと。早速飛んで行くと、なななんと、思った通り度数が違っていた。 それも四度も。これじゃあ、バランスがおかしくなって当然だとメガネ屋さんも云う。 こちらとしては腹を立てても良いのだろうが、クレームを受ける辛さは身にしみているから 笑って、交換をお願いした。いろいろな人の手を経て出来上がるものだから、犯人捜しを しても、始まらないし。結果、直れば良いことだし。 12/5 きのうの風も止んで、青い空がひろがった。オレンジ色の日に、庭の椿も真っ赤。 きのう届いた、久坂葉子の詩集。 〈回想〉 古い手紙 ノートを破って書いてある。その手紙 あの頃は友も私も 生きることの喜びに一ぱいだった。
文箱のぬりはもうはげて 静かに、静かに まっかな椿が一輪落ちた。
〈こんな世界に私は住みたい〉 こんな世界に私は住みたい 肩書きもいらず勲章もなく ひとはそれぞれはだかのままの心をもって 礼節だけはわきまえて 男も女も仕事をし 男も女も恋をして ひとりひとりの幸福を ひとりひとりのねぎごとを 心にそっと小さくもって 一生かかって、みずからのためしつくす こんな世界に私は住みたい
昭和二十七年十二月三十一日 阪急六甲駅で飛び込み自殺 享年二十一歳。 亡くなった年に書かれた最後の一篇。 〈古蘭よ〉 いとしい娘 古蘭よ。お前は海に 青い海 深い海にいる /戦に破れた時 古蘭、わたしたちは 祖国のわざわいや 死んでいったつわもののことを なげいたのではなかった。わたしたちは 身近にあいした壷や皿との別離を かなしんだのだ。 /わたしたちはほんとに泣いた。やきものを土深く埋めながら。 そのひとつひとつを愛撫しながら。その時、太陽がすごくあかかった。 /古蘭、手をつないで、身一つで船に乗り込んだね。ふりかえり ふりかえり。 その時も太陽があかかった。ふるさとの、我が屋へたどりついたときも わたしたちは喜ばなかった。日々を重ねてゆくうちに 古蘭よ ますます、わかれてきた 土の中に埋めてきたもの、生きてるものに なつかしみが湧いてきたのだね。 /密航船、半島へ 古蘭、お前はゆくと云った。わたしもそれをねがった。朝鮮の服を着せ 古蘭、お前を船にのせた時 わたしは おまえの命よりも、おまえが持ってかえって くれるものの命を ことなかれと祈った。 /無慈悲な父か。古蘭、お前は帰って来た。 わたしが言いつけた四つの品物と共に。/そして又、そして又 三回目の船出。古蘭よ。 お前はもう帰らなかった。やきものもかえらなかった。 /古蘭、せめないでわたしを、 父をゆるしてくれ。古蘭。お前と白磁の壷は生きていてくれるだろうね。 海底深く、わたしがゆくまで。 12/4 12/4 工房の部屋の棚を整理していたら写真が詰まったダンボールが出て来た。娘が生まれて 産湯の写真。回りを笑顔が囲んでいる。重い病気を背負った次男の誕生とは違う、明るい顔。 初めての自宅出産だった。回りの人からの無謀の声を振りきって。五体満足の有難さ。 長男の幼稚園での運動会。肩車して走る我が姿。それを見て笑う回りの人達。若さが溢れていた。 元旦の朝、娘と迎える初日の出。もう少女の顔になっていた。海で遊ぶ長男、うしろから次男を 頭の上に乗せて歩いている。きっとカミさんが撮ったのだろう。家を建てた時の記録。個展での風景。 カミさんが正装してどこかへ行こうとしている写真。どの写真にも懐かしいその時の 情景が写っている。甘酸っぱい思い出、帰らぬ日々。ふりかえればあっという間の 人生のようだけど、一瞬一瞬を積み重ねて生きてきたのだなと、胸が熱くなる。 ふと我に返る。写真をまとめ、箱の中に収める。次にこれを見る時はいつだろうと。 午後、見覚えのある人物がやってくる。わたしです。こちらの顔を見て、ちょっと年取ったかな。 馬鹿に、上からの目線。今度一緒に暮らすことになりました、と女性を紹介する。 随分若い。むすめといわれてもおかしくない。ははあ、ゆとりはここから出ているのか。 正式ではないけれどと、お祝いの記念品を頼まれる。最近、祝儀に関わる仕事が 続いている。どれも新しい門出を飾る品だから、気持ちが引き締まる。確か前回の町長 選挙に落選して、元気が無いかと思っていたが。男というものはまったく。若いカミさんを 見つけたらしい。「本当はもっと若いのにしたかった」とは、本人を前に。ゆとりの発言かなあ。 何にしてもおめでとう。そして、いついつまでもお幸せに! 12/3 新しいパソコンを入れるためには、どこに置くかということから始めなければならない。 休憩室は本や雑誌が山積みで足の踏み場もない。ここにどうやってスペースを作るか。 本を撤去するしかない。撤去した本をどこへ持って行くか。答えは、廊下の書棚。 しかしそちらもいっぱい。ながめてみると最も多くの場所を占めているのがカメラ雑誌だと わかる。長い間買い続けてどんどん増殖してしまった。デジカメ時代のいまは、あまり見る こともなくなった、前世紀の異物。捨てるには忍びない。古い雑誌は忘れ去られようとする 社会風俗の記録でもあるし。屋根裏に運ぶことにした。重たいこと。運んでも運んでも、 なかなか減ってゆかない。手製の台車に積んで引っ張って行く。本をすべて棚に収めた時は 汗と埃だらけ。疲れで歯が痛み出した。コリャ、仕事しているよりくたびれたと思わず口にする。 休憩室は息子が掃除機をかけて埃を払ってくれた。システムについては詳しいことがわからないから すべて息子にまかせている。あとはレイアウトを考えて、家具を移動すれば、なんとか準備は 出来そう。棚から出て来た大昔のアルバム。初めてひとりで作った窯と工房の写真が 張ってあった。若々しい顔。黒い髪。目の前にいる息子よりもまだ若かった。写真とは 不思議なものだと思う。息子に見せたら、黙って、ページをめくっていた。いったい何を 思ったのだろう。 12/2 きのう、さて本職に戻って、まずは素焼からと、電気窯に作品を詰めて、スイッチを入れると 電気が流れない。ガビーン!。折角詰めたのを、全部出して、チェックすると線が 切れている。半日掛かりで、予備のと交換する。好事、魔多しというか、人間万事塞翁が馬、 歌が出てくる。ひとつ山越しゃ ホンダラダホイホイ もひとつ山越しゃ ホンダラダホイホイ 越しても越しても・・・と。最近何かでつまずくと出る歌。青島幸男は偉大だった。 失敗を笑い飛ばして歌にしてしまったのだから。あの頃は、高度成長の真っ盛り。 かなり無理もしていたのだと思う。無理を通せば道理ひっこむ。だから、不条理を 笑い飛ばす。それにひきかえ、今の世の中は、まじめに怒っている。自転車の運転が ナンチャラ、沖縄でオフレコ発言でカンチャラ、マスコミはフラストレーションを 発散させるためのスケープゴード捜しに明け暮れしている。見つけたらみんなで石を投げて 溜飲を下げ、また次を捜しはじめる。困ったなあ。本当はいまこそ、これからの 未来について、語り合わなければいけない時なのに。止そう。なんだか世の中を すねる、兼好法師みたいになってきた。窯もなんとか復活したし、次に作る窯の 設計も始めないと。ステップ バイ ステップ 前に向かって歩こう。 12/1 ミッション終了。予想していたよりも早くやり終えることが出来た。 色々なものに感謝したい気持ち。家を出る時、久々に玄関の阿弥陀様に 掌を合わせた。ありがとうと。途中何度も、この仕事までたどり着けないのではと 絶望しかけたけれど、なんとか突っ走ってこれた。ほっとする。 随分色々なものを放り出してきたが。畑にはまったく足を運んでいないし 体験も中止、土日記は八月二十七日で止まってしまった。何かを捨てないと 得られないこともある。後一ヶ月。残された仕事もあるし、新しく入って来た 仕事もある。日常としての仕事だから、やるべきことがあると言うことは 幸せだと思う。とりあえずは、すべてに感謝!。 11/30 きのうは、人の出入りの多い一日だった。先ず、昼前に訪れたのが北側で 民宿をやっている登山家。彼は定年退職後、屋久島に移り住んでガイドをやったり 焼物を作ったり、忙しく暮らしていたという。陶芸も自分で窯を作って、キャリアを 積んできたらしい。その彼から、今年の始めに手紙が届いた。大好きだった陶芸をやめる ことになった。ついては道具や機械を整理したい。格安で譲りますから見に来て下さい。 そんな内容だった。何でも脳梗塞手でしびれるようになってしまったのだという。 初めて訪ねた工房は設備の充実に驚かされた。これだけ揃えるには、相当かかったで しょう、とぶしつけな質問をついしてしまった。なにしろ形から入る人ですからと、奥さん。 専門家でも手を出せないような機器にあきれてしまうほど。いくつか分けてもらったあとの 雑談で、これからどうするのですかと訊ねると、これまで撮り貯めた写真があるから本にしようと 思うとのことだった。その本が完成して、出版記念のパーティーを開くからと招待状が届いた。 人が集まるところが苦手なので、本だけ譲って下さいと返事を出したのを、わざわざ持って来てくれた。 なんと三冊まとめての出版だ。やはり、この人、やるとなるととことん突っ込んでゆく。 これだから結構嫌う人も多いのかしらとあらぬことを思う。この前より元気そうだったねと息子。 ちょうど震災があったあと、二ヶ月ほどヒマラヤに行って来たと言う。五千メートルに二度 上がったというから、健康な常人でもとても敵いそうもない。話をしてみるとほんとうに純粋な 人なのだなと思う。それゆえに納得できないと、とことん突っ張るのだと思う。 どちらかというと、我が身と似た側の人間だろう。一匹狼的な生き方。 工房を見渡しながら何々展とかには出品しないのかと訊ねられ、実は昔は出していたのだけど、 どうも人間関係が苦手で、だんだんそういう世界から足が遠のいてしまったと話した。 団体活動が上手く出来ない。疲れる。それに何の世界も一緒だと思うが、結構煩わしいこと が増えるものだから。人間嫌いでは決してないとは思うのだが。気ままが好き。だから こんな辺鄙なところで焼物作っているのだしと。ものを作って生きてゆければ一番良いと 言い残して、帰って行った。休憩時間に三冊の写真集を開いて見る。「悠久の屋久島」は 輪廻転生を現しているという。日が昇り雲が湧き壮麗な山々に雨がそそぎ川となって海へと 下る。いのちの循環が伝わるような構成で表されている。次は「ヒマラヤの氷峰」。積み重ねてきた 遠征の記録。五十年を振り返っている。もう一冊は「白谷雲水峡と白谷川」。これが 面白かった。屋久島の本でこれだけ狭い地域に限定して描かれた本があっただろうか。 自ら、この山懐に居を構え、じっくり見続けた世界は奥が深くまさに宇宙が凝縮している。 どの本からも、生きてきた足跡が刻まれていた。継続は力なりか。次は屋久島の歴史を 日本書紀から現代までをたどる本を出版したいとか。負けてはいられない気持ちになった。 11/29 いまやっている仕事もあと何日かで、片が付きそう。そうなると馬力がかかって、今朝も 三時には工房で手を動かす。外は暖く、時折雨まじりの曇り空。我が心も曇り空。 きのう、夕方割れたお皿を持って、宅配便の運転手さんが来た。開けて見てもらえますかと。 もう、メールで状況は分かっているが、まのあたりにすると無残にも粉々。この厚い器を どうやったらこれほどに出来るのか。運転手さんも、落としたりしないとこうはなりませんねと 同情を示してくれた。希望では思い出の品だから修理出来ないかとのこと。貼り合わせて 形には出来ても、発掘の土器程度にしか再現出来ないし。出来れば似た様なのを作らせてもらって 代品として渡したいのだがと伝える。いくら作り直しても、思い出までは再生出来無いこととは 知りつつ。この仕事をしていて、こういう状況になった時、泣きたい気持ちになる。 決して手を抜いて荷造りしているわけでは無いのだが。あまり大きな荷物にしてしまうと 料金も高くなるし、器の厚さや形を考えてこれぐらいだったら壊れることはないだろうと、 努力しているつもりだけれど。今年、体験作品で破損がでたのはこれが一つめ。やきものを 送るのは難しい。ただの器ではないから。思い出がこもっているやきものだから。 カミさん仕事が落ち着いたら、鹿児島にいってこようかなというから、どうせなら福岡まで 足をのばしたら、ちょっとゆっくりしてきたら、と言ったら、考えていた。 行ける時に行ったら良いよ。何が起こるかわからないから。買い物をして娘の顔も見てきたら。 海外にも行けば良いよ。ロンドンでもパリでも。街を歩いて、きれいなものを見て 心に沢山、栄養を貰ってきたら。また、頑張ろうって元気が出るよ!きっと。 11/28 きのうは、足をのばして、北の町のホームセンターまで行ってきた。大創業祭と銘打った チラシに、建材の安売りが出ていた。新しく窯を作るに当たって、出来るだけ、古材を 利用する予定だが窯小屋の屋根だけは雨漏りを考えて、しっかりとしたものが必要になる。 ちょうど売り出しにトタンと屋根の下地材があったので、買ってきた。他にも安いものが あったらと思ったが、どれも通常価格だと言うので、慌てる必要はない。ちょっと拍子抜けで 食料品なども物色したが、最初から安売り用に準備されたようなあまり聞いたことのない メーカーの品が多い。折角遠くまできたのだからとワインを見ていたらボージョレヌーボーを 棚の下のほうに見つけた。よく見ると値段が千円弱から二千円を超えるものまで。それほど 味がわかる方ではないので一番安い九百円ちょっとのを一本買って帰る。夕食で開けようと 手にすると、店では気付かなかったが、容器がペットボトルでベコベコ。なんだか味が 無いなあと思ったが、まあ、リサイクルや経費の事を考えて、中身に変わりはないだろうと 飲み始める。香りもないしコクもないし甘みも少ないし、なんだか拍子抜け。カミさんが わたしこれ好きかもと言ってくれてほっとする。好みはひとそれぞれに違うから。 前に、ネットで六本セットのワインを買って飲み比べてみた。フランスイタリアチリと 産地によって微妙に味が違う。先ず香りを嗅いで、次に口に含んでクチュクチュして舌で 味わい飲んでみた。そして最初の印象を口にして、ビンのうしろの表示を比べてみる。 辛口とかあっさりとか、シブミとか、だいたい感じた通りのことが書かれているから 舌がそれほどおかしくないことがわかった。それでも、誰かに高級らしいワインをいただいて 口にすると、まったくわからないことがある。どうしてこれが・・・と思ってしまう。 大体が、甘い辛いといった、人並みの味覚ぐらいしか具えていないことはわかっているから 高級品は似合わない。せめて、B級グルメ程度のもの。なんやかやといいながらも 結構進んで、夜、フィギュアスケートのロシア大会を見ていたら、いつの間にか 寝てしまって、日本人選手の活躍を見損なってしまった。 11/27 ブーン、ガシャンバタンガラガラ、ドーモー!。顔を見せない時は何年も会わないのに 二日続けて。どうしました?、イヤー、お客さんのいるところで粘土をかぶせたら バッチバッチはぜて、もう目を白黒。全部どこかへ飛んでいってしまいました。 エッ、熱いストーブの上に置いたの?、それは吹っ飛ぶわ。水が急に熱せられて 蒸発したら、逃げ場がなければ爆発するよ!それは。水蒸気爆発かハハハ。 それで、きたわけ?。もう一つなんか言ってたと思って。確かに。それじゃあ ちょっと待ってて。と材料置き場から、耐火モルタルと耐火粘土を出して、手渡す。 熱いうちはダメだよ。夕方火を落として冷めたら、塗ってやって。次の日、乾いたら きっとひびが入ると思うから、そうしたらそこに塗って、何度か繰り返したら、たぶん 割れは埋まると思うから。すみませーん!といって帰っていった。 やきもの屋って職人だなあと思う。結構色々な知識を持っている。昔から熱全般を扱う 職人でもあり科学者でもあった。窯ぐれと呼ばれて、窯から窯へと渡り歩いて、知識を伝搬 してゆく。また、、新しい知識を仕入れて、それを伝える役目も果たしてきたと、 加藤陶九郎さんは書いておられた。窯の知識はやきものばかりでなく広く窯業、鉄や銅 を溶かしたり、身近なところでは、炊事用から風呂の釜まで。昔は熱を扱うのは、大切な 仕事で、知識と経験は重宝がられていたと思う。現代のように、あらゆる機器が 既製品で占められ、電気ガスが主な熱源となってしまって、どんどんそのような知識の 必要性が薄れてきたが。それでも、例えば今度の原発事故の様なものをまのあたりにすると 案外、もう一度サバイバルの技術としても熱のコントロールは身近な技術として 見直されてもよさそうな気がする。 11/26 | |